79 アパーレの野望2
テマリの話は、これにて終了。
話し終えたテマリは、照れくさそうにしていた。
「……まり……イドオンちゃんのエピソードに比べたら、なんてことないまり……」
しかしイドオンは四つ足になるほどに前のめりになっていた。
見開いた目は血走り、口の端からはヨダレが垂らしている。
「お……おおおんっ! う……うらやましい……! ゆ……『ユニバス定食』……!? ユニバス様の手料理なんて、このイドも食べたことがないのに……!」
「おやおや」
と、廊下のほうから声がした。
「テマリや、お友達かい?」
見るとそこには、派手さはないが身なりのいい、上品な感じの中年女性がいた。
そう、リフフである。
「……母上! まり、イドオンちゃんまり!」
「ああ、イドオンちゃん、ひさしぶりだねぇ」
「おおん、おじゃましてます」
「ああ、いつ見てもかわいらしいねぇ。そうだ、おやつをあげるから、ゆっくりしていくといいよ」
リフフが手を叩くと、使用人らしき女性たちが、山と盛られた大きな菓子盆やせいろ、バースデーケーキのような大きなケーキを持って現れた。
テマリとイドオンは、あっという間に豪華なお菓子に囲まれる。
イドオンは、フルーツがどっさり乗ったタルトを頬張りながら言った。
「このお屋敷が年々大きくなっていると思ったら、そんな秘密が隠されていたのですね」
テマリは両手いっぱいの大きさの、雪玉のような肉まんを頬張りながら微笑む。
「まり! これも、ユニバス様のおかげまり!」
そのとき、なにやら外が騒がしくなった。
使用人が血相を変えて裏庭に飛び込んでくると、リフフに言った。
「お……奥様、大変です! 新町長を名乗る男が現れました!」
「なんですって?」「まり?」「おおん?」
リフフが玄関に向かっていくので、テマリとイドオンも後からついていく。
大きな玄関では、すでに町長のオシドが、ガラの悪そうな男たちに囲まれていた。
男たちは手に木槌やツルハシを持っている。そんな彼らを引きつれていたのは、なんと……。
フーリッシュ王国の魔導装置課の副主任……いや、ゴーツアンが失脚して、かわりに魔導装置大臣となったアパーレであった……!
そのことは、オシドも知っていた。
「あなたはひょっとして……フーリッシュ王国の魔導大臣の、アパーレ様……? なぜ、この町に……?」
「アッパレ、この町の町長として就任したのだよ。前町長に、その就任の挨拶をしようと思ってね」
「そんな、いきなり……!? それに、いったいなんの権利があって……!?」
と、オシドの鼻先に、一枚の書類が突きつけられる。
「こ……これは……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は少し戻り、数日前の早朝。ところはフーリッシュ王国。
アパーレは妻の見送りを受けて、今日も屋敷を出るところだった。
妻はペットの小型犬を抱いている。小型犬の首には、カメラ付きの首輪が巻かれていた。
「あなた、今日はこんなに早くからお仕事ですか?」
「アッパレ、国王に呼ばれていてね。僕ほどの優秀な大臣になると、国王から常に必要とされるのさ」
と、アパーレは微笑みをつくる。
「今日は早く帰ってくるよ。特別な日だからね」
そう言って、アパーレは馬車に乗る。妻も見送りのため、表通りに出た。
通りの向こうに小さくなっていく馬車を、妻は感激した様子で見つめている。
「あ……あの人は、覚えていてくれた……! 10年前の、今日のことを……!」
それは、まだ若かりし頃の思い出。
いまの屋敷よりもずっと手狭な部屋の中で、アパーレは申し訳なさそうにしていた。
『ケッパレ……すまない、今年も昇進は無理そうだ。ゴーツアン主任への賄賂が、どうしても足りなくて……』
すると妻は『じゃあ、これを使って』と、金貨の入っていそうな袋をアパーレに渡した。
『これは……?』
『私の家の家宝を売って、お金にしたの。このお金があれば、あなたは副主任になれるんでしょう?』
『あ……ああ、これだけあれば……でも、本当にいいのかい?』
『もちろん。あなたは出世するのが夢なのでしょう? あなたの夢は、私の夢でもあるから』
『あ……アッパレ……!』
と、感激するアパーレ。
『約束する……! 僕は偉くなってみせる。10年後に大臣になって、キミに家宝以上のダイヤモンドをプレゼントするよ……!』
それは、そんな約束を交わした大切な記念日だったのだ。
やがてアパーレを乗せた馬車は、フーリッシュ王城へと着いた。
国王の執務室。アパーレは、書斎机に座る国王と向かいあっていた。
「貴様は、現在リングラッドで進行中の『魔導セイラーパネル設置作戦』を知っておるな?」
と、国王。
「アッパレ、もちろんでございます。リングラッドの各地に我が国の魔導セイラーパネルを設置し、リングラッドの精霊力を奪うという作戦ですよね?」
「そうだ。その作戦でパイススの村に魔導セイラーパネルを設置するはずだったのだが、直前でナナホシ女王の反対にあい、頓挫した。ワルメシアンから、『精神支配の環』の力が弱まっているのではないか、と報せがあった」
「ケッパレ、そうなのですか? では、すぐに女王にお会いして、環の調整を……」
「いや、それよりも、貴様はただちにオソレヤマへと向かうのだ」
