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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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52 パイススの村2

 言葉を失った俺たちのなかで、まっさきに口を開いたのはイズミだった。


「あ……あちらは、なんなのでしょう……? き……奇祭、でしょうか……?」


 ガミメスも、めずらしく気圧されている。


「カレーって、そんなにまでして食べたいものなの……?」


 ティフォンも顔をしかめていた。


「カレーは食べてみたいけど、あんなのやだよ……!」


 と、調理を終えたカレイラが、ピラミッドの下まで降りてきて、俺たちに話しかけてきた。


「ようこそ、『カレー祭』名物、『カレーピラミッド』へ!」


「地獄ピラミッドの間違いじゃない?」


 ガミメスのツッコミも、カレイラには聞こえていない様子だ。


「カレーキング様からの施しはもう終わってしまいましたけど、今日はナナホシ様がお見えになる関係で、特別にあともう一回だけ、施しをくださることになっています! さぁ、どうぞこちらへ!」


 どうぞどうぞと、最下層で空いているゴザのところへ案内しようとする。

 応対してくれたのが精霊だったので、俺はちょっとほっとしながら言った。


「いや、スパイスを分けてもらえないか? カレーを作りたいんだ」


 ピラミッドのまわりには、まるで供物のように樽に入ったスパイスが並んでいる。


「スパイスを差し上げるのは、かまいませんけど……」


 カレイラは口ごもった。


「でも、カレーは高貴なるものとされているので、王族もしくは貴族の方しか作ることができません」


「それなら大丈夫だよ、こっちは王様だもん!」


 ティフォンが、俺の腕にぎゅっと抱きつく。

 すると、ピラミッドの頂上から高笑いが降ってきた。


「ほっほっほっほ! おつカレーっ! ずいぶんと、みすぼらしい王様がいたものですねぇ……! 宿無しの王様でしょうか?」


 どっ、とピラミッドから笑いが起こる。カレーキングは調子づいて、さらに嘲った。


「毎年ひとりは必ずいるのです! カレーを作ろうとする者が! しかし、必ず失敗します! なぜならば、凡人にカレーを作るのは、逆立ちをしても不可能だからです! 鼻でカレーを食べるほうが、よっぽど簡単でしょうねぇ!」


 カレイラが、こっそりと俺たちに耳打ちしてきた。


「カレーの作り方は、カレーの王様であらせられますカレーキング様しか知りません。ですので笑いものになる前に、どうかお引き取りを……」


「できらあっ!」


 そう答えたのはガミメスだった。


「おいおい」


 俺は止めようとしたが、ガミメスは制止を振り切るようにして前に出る。


「いくらでも笑いものにすればいいじゃん。でもそれは、失敗したらのこと……!」


 ピラミッドの頂点にいるカレーキングを、ビシッと指さし続ける。


「ちゃんとカレーが作れたら、アンタには鼻でカレーを食べてもらうから!」


「おつカレー! いいでしょう! 逆立ちして、鼻でカレーを完食してみせましょう! そのかわり、もし作れなかったら……そこの精霊たちは、このカレーキングの愛玩精霊になるのです!」


 俺たちは思わず「ええっ!?」となったが、ガミメスは「いいよ!」と即答した。


「決まりましたね! ではカレイラ、その者たちを調理場に案内してさしあげなさい!」


 カレイラは「ええっ……」と戸惑っていたが、「早く!」とカレーキングに一喝され、しぶしぶ俺たちを案内する。


 連れていかれたのは、ピラミッドのある広場から、さらに一段ほど低くなった一角だった。

 そこには屋外の簡易な調理場があり、『愚か者の底』と記されている。


 カレイラは、そっと言った。


「ここは普段はゴミ捨て場で、カレー祭の時だけ調理場になるんです。カレーを作ろうとする人を、笑いものにするための場所で……。失敗したら、残飯を投げ込まれるんです。挑戦する人がいない年は、村の精霊が生贄になるそうで……。でも、いまならまだ間に合います。酷い目に遭わないうちに、こっそり逃げてください」


