82 オソレヤマの町1(中編)
ところ変わって、とある馬車の中。
そこは馬車の中というより、貴族の応接間のように広々とした豪華なつくりだった。中央にテーブルが置かれ、部屋の外周をUの字型にぐるりと囲むように、革張りのソファが並んでいる。
そのソファには、ステージ衣装に身を包んだ『ユニバス★LOVE』のメンバーが座っていた。いちばん奥の上座にいるのはミドリだ。
ミドリは対面に座っている人物へ、慇懃に、しかしどこか尊大な態度で尋ねた。
「どうしますか、ポーキュパイン様?」
対面の椅子に座っていたのはポーキュパイン。その椅子だけは簡素な木の椅子で、さながらアイドル試験の最終面接のような雰囲気であった。
究極の選択を迫られているかのような表情のポーキュパインに、ミドリはさらに続ける。
「あなた様がその気であれば、こちらはいつでも大歓迎ですよ」
しばしの沈黙の後、ポーキュパインはゆっくりと頷いた。
「わかったわ」
「取引成立、ですね……!」
ミドリはニヤリと片笑むと、傍らにあった風呂敷包みをテーブルに置いた。
「聞けば、ポーキュパイン様は甘いものがお好きとかで……」
ミドリが風呂敷包みを解くと、そこにはお菓子の箱があった。パッケージには古めかしい書体で『オンセントラルまんじゅう』と書かれているのだが、まわりには『ユニバス★LOVE』のメンバーが描かれている。
パッケージの隅には『オマケつき!』とあり、コラボ商品であることがひと目でわかった。
「こちらで、祝杯といきましょう」
箱をパカッと開けると、昔ながらの温泉まんじゅうが9個入っていた。
まんじゅうには一文字ずつ焼印が押されていて、左上から『ユ』『ニ』『バ』『ス』『★』『L』『O』『V』『E』と読める。
ミドリは、自分から見て手前側にあたる左上の『ユ』のまんじゅうを取る。ポーキュパインは、自分から見て手前側にあたる右下の『E』のまんじゅうを取った。
まんじゅうにかぶりつきながら、ポーキュパインは尋ねる。
「本当に、ユニバスを虜にできるんでしょうね?」
「もちろん」とミドリはまんじゅうを食べながら返す。
「アイドルが嫌いな男はいません。あのユニバスさんも、例外ではないでしょう」
そう言って、念を押すように付け加えた。
「そのかわり、忘れないでくださいよ」
お互い、2つめのまんじゅうを食べ終え、同時に3つめのまんじゅうを取る。
「わかってるわ」とポーキュパイン。
「メンバーの学院の単位は、学長のウチが卒業ぶんまで保証してあげる」
「それもそうですけど、もうひとつの約束も忘れないでくださいね」
ポーキュパインの目が鋭くなる。
「ウチがユニバスと結婚した暁には、王室にハーレムを設立して……」
その言葉を、ミドリが引き継ぐ。
「『ユニバス★LOVE』のメンバー全員を、ハーレム入りさせる……!」
「いいわ……」とポーキュパイン。
「このまんじゅうのように、ユニバスを分け合いましょう……!」
と、ふたりは同時に、最後に真ん中に残った『★』へ手を伸ばす。ポーキュパインが強気な態度で最後のひとつを取った。
――でも最後にユニバスに愛されるのは、このウチ……!
それだけは、ぜったいに譲らないんだから……!
