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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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61 カレーライス4(後編)

「どうしたの、ナナホシちゃん?」


 ティフォンから気づかうような声を掛けられ、ナナホシはハッと我に返る。


「ユニバス様のカレー、お口に合いませんでしたか?」


 イズミがハンカチで、ナナホシの涙を拭う。


「い……いや! 美味しいのだ! とっても美味しいのだ!」


 ナナホシは止まっていた手を動かし、ぱくぱくとカレーを食べはじめた。


「よかった! わたしも一緒にたべよーっと!」


 人懐こいティフォンは、ナナホシの隣に座り、まるで姉妹のようにカレーをパクつく。

 かいがいしく世話をしていたイズミが、ふと気づいた。


「あっ、ナナホシ様、頬にごはんつぶが付いておりますよ。お拭きさせていただきますね」


 しかしナナホシは、頬に伸びてきたハンカチを押しとどめる。


「いや、待つのだ」


 そして、おもむろにあたりを見回したあと、ユニバスに向かって言った。


「そこの料理人、わらわのほっぺたのごはんつぶを取るのだ」


「えっ?」


 ユニバスは当然困惑したが、「さっさとするのだ!」と急かされ、ナナホシの頬におそるおそる手を伸ばす。

 しかし寸前で、その手をナナホシにガッと掴まれてしまった。


「違う、唇で取るのだ!」


 これには真っ先に、精霊姫たちから異論が上がった。


「ええっ!?」「このクソザコ、なに言ってんの!?」「なぜそのような、うらやま……はしたないことを!?」


「この中では、この料理人がいちばんイメージに近いのだ! つべこべ言わずにやるのだ!」


 イメージとはナナホシが回想の中で体験した、口でごはんつぶを取ってもらうことである。


「うっ……!」


 ユニバスは逡巡した。

 なぜ自分が、そんなことをしなければならないのか。胸中でそう叫びたい気分だった。


 疑問の余地は多々あった。

 しかしナナホシは女王であり、いったん言いだしたら聞かなさそうな子供でもある。


 ユニバスはごくりと喉を鳴らすと、ナナホシのそばで覚悟を決めてしゃがみこみ、顔を寄せる。

 震える唇で、その頬のごはんつぶをキスで取った。


「うーん」


 と唸るナナホシ。


「なんか違うのだ」


 これには精霊姫たちも、たまらず立ち上がる。


「こ……こんのぉーっ!」「あたしだってまだなのに!」「いくら女王様といえ、うらやまはしたないです!」


 その声のさざめきに、場違いなほど硬い足音が割り込んできた。

 ワルメシアンである。彼女はテーブルに歩み寄り、ナナホシに告げた。


「ナナホシ女王、そろそろ参りましょう。魔導セイラーパネルの工事が始まりますゆえ」


 あぜ道の向こう、村の出口の方角から、馬車に積まれた魔導セイラーパネルがやってくるのが見えた。

 その様子を見た村人たちは、絶望に満ちた表情でへなへなとへたりこんでいた。


「もう工事が始まるなんて……!」


「きっと最初からそのつもりで、村の外に待機させてたんだ……!」


「お……終わりだ……! この村は、終わりだぁぁぁ……!」


 その決定を下したナナホシはどこ吹く風であった。


「料理人よ、わらわが完食したことを誇りに思うのだ。あとで褒美を取らせよう」


 椅子から降りて去ろうとするナナホシ。

 その背中をユニバスは呼び止めた。


「だ……ダメだっ……!」


「なに?」


 振り返るナナホシ。ユニバスは、全身を強張らせながら声をしぼり出した。


「あっ……あの魔導セイラーパネルは、ダメだっ……!」


「ふん、たかが料理人が、知ったようなことを」と、鼻で笑うワルメシアン。


「そんな男の言うことに、耳を貸してはなりません、ナナホシ女王」


 ナナホシはワルメシアンを見る。

 そして、ふたたびユニバスを見上げる。


 判決を考えているような、重苦しい沈黙。

 しかしワルメシアンは内心、小馬鹿にしていた。


 ――ふん、答えはもうわかっているめしあ。

 アパーレ殿の『精神支配の環』がある限り、このクソガキは操り人形。

 死ぬまで、私のいいように……。


 しかし、ナナホシの口から放たれたのは……。


「料理人よ、なにがダメなのだ? 詳しく話してみるのだ」


「なっ……!?」


 意表を突かれたような声をあげるワルメシアン。

 ユニバスは、つっかかりながらも一気にまくしたてた。


「あっ……あの魔導セイラーパネルは、しゅっ、周囲の精霊力を根こそぎ集め、精霊のいない不毛の地にしてしまいます……! そうなったら、元に戻すのに何十年も掛かります……!」


 ワルメシアンは慌てて言い返した。


「それがどうしたというのです! 集めた精霊力があれば、国の産業は百年は発展するめしあ!」


 ユニバスは、いじめっこに必死に抵抗するいじめられっこのように、怯えを含んだ目付きでワルメシアンを見据えた。


「あ……あなたの言う、国とは……、どっ……どこの国ですかっ……!?」


「!!」


 ユニバスの視線と言葉は震えていたが、効果は抜群。

 鋭いナイフのようにワルメシアンの心臓へと突き刺さっていた。


「こ……答えてくださいっ! あっ……あの魔導セイラーパネルを設置したら、どっ、どこの国が発展するのですか……!?」


「そ……それは……!」


 言葉に詰まるワルメシアン。


 あの魔導セイラーパネルを作ったのは、ほかならぬユニバス自身であった。

 造った者だからこそ知っている事実の重みが、震える声を裏打ちしていた。


 ユニバスはさらに声を大にして訴える。


「あっ、あの魔導セイラーパネルで集めた精霊力は、ちっ、地脈を通じて、フーリッシュ王国に送られる……!」


 衝撃の告発に、周囲は度肝を抜かれた。


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ワルメシアンは「なっ、なぜそれを!?」と、悪事がバレた悪代官のようにうろたえる。

 口をついて出た言葉を手で押さえていた。


 そして、ついに逆ギレした。


「え……ええい、さっきから聞いていれば、デタラメをっ! 国家反逆罪として、この者を処刑するめしあ! ナナホシ女王、こちらに……!」


 しかしユニバスはワルメシアンより早く、ナナホシの身体をかっさらう。

 周囲が「あっ!?」となっている間に、椅子を踏み台にしてテーブルにのぼった。


 この行為にいちばん驚いていたのは、他ならぬ精霊姫たちである。


 ――ゆ……ユニバスくんが……人間の女の子を抱っこした!?

 人間の赤ちゃんですら爆弾みたいに避ける、あのユニバスくんが……!?


 それだけ必死だったのだ。この村を守るために。

 ユニバスは生きた心地がしなかったが、残った勇気を振り絞るようにして、広がるハーブ畑をナナホシに見せた。


「ごっ……ごごごっ……! ご覧、ください……! この見事な、ハーブ畑を……! こっ、この畑は、多くの木の精霊たちが、長い年月を掛けて作り上げたもの……! い……いわばこの国の、宝です……!」


 ……ざぁ、と風が吹いた。

 ハーブ畑から吹き上げた風が土手を駆け上がり、ナナホシの頬をやさしく撫でる。


 その風は、どこかざらりと、それでいてやさしかった。


 ふくよかな香りが、鼻腔を満たしていく。

 それは……亡き父の感触、亡き母の香りであった。


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