77 座敷精霊3(後編)
ユニバスは思う。
――座敷精霊は、住んでいる人の幸福感が力の源になる。
しかし幸福を感じてもらえなければ、どんどん力が弱くなっていって、福や富を呼べなくなるんだ。
「まりは、がんばったまり……でも、まりの力はどんどん弱くなって……とうとうなにもできなくなって……追い出されてしまったまり……」
「それで、人間不信になってしまったというわけか……」
「まり……いくあてがなくなったまりは、この小屋に……。オバケになって、訪れる人間を脅かしていたまり……。ごめんまり……」
「謝ることはない。キミはなにも悪いことをしていないんだから。ああ、かわいそうに……」
ユニバスはまるで自分の身に起きた不幸であるかのような悲しい顔で、テマリを抱き寄せた。
テマリは嫌がることなく、その身を預ける。
「あったかいまり……」
ユニバスはその頭を撫でながら、胸の内でつぶやいた。
――精霊というのは人間を主とし、己を従としたがる存在だ。
それは意識的なものにすぎないけど、座敷精霊は違う。不思議な力で、主従の結びつきをするんだ。
座敷精霊のいる家に住む人間の家長が『主』となるのだが、その関係には強制力が働き、当人たちの意思では解消できない。
その家から家長が引っ越すか、死ぬか……。または精霊が死ぬか、新しい家長となるべき人間が現れるまで、力を与え続けなくてはならない。
人間を幸せにするのは座敷精霊にとっての喜びなので、力を与えること自体はやぶさかではない。
しかし力を与える相手によっては、座敷精霊のほうが不幸になってしまうこともあるんだ……。
「まりは……力を与えられない……ダメ精霊まり……もう、消えてしまいたいまり……」
「そんなこと言うもんじゃない。生きていれば、きっと……」
するとテマリは、ユニバスの胸に顔を埋めたまま言った。
「まりは、ずっと見ていたまり……。ユニバスさんが草刈りをしても、村長さんは『ありがとう』の一言もなかったまり……。それどころか、さらに草刈りをしろと言って……。それだけじゃないまり……ユニバスさんがいくらがんばっても認めてもらえず、山ではみんなからいじめられて、池に突き落とされていたまり……」
テマリは顔をあげ、暗く沈んだ顔でユニバスを見た。
「生きていて……楽しいまりか……?」
生きるのをあきらめたようなその顔に、ユニバスの胸は痛んだ。
「もう、やめるまり……なにもかもやめて……まりといっしょに、ここでまりまりするまり……」
テマリはこれ以上傷付いてほしくなくて、ユニバスにすがった。
その姿を見て、ユニバスは思った。
――テマリは、いくら尽くしても報われなかった自分と……俺を重ね合わせているんだ……。
ユニバスは「それもいいかもしれないな」と、慈しむような目をテマリに向ける。
「でももう少しだけ、生きてみないか? 生きてさえいれば、必ずいいことがあるから」
「そんなこと、ないまり……」
「いや、ある」
食い下がるユニバスに、そんなのは綺麗事だとテマリは思う。
だから少し、意地悪をしたくなった。
「ユニバスさんは、いいことがあったまりか?」
この問いをすれば、ユニバスはきっと黙り込むだろうと思っていた。
なぜならテマリから見たユニバスは、ひたすらいじめられ続けて、なにひとついいことのない人生に見えたからだ。
しかし想像とは真逆で、ユニバスは「ああ」と大きく頷いていた。
「俺が作った食事を、キミが食べてくれた。こんなに嬉しいことはないよ」
「!」
それでテマリは気づく。
せっかく作ってくれた食事をひっくり返すという、自分が悪徳村長や勇者パーティと同じような仕打ちをユニバスにしていたことに。
「ごめんまり……」
しかしユニバスは責めるどころか、心の底からの笑顔で言った。
「謝ることじゃないよ、俺は本当に嬉しかったんだ。それに生きてさえいれば、人も精霊も、いつかは変われる」
それこそ綺麗事だとテマリは思う。
しかしその考えすらも見透かしているかのように、ユニバスは続けた。
「これは綺麗事なんかじゃない。現に、キミだって変わっただろう?」
「えっ?」
「俺の作ったごはんを食べてくれたじゃないか」
「!!」
「俺のことを……また人間のことを信じてくれて、ありがとう……!」
『ありがとう』。テマリは、この言葉さえあればいいと思っていた。
しかし悪徳村長はたったの一度たりとも、この言葉を言ってくれなかった。
テマリの胸のなかに灯りがともり、じんわりとした温かみとなって広がっていく。
その温もりがこみあげてきたかのように、テマリの瞳がうるうると潤み、ついには……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
テマリはユニバスの胸に顔を埋め、わんわんと泣いた。
凍りついていた心が、ついに解け出したのだ。
ユニバスは泣きやむまで、なにもいわずに、ただテマリの頭を撫でてやる。
気づくとテマリは泣き疲れて、ユニバスの胸の中で眠っていた。
