ひとあし早く始まった、女の園の戦い。勝利したのはポーキュパインだった。
彼女は勝利の美酒のように最後のまんじゅうを口にしていたが、ふと、箱の底にあったものに目を奪われた。
「こっ……これはっ!?」
箱の底から取り出したのは、一枚の真写。ユニバスとギャルたちが、オンセントラルの秘湯で撮ったものだった。
「あら」と、わざとらしい声をあげるミドリ。
「おまけのブロマイド……シークレットを当てるなんて、幸先がいいですね」
まるで旦那の浮気相手に詰め寄るように、「ちょ!? なんなのこれっ!?」と前のめりになるポーキュパイン。
「なにって、修学旅行でオンセントラルに行った時に、ユニバスさんとぐうぜん会ったんです。それで、せっかくだったから……」
まわりにいたメンバー全員が、一斉にハモった。
「裸の付き合いを、させてもらっちゃいましたーっ!!」
「う……うっそぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!? んがぐぐっ……!」
衝撃のあまりまんじゅうに喉を詰まらせ、目を白黒させるポーキュパイン。
――ウチとは目すらまともに合わせてくれなかったのに……!?
混浴なんて、夢のまた夢だと思っていたのに……!?
「ポーキュパイン様! 大変です!」と、後ろから声がした。
トコナッツ兵が駆け寄ってきて、ポーキュパインに新聞を見せる。
それは、ユニバスたちが見ていたのと同じ新聞の一面であった。
ごくりっ……! と喉を鳴らすポーキュパイン。
立ち上がると、勇ましく兵士に命じた。
「オソレヤマに向かいましょう! ユニバスは、絶対にやっていない! 現地に乗り込んで、旦那様の濡れ衣を晴らすのよ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そのころオソレヤマの一角では、急ピッチである工事が進められていた。
それは屋外結婚式場。場内にはデカデカと『アパーレ様♥ナナホシ様 ご結婚おめでとうございます!』と書かれた看板が掲げられている。
早々とタキシードに着替えたアパーレが、熱心に陣頭指揮を取っていた。
工事の作業はすべて兵士が行なっていて、ひとりの兵士がアパーレに声を掛ける。
「アパーレ総司令官様! ウエディングケーキのトッパーができあがりました!」
差し出されたのは、タキシードのアパーレが、ウエディングドレスのナナホシをお姫様抱っこしている人形。
アパーレは一瞥して、「ケッパレ……」とため息をついた。
「キミには、僕がこう見えているのかい?」
「はっ?」
「この僕がこんなにブサイクで、こんなに足が短いように見えるのかい、と聞いているんだよ?」
「し……失礼しました、すぐに作り直させます!」
入れ違いで、式場に駆け込んできた別の兵士が、息を切らせてアパーレに報告する。
「あ……アパーレ総司令官様! 大変です! オソレヤマの3合目の橋が崩落しました!」
アパーレはこれみよがしに、大きなため息をついてみせた。
「ケッパレ……それがどうしたというんだ?」
「えっ……!? 5合目のキャンプには、多くの負傷兵たちが取り残されています! 急いで増援を! 橋を修復しないと……!」
「見て分からないのかい? 工兵たちはこっちの橋を掛けるのに大忙しなんだ」
見ると、式場内の奥では巨大な虹の橋が建設されていた。
「アッパレ、僕とナナホシが飛行船のゴンドラで現れて、あの橋の頂点に立つんだ」
「そ……そんなことに、兵士を……!?」
「ケッパレ、そんなことだって? もうすぐ式場に、僕の妻となる小さき者が到着するんだ。式場の完成が遅れて結婚式ができなかったら、キミが責任を取るというのかい? その汚い首が、どれほどの価値があると思っているんだ?」
いまオソレヤマで戦っている者たちの惨状を知っている兵士は、ヒザをついてアパーレの足に泣きすがった。
「ど……どうか、賢明なるご判断を! キャンプにはアパーレ様のために戦い、死にかけている兵士たちが大勢いるのです!」
「増援は、結婚式が終わってからだ! 主君のめでたい日に死ねるのなら、キミたち兵士にとっては本望だろう!」
「そ……そんな……!? うわっ!?」
兵士を蹴り飛ばしたアパーレは、憎悪に満ちた顔をしていた。
「ケッパレ、タキシードが汚れてしまったじゃないか……! 重大なる命令違反として、キミを軍法会議にかける……連行しろ!」
















