84 オソレヤマの町2
あ~ん、と串に刺したメロンを食べているガミメス。
ティフォンはリンゴ飴を、イズミは綿菓子を食べていた。
「ユニバスくん、これからどうするの?」とティフォン。
「まずはレセプル様にお会いして、クエストの受諾でしょうか?」とイズミ。
「レセプルの前に、町長に会ってみようと思うんだ。町長とは知り合いだし、様子を見ておきたい精霊もいるしな」
ユニバスの駆る馬車は町の大通りを通り過ぎ、オソレヤマへと近づいていく。
オソレヤマの麓には特設の観戦場が設けられていた。
そこはすべて立ち見なのだが、大勢の人が詰めかけ、望遠鏡を手にオソレヤマを見上げている。
さらに巨大なスクリーンがいくつも設置され、上空の『蝶の気球』から撮影された山の様子が映し出されていた。
スクリーンにはシルクラース討伐のために山に登った大勢の兵士たちが、中腹でモンスターと戦う様子や、足を踏み外して落ちる様子などが映し出されている。
しかもステージ上の司会者による実況付き。
スクリーンを見ている観客たちは実況にあわせて、「ああっ」とか「おおっ」とか歓声をあげていた。
『さぁさぁ、誰がいちばん早く、シルクラースのいる10合目まで到達するのか!? はったはったぁ!』
兵士たちには番号が付けられていて、ブックマークによる賭けまで行なわれている。
「うわぁ、みんな本当に観光しに来てるんだね」とティフォン。
「この町に住んでおられる方々は、さぞや難儀されていると思っていたのですが……」とイズミ。
「ざぁこ、この町の人間なんていないっしょ。みんなフーリッシュの旗持ってるし」とガミメス。
中にはちらほらリングラッド王国の国旗も見られたが、大半はフーリッシュの国旗であった。
そしてイズミの心配と、ガミメスの予想は的中する。
ユニバスが観戦場を通り過ぎて向かった先は、麓のはずれにあるオシドとリフフの住む屋敷だった。
その広い庭は被災地のような有様になっていた。
人々がテントを張って家がわりにし、畑を作り、ニワトリを放し飼いにして、自給自足の生活を送っているようだった。
ユニバスが屋敷の手前で馬車を停めて近づいてみると、「あっ」と声がする。
声の主はイドオンで、テマリや人間の子供たちといっしょに遊んでいた。
イドオンを目にした途端、ティフォンが両手を広げて駆け出す。
「い……イドオンちゃーーーーーーんっ!!」
ティフォンは以前のようにイドオンを抱きかかえて頬ずりしようとしたのだが、イドオンはサッ! と隣にいたテマリを差し出す。
「えっ?」となったテマリはティフォンに捕まってしまい、頬ずりの洗礼を受ける。
大人しいテマリはされるがままになっていたが、「はわわ……」と口をアワアワさせていた。
そのスキに、イドオンはユニバスに駆け寄る。
「おおん、ユニバス様」
「イドオン、久しぶりだな」
「ユニバス定食」
「えっ?」
「イドオンにも作ってください」
なんとなく事情を察したユニバスは、イドオンの頭を撫でる。
「わかった。この町での用事が終わったら、作ってやるよ」
微笑むイドオン。
「もしかして、ユニバス様!?」と、オシドの声がした。
ユニバスに気づいたオシドとリフフ、そしてテントにいた人たちが駆け寄ってくる。
「あら、少しお顔が変わられたかしら?」と、ユニバスの顔を覗き込むリフフ。
ユニバスは急に緊張しだした。
「あっ……お……お久しぶり……です……」
ユニバスのことを知っているふたりは嫌な顔ひとつせず笑った。
「人間がニガテなのは相変わらずですね。それにしても、よくここまで来られましたな」とオシド。
「いま町は、フーリッシュ王国から来た反ユニバス運動の人たちでいっぱいなのに……」とリフフ。
それからユニバスは、オシドとリフフから、オソレヤマがこうなってしまった経緯を聞いた。
突然アパーレがやってきて、オソレヤマの森林を伐採し、魔導セイラーパネルの設置工事を始めたのだという。
ユニバスは思う。
――俺はかつて、勇者パーティとともにこの村を訪れた時、勇者たちよりも先にシルクラースを見つけ、彼らに捕まらないよう、一時的に安全な場所へと逃がしたことがある。
その時、これまでの勇者たちの暴挙に山の精霊たちの怒りが限界まで達していると察した俺は、彼らの、そして村の平穏を守るために石碑を建てたんだ。
しかしアパーレの工事で、俺の設置した石碑は破壊されてしまったそうだ。そのせいで、山の精霊たちは……。
