78 座敷精霊4
次の日の朝、テマリが目を覚ますと、布団で寝ていた。
「まり……?」
目をこすってあたりを見回すと、今まさに出かけようとしているユニバスがいた。
「行ってくるよ。ごはんはそこにあるから」
布団の傍らには、できたての『ユニバス定食』の膳が置かれていた。
「テマリががんばって俺を信じてくれたから、次は俺が、その気持ちに応える番だ」
「えっ、なにをするまり?」
「テマリに、新しい『主』を見つけるんだ」
ユニバスはそう言って、小屋を出ていく。決意と不安の入り混じった表情で、屋敷に向かって歩いていった。
――テマリを救うには、新しい『主』を見つける必要がある。
『主』を見つけない限り、テマリはあの村長の奴隷のままだ。
ユニバスはそこまで考えて、顔をふるふると振る。
――いや、『主』じゃダメだ。
人間と精霊は対等なんだから、見つけるべきは『家族』だ。
俺が家族になれれば話は早いのだが、ここに一時滞在しているだけの俺がいなくなれば、元の木阿弥になってしまう。
そんなことをすれば、テマリは余計に傷付いて、二度と人間を信用しなくなるだろう。
「だから俺が、新しい家族を見つけてやるんだ……!」
ザッ! と、決意に満ちた一歩で砂利を踏みならす。
そこは、屋敷の裏庭だった。手入れされた木々や草花が風に揺れ、爽やかな薫風を送り込んでいる。
縁側では、勇者パーティが思い思いに寛いでいた。
ブレイバンは着飾った若い女性に囲まれ、オンザビーチとホーリードゥームはビーチチェアのような椅子にふんぞり返っている。
マッスルックは庭でポーズを取り、嫌そうな顔をした村人に彫刻を彫らせていた。
そばでは悪徳村長が媚び媚びの態度で、彼らの間を行ったり来たりしている。
「あ……あの、そっ……村……長っ……!」
ユニバスが精一杯の勇気を振り絞って呼び止めると、村長は「ああん?」と足を止めた。
「なんじゃ、下郎。することがないのなら、屋敷のまわりの掃除でも……」
「こっ……小屋……! ここっ、小屋を……! 誰かに……貸し……!」
「はぁ? なにを言ってるんじゃ? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言わんか!」
苛立つ悪徳村長に、ユニバスは恐怖を感じて、ますますしどろもどろになってしまう。
しかし、思わぬ所から助け船がやってきた。
「あーし、わかるよ。ソイツがなに言ってるか、通訳してあげよっか?」
オンザビーチはいつのまにかビーチチェアから降り、縁側に腰掛けて、ブーツを履いた足をパタパタやっていた。
それはまたとない申し出だったが、ユニバスはなにか裏があるのではないかとためらう。
しかしテマリのためだと思い、断腸の思いで声を絞り出した。
「あ……おね……がい……しま……す……!」
「じゃ、舐めるし」
「えっ」
オンザビーチはパタパタさせていた足を止めると、左足を右足の太ももに乗せて組み、左のブーツを脱ぎ捨てた。
そして裸足になった左足をまっすぐ伸ばし、ユニバスに向ける。
「あーしの足を舐めろっつってんの。まさかこのあーしに、タダでやってもらおうなんて思ってないっしょ?」
ユニバスは拳を握りしめる。「また始まったか」とばかりに、まわりの勇者パーティの面々が注目していた。
やがてユニバスはゆっくりとオンザビーチに近づいて跪き、その足を手で持ち上げようとしたのだが、
「触んじゃねぇよ」
手を使わず、口で舐めろ。そういう意味だと思ったユニバスは、四つん這いになる。
ネイルのつま先に向かって顔を近づけていくと、左足は逃げるように下がっていく。
追いかけるユニバスの体勢は、まるで地面を這うワニのようになった。
オンザビーチの足が地面すれすれまで来て、ようやく舐められそうになった、そのとき……。
……グォンッ!
ユニバスの眼前に、厚底ブーツの先端が鐘木のように迫る。
……グシャッ!
