53 パイススの村3
俺のまわりでは精霊姫扮する三人の猫耳メイドたちが、猫のように鳴きながら集まって大にぎわいだ。
「ナーン!」
「ナーン!」
「なーん!」
俺は彼女たちを撫でながら、発酵させたナンを風呂釜のように巨大な焼き窯へ貼りつけていく。
「ナンの精霊が来てくれたおかげで、生地がよく発酵してくれた。これは、ふっくらした焼き上がりになるぞ」
「わあっ、たのしみーっ! ありがとう、ナンの精霊さん!」
俺とティフォンで、ナンの精霊をなでてやる。ナンの精霊たちは嬉しそうだった。
「よし、次はカレーだな」
「よーし、カレーを華麗に作ろーっ!」
みんなは笑顔でいっぱいだったが、俺の胸の内は張りつめていた。
この勝負に負ければ精霊姫たちが、あのカレーキングの愛人にされてしまう。絶対に負けるわけにはいかない。
俺は鉄鍋で肉を焼く。
その間、精霊姫たちが野菜の下ごしらえをしていたのだが、いちいち大騒ぎだった。
ティフォンがクシャミで野菜を吹き飛ばしたり、ガミメスが「指を切った!」と大騒ぎしては「ざぁこ、ウソでしたー」と、指が切れたように見える手品をしてみせたり、イズミが玉葱を切って号泣したり。
笑い声の絶えない調理場。それは、ピラミッドの者たちを唖然とさせるほどだった。
「おい、見ろよあれ……」
「毎年あそこでカレーを作るやつは、うまくいかなくてバカにされて、泣きながら作るのに……」
「なんて、楽しそうに作るんだ……」
「それに比べて……」
村人たちの視線がピラミッドの頂上へ移る。そこではカレーキングの調理が引き続き行なわれていたが、カレイラや精霊たちはこき使われてヘトヘトだった。
それなのにカレーキングから感謝の言葉ひとつかけてもらえないどころか、逆に暴力をふるわれている。
「本来はあっちが地獄で、こっちが天国のはずなのに……」
「これじゃ、まるっきり逆じゃねぇか……!」
「それにしても、あの子たち、かわいいなぁ……!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。だが俺は気にせず、カレー作りに集中した。
具材が焼きあがったら寸胴に移して水を加えて煮込んでいく。大きめの寸胴を4つぶん、かまどに掛けていた。
「いよいよスパイスだぞ」
俺は続けた。
「この村のスパイスは上質だから、きっと『スパイスの精霊』もたくさんいるはずだ」
俺の目の前には木の大皿に盛られた6種のスパイス。
カレーキングが使っていたのはクミン、コリアンダー、ターメリックだったが、俺はそれに加えて、グリーンカルダモン、ブラックペッパー、ジンジャーを選んでいた。
俺はサッと指を天へ掲げる。
「おいしいカレーが作りたい者、この指とーまれ!」
『精霊たらし』である俺の能力のひとつ、『トゥギャザー・ギャザー』。精霊たちを集める力だ。
さっそくスパイスのなかから精霊たちがあふれ出した。
カレーキングのまわりにいた精霊は3体だけだったが、現れた精霊たちは数え切れないほどだ。
新顔のグリーンカルダモンの精霊、ブラックペッパーの精霊、ジンジャーの精霊。みな同じように、花をあしらったドレスをまとっている。
それぞれ見た目の少し違う『スパイスの精霊』たちが俺を取り囲み、ワクワクした表情で俺を見つめてくる。
これには、ピラミッドの者たちも騒然となった。
「え……ええっ!? 見ろよ、あれ!」
俺がふと頂上を見上げると、忙しそうに調理していたカレイラまでもが手を止めて固まっているのが見えた。
「う……うそ……!? スパイスの精霊が、あんなに……!? あのカレーキング様ですら、3体使役するのがやっとなのに……! それなのに、あんなに……!?」
「カレイラ、玉葱!」
カレーキングが怒鳴りつけている。だがカレイラはこちらを見据えたまま動かない。
つられて頂上のカレーキングも、俺たちのほうを見下ろした。その顔が、アゴの外れんばかりに歪むのが遠目にも見てとれた。
俺は木の大皿を円盤投げのような手つきで振る。色とりどりのスパイスが、虹が架かるように宙へ散っていった。