「オソレヤマというと……『魔導セイラーパネル設置作戦』における、最大規模の土地ですよね?」
「そうだ。オソレヤマへの魔導セイラーパネル設置は、本作戦の大本命。絶対に失敗は許されん。よって、貴様が現地で陣頭指揮を取るのだ。貴様がオソレヤマの町長となれるよう、手筈は整えてある」
「しょ……承知しました!」
「作戦に成功した暁には、その腕を見込んで、リングラッド征服における最重要ポストに就かせてやろう」
「アッパレ、最重要ポストですか? ちなみに、それはいったい……?」
「国王だ」
この『ポスト』は予想外だったので、アパーレは「えっ!?」と声をあげた。
「本来は勇者祭りの際に、勇者ブレイバンとナナホシを結婚させる手筈であった。しかしブレイバンはトコナッツで有罪判決を受けたあと、行方知れずとなっている。アパーレ、貴様は『精神支配の環』の開発者なのだから、ナナホシを惚れさせることなど簡単であろう?」
「は……はぁ……」
と、まだ『ポスト』のすごさを理解している途中のような生返事をするアパーレ。
「それは要するに、僕にリングラッドの国王になれ、ということで……?」
「そうだ。かつては、王になる人間は2種類に分けられる、などと言われていたが……」
国王は、噛んで含めるような口調で続けた。
「しかしいまは、王になれる人間は1種類だけ。ゆくゆくは帝王となる、このワシの手駒になる者、それだけだ……!」
そして国王は、人間を闇に引きずり込もうとする悪魔のような口調で問うた。
「アパーレ、貴様はどちらの人間だ……? 一国の大臣で満足するような小駒か……? それとも、このワシの手におさまる大駒か……!?」
アパーレはだんだん、野望という名の悪魔に取り憑かれたような、欲望にまみれた顔に変わっていく。
興奮のあまり、瞳孔も鼻の穴もすっかり開ききっている。そこからプシュー! と体内の熱気を蒸気のように吐き出しながら、敬礼した。
「この、不肖アパーレ……! なんとしても、オソレヤマに魔導セイラーパネルを設置してみせます! そして、ナナホシ女王と結婚してみせますっ!」
「期待しておるぞ、未来のリングラッド王よ……!」
壮大なる国王の言葉に送り出され、アパーレは早足で執務室を出る。
ずんずんと廊下を進むその顔は、すでに昇進を取り付けたかのような、幸せのバラ色に染まっていた。
「す……すごい、すごいぞ……! ユニバスの発明品は……! 万年副主任だったこの僕を、一瞬にして大臣にするばかりか、ついには国王の座までもたらしてくれるとは……! そして、そして、なによりも……!」
――小さき者っ……! 小さき者と結婚できるなんてっ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ところ変わって、アパーレの屋敷。
「今日は腕によりを掛けて、ごちそうを作らないと」
アパーレの妻はエプロンをして、張り切った様子で台所に向かおうとしていた。
しかし、玄関の両開きの扉が、バンッ! と勢いよく開く。
見るとそこには、光を背にして立つ、両手を広げたアパーレがいた。
妻は「まぁ!?」と、驚きと嬉しさが入り交じった声をあげる。
「あなた、もうお戻りになったの? 今日は早く戻るとおっしゃってましたけど、まだ午前中で……でも、嬉しい……!」
乙女のような表情で、両腕を広げてアパーレに駆け寄ろうとする妻。
対するアパーレはなぜか、投球フォームのように大きく振りかぶっていた。
そして、近くにきた妻めがけて封筒を投げつける。
その封筒は、
……ビッ……タァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
と音が聞こえてきそうなくらいの勢いで、妻の顔面に命中した。
封筒の表面には、デカデカと『絶縁状』と書かれている。
いきなりの三くだり半に、妻は戸惑うばかり。
「あ……あなた、これはいったい……!?」
「ケッパレ、キミとの関係は、今日でおしまいだ!」
「ええっ!? あなた、急になにをおっしゃっているの!?」
「アッパレ、僕はこれから小さき者と結婚する! だから、いますぐ出ていけ! いや、僕はどうせリングラッドに移住することになるから、手切れ金がわりにこの屋敷はくれてやるっ! 古女房には、こんな古屋敷がお似合いだ!」
「そ……そんな……ひどいっ……!」
顔を押さえて泣き崩れる妻。
しかしアパーレは容赦せず、その顔に向かってペッ! とツバを吐きかけた。
「ケッパレ、すべてはキミが悪いのだ! 小さき者を産んでくれることを期待していたのに、いつまで経っても……! この石女がっ! 僕の人生を台無しにした罪を、残りの人生をもって償うがいいっ!」
アパーレは一方的な別れを告げると、屋敷の前に待たせてあった馬車に乗り込む。
御者に「ケッパレ、リングラッドのオソレヤマに向かえ」と命じた。
走り出す馬車。小さくなっていく屋敷。
アパーレの顔には、ルビコン川を渡った兵士のような不退転の決意が刻まれていた。
――待っていろよ、オソレヤマっ……! 緑あふれる山を、魔導装置で丸裸にしてやるっ……!
しかしその顔はすぐに、変態エロオヤジと化す。
――そして、そのあとは……ナナホシっ……! キミは僕の手で、丸裸に……! クックックックック……!
















