74 座敷精霊2(前編)
かつて勇者パーティが魔王討伐の旅をしていた頃。
オソレヤマの町が、まだオソレヤマの村と呼ばれていた頃の話だ。
勇者一行は、オソレヤマの村の村長の屋敷を訪ねていた。
当時のオソレヤマの村は栄えておらず、イドオンの村よりもさびれた寒村だった。
しかし村長の家だけは、やたらと立派だったという。
当時の村長は、悪徳村長として名高い人物であった。
その悪徳村長が、揉み手で勇者たちを出迎える。
「ようこそ、勇者様、そしてお仲間の方々! この村をあげて歓迎させていただきます! ひなびたところですが、どうかゆっくりしていってください!」
村長の後ろでは、痩せこけた村人たちがアーチを作っている。
彼らなりの精一杯の歓迎なのだが、それを見た一行は文句たらたらだった。
「マジでなんもねー所だなぁ! つまんねーから、村でも燃やすか!」
と、チンピラ全開のブレイバン。
「我輩の肉体美を彫像にして、崇める権利をやろう! さぁ、これからお前たちの人生のピークがやってくる! この黄金のボディを目に焼きつけておくのダッ!」
と、マッスルポーズを村人たちに見せつけるマッスルック。
「うわぁ、クサっ、ゴミみたい。こんなのくぐったら不幸になっちゃうよ」
と、アーチをこきおろすオンザビーチ。
「聖女様!」と村の子供が寄ってきてホーリードゥームに触れた途端、彼女はなんのためらいもなく子供を蹴り飛ばした。
「触らないでくださいます? 私、下賤の者に触られると虫酸が走るんです。これも……大人のしつけがなってないせいですねぇ」
ホーリードゥームは、アーチの先頭にいた村人まで殴り飛ばす。痩せた村人たちは、ドミノのようにバタバタと倒れていった。
「あいすみません! あとでしっかり罰を与えておきますから! ささ、どうぞどうぞ!」
村長は勇者たちを屋敷に招き入れる。しかし最後にユニバスが敷居を跨ごうとした途端、村長は飛び蹴りを食らわせた。
吹っ飛ぶユニバス。村長はドブネズミでも見るような目で、ペッ! とツバを吐きかけた。
「お前は荷物持ちだな!? その汚い格好で入るんじゃない! 貧乏が伝染るわ! お前は村の連中と同じ下郎だ! 裏庭にある小屋で寝ろ!」
行く先々での冷遇は、ユニバスにとって慣れっこだった。やれやれと立ち上がり、裏庭へ向かう。
裏庭はまったく手入れされておらず、草がボーボーに生えている。かきわけた先に、ボロボロの小屋があった。
玄関扉が風に揺れ、暗闇の向こうで獣のような目が光っていた。
ユニバスが近づくと、「まりぃぃぃぃぃ……!」と威嚇するような唸り声。
しかしユニバスは気にする様子もなく、扉を開けて小屋に入った。
光が差し込み、影が逃げていく。影だと思われたものは、床一面に広がった長い黒髪だった。
ユニバスは「明るいのが苦手なのか」と独り言のように言い、扉を閉めた。
するとあたりが薄暗くなる。逃げた影が長い髪を広げ、怨霊じみた巨大な影となって戻ってきた。
怨霊は「食べちゃうぞーっ!」といわんばかりに大口を開けて、ユニバスを威嚇する。
「まりぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっ!!」
完全に脅かしにきているのだが、ユニバスは怨霊をしげしげと観察したあと、フレンドリーに話しかけた。
「闇の精霊かと思ったけど、違うみたいだな。俺はユニバスだ、キミは?」
「ま……まりっ!?」
怨霊はびっくりして、小屋の奥の押し入れに逃げ込み、ぴしゃり! と戸を閉めた。
ユニバスは家にあがりこむと、「闇の精霊じゃないなら、光は大丈夫だよな」と、縁側の雨戸を開けて光を入れる。
しかし外は高い草に覆われ、あまり光は差し込まなかった。
ユニバスは振り返り、押し入れに向かって話しかける。
「俺はキミの敵じゃない。出てきてくれよ、話がしたいんだ」
しかし、押し入れからの応えはなかった。
ユニバスは仕方なく、部屋の掃除を始めた。
ホコリにまみれた畳と床板を掃き、雑巾をかける。天井の蜘蛛の巣を払い、昔ながらのカマド炊きの台所と風呂場を使えるようにした。
掃除をしながら、ユニバスは考えていた。
――勇者パーティの目的は、オソレヤマにいるという伝説の精霊虫の捕獲。売れば大儲けできるという理由からだ。
資金はたっぷりあるし、魔王討伐には関係ない。精霊虫が捕まらないよう、こっそり裏から手を回そう。
勇者は捕獲するまでこの村に滞在すると言っているが、1ヶ月もすればあきらめるだろう。
それよりも……。
掃除の手を止め、チラッと押し入れを見るユニバス。
――こっちの精霊のほうが、心配だな……。
小屋の掃除を終えると、ユニバスは草刈り鎌で縁側のまわりの雑草を刈りはじめた。そこへ、悪徳村長がやってくる。
「なんだ、泊めてもらった恩返しとは、下郎のわりに気が利くじゃないか。だが、そんなもんじゃぜんぜん足りん! この裏庭にある雑草を、ぜんぶキレイに刈り尽くすんじゃ! できなければ、宿代を払ってもらうぞ!」
悪徳村長は一方的に言いつけて去っていった。
それからユニバスは、オソレヤマを探索する勇者パーティに同行するかたわら、あいた時間で小屋のまわりの雑草を刈った。
しかしそれが終わると、悪徳村長はこう言った。
「小屋のまわりが終わったなら、ワシの屋敷の裏庭の雑草もぜんぶ刈るんだ! それが常識というものだろう! しっかり働いて恩を返せよ!」
屋敷の裏庭は裏山といえるほど広大だったが、ユニバスは特に文句も言わず草刈りを続ける。
除草だけでなく裏庭の木々も手入れし、見事な庭に仕上げていった。
そのおかげで裏庭の見通しが良くなり、小屋から屋敷が見えるようになる。
働きアリのようにせっせと働くユニバスの姿を、怨霊は押し入れの中から縁側ごしにじっと見つめていた。
押し入れのふすまの前には、海苔を巻いた三角おにぎりが2個、置かれていた。
ユニバスが供えたものだ。
ユニバスが小屋に戻ってくると、押し入れのふすまはピシャリ! と閉まる。
ユニバスはその扉に向かって、毎日のように話しかけていた。
「精霊は食べなくても生きていけるけど、腹は減るんだろう? へんなものは入ってないから、食べてくれよ。食べないなら、俺が食べるぞ」
ユニバスは手つかずのおにぎりをひとつ取り、頬張りながら考えを巡らせていた。
