この世界には、言葉を持たない精霊たちがごまんといる。そんな彼らは、大自然の驚異という形で人間に抗議するしか、術を持っていないんだ……。
「ワシらはもちろん、町の者たちもアパーレ様を止めました。でもいま世間では、シルクラースを復活させたのはユニバス様ということになっていて……」とオシド。
「それを擁護した私たちは、ユニバス様の手先だと言われてしまったんです……」とリフフ。
オシドとリフフは、庭のテント村を眺めながら言う。
「町の者たちはみんな町から追い出されてしまって、ここに逃げてきたんです」とオシド。
「いま町にいる人はほぼすべて、フーリッシュから来た人なんです……」とリフフ。
「シルクラースを討伐しようとしているのも、フーリッシュ王国から派遣された兵士ばかりで……」とオシド。
「なぜ、そのようなことに……?」とイズミ。
彼女の後ろでは、ティフォン、ガミメス、イドオン、テマリが遊んでいる。
まわりにいた避難民たちは嘆いていた。
「すべては、ナナホシ女王のせいだよ……」
このリングラッドの前国王と前王妃は、ひとり娘のナナホシを連れて、毎年この町に保養に来ていたという。
しかし前王妃が亡くなった年は、前国王とナナホシだけが訪れた。そこで前国王とナナホシは事故に遭ってしまい、オソレヤマの頂上から転落。
国王は亡くなり、ナナホシだけが奇跡的に助かったという。
それからナナホシは9歳で女王に即位する。
即位するまではナナホシは自然を愛する姫として慕われていたのだが、即位した途端に豹変。
魔導セイラーパネルを導入する政策を打ち出して自然破壊を推進しだしたという。
「ナナホシ様は、最近ではフーリッシュ王国の人間を村長や町長に起用するようになって……。この町の町長も、アパーレ様になってしまった……」
「そのアパーレ様は、オソレヤマのシルクラースが暴動を起こしたのはすべてユニバス様のせいだとおっしゃって、フーリッシュから大勢の兵士を連れてきたのです……」
ユニバスはすぐに理解した。
――これは、実効支配だ……。
かつて魔王が現れた時も、各地でモンスターや精霊の暴動が起こった。
フーリッシュ王国は平和維持の名の下に国外派兵を行ない、暴動を鎮圧したあと、その土地に自国の旗を立てて領有権を主張したんだ。
その土地は当然紛争地域になるのだが、勇者が魔王を討伐したあと、勇者人気を利用して各国の世論を誘導し、紛争を終わらせた……。
フーリッシュは今回の混乱に乗じて、また領土を拡大しようとしているんだ……!
そのことは避難民たちも薄々感じているようだった。
「もしシルクラースがフーリッシュ王国の兵士によって討伐されてしまったら……。この土地はもう、完全にフーリッシュのものになってしまう……」
「そうなったらこのお屋敷もアパーレ様のものになって、完全に追い出されてしまう……」
「この土地を離れるなんて嫌だ……ああ……私たちはどうすればいいんだ……」
ユニバスは人知れず拳を握りしめると、暗い顔をしているオシドとリフフ、そして避難民たちに言った。
「じ……事情は、わかりました……。おっ、俺はこれから……オソレヤマに行ってきます……。シルクラースを、鎮めに……」
その宣言に、みな「ええっ!?」と驚いていた。
「そんな、危険です!」
「シルクラースはこれまで、多くの兵士や冒険者たちが討伐しようと大勢で立ち向かって、みんな途中で返り討ちにあってるんですよ!?」
「そうそう、いまだにシルクラースにたどり着けた者すらいないというのに!」
人々に囲まれてしまったユニバス。
かつてこうして囲まれ、責められることがよくあったので、その時のトラウマが蘇り、ユニバスは目も合わせられずオドオドしていた。
「や……やるだけ、やってみます……」
「私たちになにか、できることはありませんか?」とオシド。
「い……いや、別に……」
「ならせめて、これを持っていってくださいな。とれたての卵です」とリフフ。
「あ……ありが、とう……」
ユニバスは卵の入ったカゴを受け取り、そそくさと背を向ける。
すると、その服の袖がくいっと引っ張られた。
見るとそこには、不安そうな感情を口元に浮かべたテマリの姿が。
ユニバスはしゃがみこんで、テマリの頭を撫でた。精霊を前にした彼の表情に、恐れはまったく無い。
「心配しなくても大丈夫、俺は必ず戻ってくるからな。戻ってきたら、いつもの定食をいっしょに食べよう」
