四つの寸胴へ均等にスパイスが加えられ、スパイスの精霊たちも「わーい」と寸胴へ飛び込んでいく。
「これらのスパイスを混ぜ合わせると……」
俺が両手を駆使して4つの寸胴をかき混ぜると、寸胴のなかでプカプカ浮いていたスパイスの精霊たちが渦を巻いて融合し、そして……。
鍋のなかから湯気のようにふんわりと、新たな精霊が現れた。
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「あ……あれは、『カレーの精霊』っ!?」
「し……真のカレーにのみ現れるという、伝説の精霊!? ウソだろっ!?」
「この村のカレー祭でも、一度も現れたことがなかったのに!」
カレーキングが目を疑う。
「ば……ばかなっ!?」
カレイラも目を剥いた。
「う……うっそぉ!? カレーの精霊は、すべてのカレー職人の憧れ……! カレーキング様ですら一度も呼び出したことのない精霊を、あっさり呼び出すなんて……! あ……あの人……いったい、何者なの……!?」
カレーの精霊は、ふわあっ……と、カレーの匂いをあたりに振りまく。精霊姫たちが思わず恍惚とした表情を浮かべた。
「い……いい匂いっ……!」
「た……たまりませんっ……!」
「お……おいしそうっ……!」
「よし、さっそく食べようか」
俺はカレーを器によそっていく。
「最後に、ローズマリーの葉を添えて、と」
続いてナンを器に盛り、カレーとナンをそろえた盆を4人分こしらえた。
しかしここでようやく、まわりに人だかりができていることに気づいた。ピラミッドの最下層にいた者たちが香りに引き寄せられ、夢でも見ているような顔で集まっていたのだ。
「食べたいよぉ……」
子供たちが、ひもじそうにつぶやく。俺は精霊姫たちに言った。
「先に、村の人たちに振る舞ってもいいか?」
「はい、もちろんです。仰せのままに」
イズミは即答してくれた。ガミメスは「ヤダ」と、これまた即答したが、
「……って言いたいところだけど、どーせ最初から振る舞うつもりだったんっしょ? でなきゃ、あんなバカみたいな量、作るわけないし」
ガミメスは4つの寸胴を眺めていたが、「それに……」とピラミッドへ流し目を向ける。
その視線の先では上流と中流の者たちが、辛抱たまらないといった顔をこれでもかと向けてきていた。
「きゃはっ! アイツらが悔しがるところを、もっと見たくなっちゃった! だから、いいよ!」
ガミメスは意地の悪い笑みを浮かべた。
ティフォンは、ぐぅ~っ! と腹が鳴るほどの空腹と、俺からの頼みとのあいだで葛藤するように苦悶の表情を浮かべている。
しかしやがて意を決すると、ふわりと飛び立ち、最寄りのカレーキングの像の上に立った。
そして、眼下の村人たちへ向かって言い放つ。
「わたしは人間さんだけじゃなくて、精霊さんにも厳しいんだから! まず、バカにしたことを謝ること! 顔が泥だらけになるくらいに地面に顔をこすりつけて、ちゃんと土下座して! そしたらカレーをあげるけど、ひと口ごとに感謝して食べるように! いい!?」
「ははーっ!」
村人たちが、いっせいにひれ伏す。
こうしてカレーを振る舞うことになった。俺は調理場でひたすらカレーを作り、精霊姫たちが給仕のように運んでいく。
イズミは膝をつくのもいとわずにしゃがみこんで、村人ひとりひとりへていねいに器を手渡していた。
ぬかるみに正座した村人たちの顔は泥だらけ。だがその表情は幸せいっぱいだった。
「こ……これが……カレー! 本物の……カレーっ!」
「う……うまい……うますぎる……!」
「これが、父ちゃんが育てたスパイスのカレーなんだね!」
「ありがたや、ありがたや……!」
搾取され、残飯にすがるしかなかった精霊たちが、いま頬を濡らして本物のカレーを頬張っている。その光景に、胸の奥が熱くなった。
だが、俺はどうしても手放しでは喜べずにいた。
カレーを一度振る舞ったところで、この村を縛る仕組みそのものが変わるわけではない。あの頂上にカレーキングが君臨するかぎり、明日にはまた同じ地獄が繰り返されるのだ。
