ユニバスの顔面は、オンザビーチの右足で力いっぱい蹴り上げられていた。
「うぐっ!?」
強烈な一撃に、たまらずのけぞり倒れるユニバス。
ダラダラと血が吹き出す鼻を押さえて顔をあげると、みんなが笑っていた。
「ぎゃははははは!」「おほほほほほほ!」「がはははははは!」
オンザビーチは抱腹絶倒と言わんばかりに、お腹を押さえて足をバタバタさせている。
「触んなって言ったじゃん! なに、そんなにあーしの足を舐めたかったの!? ガチ変態じゃん! きゃははははは!」
オンザビーチは笑いながら右足を振り上げ、厚底ブーツの底でユニバスの顔を踏みつけた。
「あんたみたいなウンコが、なんであーしの足を舐められると思ったの? マジウケるんだけど! あんたがあーしに触っていいのは、魔法を使う時と、助け起こす時だけだし!」
そして憎しみとサディスティックさが合わさったような残酷な笑みで、ユニバスの顔をグリグリと踏みにじる。
「そもそも、このあーしを通訳に使おうなんて10輪廻早いんだよ! だから死ね! いますぐ死ね! 午前の部と午後の部、2回に分けて死ねっ!」
「うう……!」
横たわるユニバスは、すっかり顔をズタボロにされ、屈辱にまみれている。
その顔を見て、憑きものが取れたようになるオンザビーチ。
「はぁ~あ、ヒマ潰しにはちょーどよかったし。ねぇ村長、邪魔だからそいつ片付けて」
「あっ……はいっ! おい、起きろ下郎っ!」
オンザビーチのマネをして、悪徳村長がユニバスを踏みつけようとする。
しかしその寸前でテマリが割って入り、ユニバスを庇って踏みつけられた。
「ん?」
と、悪徳村長。
「なんじゃお前、まだ生きておったのか」
テマリは顔を上げると、精一杯の勇気を振り絞って叫んだ。
「あの……あの小屋を……人に貸していいまりっ!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ユニバスはテマリに助け起こされ、ふたりで小屋へと戻った。
「ありがとう、テマリ」
「お礼を言うのはこっちまり。まりのために、こんな目にあって……」
「でも、村長が許可してくれてよかったよ」
ユニバスが考え、テマリが村長に申し出たのは、『小屋を賃貸に出す』ということだった。
この小屋に新しい人間が住めば、その人間がテマリの『主』となり、悪徳村長との関係は解消される。
それがユニバスの作戦だった。
これに対して村長は、
「そうか、またワシを儲けさせたいんじゃな。すっかり役立たずになったかと思っていたら、なかなか殊勝じゃないか。ならさっさと借り手を見つけてこんか! 空き家が続くようなら、お前たちに家賃を払ってもらうからな!」
放置していたボロ家が金になるのなら儲けもの。
それどころか、空き物件の責任を取れといわんばかりの態度だった。
ユニバスはまた、決意を新たにする。
「今度こそ、俺ががんばる番だな。村まで行って、借り手を見つけてくるよ」
ユニバスはそう言って、村長の家がある山の麓から、村へと降りていった。
胸に『空き住居あります』という看板を下げて、村を巡る。
口下手なユニバスにとって、借り手探しは苦戦するかと思われた。
だが、意外にもあっさりと見つかった。
人が良さそうで、仲睦まじい商売人の中年夫婦。オシドとリフフだ。
オシドは友人が村長にこしらえた借金を肩代わりしてしまい、家を村長に奪われてしまったという。
商売もできなくなり、住むところもなくして、途方にくれていたそうだ。
中年夫婦が家を借りることについて、村長は反対しなかった。
いや、それどころか内心で、こうほくそ笑んでいた。
――なんじゃ、バカ夫婦じゃないか……!
ウソの借金で家を奪われたことも知らず、またノコノコと店子になりに来るとは……!
底抜けのお人好しどころか、底抜けのバカ……!
ケツの毛をぜんぶ抜いて、骨までしゃぶってくれと言っているようなもんじゃないか……!
なんだかんだと理由をつけて、ワシの下で死ぬまでタダ働きさせてやる……! ぐふふふふふ……!
だがそんな思惑をよそに、借りてくれたオシドとリフフは、とても温和な人たちだった。
ふたりはテマリをたいそう可愛がる。
夫婦はずっと子供を欲しがっていたが子宝に恵まれず、テマリを我が子のように大切に扱ったのだ。
「ああ、こんなにかわいい精霊がいるなんて……! 捨てる神あれば拾う神ありというのは、まさにこのことだ!」
「ああ、なんて愛らしいんでしょう……! これから私のことを、お母さんと思っていいからね!」
その後、勇者パーティは精霊虫をあきらめ、旅立つことになった。
ユニバスは、すっかり家族となった3人に見送られて、オソレヤマの村を出た。
風の噂によると、テマリの力でオシドの商売はトントン拍子にうまくいったらしい。
逆に、テマリの力を得られなくなった悪徳村長はあっという間に没落。
オシドが新しい村長となり、オソレヤマの村はさらに発展して、オソレヤマの町になったそうだ。
