 俺は調理場を見渡しながら答えた。


「逃げたら、精霊が犠牲になるのか? なら、やるよ。ここにはカレーを作れるだけの器具も材料も、ちゃんと揃ってるみたいだし」


 それに、あの見世物で残飯にすがっていた精霊たちのことも、頭から離れなかった。彼らにこそ、本物のカレーを食べさせてやりたい。

 カレイラは、俺にはカレーなんて作れっこないと思っているのだろう。「そうですか……」と、残念そうにうつむいた。


「僕はカレーキング様の調理の手伝いがあるので、もう行きますね。それでは、がんばってください」


 去っていくカレイラの背中を見送りながら、俺は作業着の上着を脱ぐ。その上着は、当然のようにイズミが受け取ってくれた。

 調理台に立ち、袖をまくって気合いを入れる。


「よし、じゃあ、やるか!」


 まずは大きな鉢に、大量の小麦粉と砂糖、塩、酵母を入れて混ぜる。ティフォンが、興味深そうに覗き込んできた。


「へぇ、カレーって茶色い色をしてるみたいだけど、最初はこんなに真っ白なんだ」


「いや、これはナンを作ってるんだ。発酵に時間がかかるから、先に仕込んでおこうと思って」


「ナン!? ナンだそれ!?」


 いつのまにか割烹着を着たイズミが、やる気をみなぎらせていた。


「どうか、お手伝いをさせていただけますでしょうか」


「そうか? なら、ここには無いものが欲しいんだ。馬車のなかにあるスパイスと食材を持ってきてほしい。できるだけ多めにたのむ」


「かしこまりました」


「なら、わたしもいくー! スパイスだけに、スパイのようにスッといこーっ!」


 ティフォンとイズミは連れ立って調理場を離れようとしたが、ガミメスがふたりを追いかけ、なにやら耳打ちしていた。

 そして「シシシ」と、悪だくみでもするような笑顔で、俺のいる調理台へ戻ってくる。


「ふたりになにを吹き込んだんだ?」


「べつにぃ」


 ガミメスはとぼける。


「あ、あたしもいっしょにこねてあげる!」


「いいよ、こねるのはひとりでもできるから。それよりも……」


「いいからいいから!」


 ガミメスは俺の身体の下へ潜り込んできた。彼女は背が低いので、俺の顎よりもさらに下に、彼女の頭のてっぺんがくる。

 そのまま俺の身体に背中を預け、めいっぱい背伸びをして、俺の顎に額をこすりつけてくる。


 甘えたがるガミメスといっしょに、調理台で生地をこねる。ナンなら百人前は作れそうな、大きな生地だ。

 ふと、俺は思い出したように尋ねた。


「なぁ、なんであんなムチャな賭けをしたんだ?」


「だってムカついたんだもん。あんなデブハゲオヤジなんかにユニバス様をバカにされてさ。それに、ムチャなんかじゃないよ」


「ムチャじゃないって……。俺が、カレーを作れないかもとは思わなかったのか?」


「ざぁこ、ちっとも」


 ガミメスは鼻で笑った。


「ユニバス様はあの時、『カレーを作りたい』って言ったっしょ? もし作ったことが無いんだったら、『カレーを作ってみたい』って言うはずだから。……それに、負けても別にいいし」


「えっ?」


「あたしは雨は大っ嫌いだけど、もし濡れたとしても、傘なんかいらない。好きな人がいっしょだったら、なおさらかな」


 ガミメスは嗜虐的なような被虐的なような、なんとも妖艶な笑みを浮かべる。あどけない顔立ちなのに、どこか小悪魔じみていた。


「いっしょに、びしょ濡れになりたい……!」


 と、いつの間にか小さな精霊たちが、どこからともなくまわりに集まってきていた。


「なにコイツ」


「これは『ナンの精霊』さ」


 ナンの精霊は、スパイスの精霊と同じく手のひらほどの大きさ。

 かわいらしい子ギツネのような姿で、焼きたてのナンのような色合いをしている。


 ナンの精霊たちは俺たちがこねている生地に、ぴとっと取りついた。まるで猫が毛布をフミフミするように、いっしょうけんめい生地をこねている。

 かと思えば飛び立って、俺とガミメスの顔に手を伸ばし、頬をぷにぷにと押してくる。


「わっ、なにすんの」


 くすぐったそうなガミメス。


「ナンの生地は、頬と同じくらいの柔らかさになるまでこねるといいんだ。だからナンの精霊たちは、人間や他の精霊の頬を触って柔らかさを確かめる。彼らが手伝ってくれると、おいしいナンができるから、ガマンしてくれないか?」


「しょーがないなぁ」


 ガミメスは、にやりとした。


「あたしの頬、ぷにぷにだよ。触ってみて、触ってみて」


 ガミメスは、生地をこねていた俺の手を取り、自分の頬へと導く。導かれるまま、その頬をつまんでみる。


「んふふ、気持ちいいっしょ?」


 むしろガミメスのほうが気持ち良さそうに、猫みたいに目を細めていた。


「ほんとだ、ぷにぷにだな」


「もっとぷにぷになところ、あるよ」


「えっ?」


 ガミメスは爪先立ちになって、俺の耳元でささやく。


「触ってみたい……? いいよ……ユニバス様なら……!」


 その時、ティフォンとイズミが戻ってきた。


「ただいまーっ!」


「すみません、遅くなりました」


「ありがとう」


 俺はガミメスの頬から手を離し、ふたりのほうを見る。せっかくの雰囲気をぶち壊されて、ガミメスがぶすっとむくれた。

 ふたりは両手いっぱいに食材を抱えていた。だが俺はそれ以上に、ふたりの姿に驚かされた。


「なんだ、その格好」


 ティフォンとイズミはなぜか、丈の短いスカートの猫メイドといういでたちだった。

 ティフォンは元気いっぱいに「ナーン!」と、イズミは恥ずかしそうに「な……なーん」と、鳴くような声をあげる。


「ガミメスちゃんから教えてもらったんだ!」


 ティフォンは得意げだ。


「ナンは正しくは『ナーン』っていって、猫の鳴き声から来てるんだって! だから初めて食べる時は、礼儀として、猫の仮装をして食べるんだって!」


「ですので、馬車のほうで着替えさせていただきました……。遅くなって、申し訳ございません……」


 「ニャッ」と、両手両足でポーズを決めるティフォン。「にゃ……」と恥ずかしそうにうつむき、短いスカートを押さえながら片手をあげるイズミ。


 俺は呆れてガミメスを見た。ガミメスはすっと視線をそらす。

 まあいいかと俺は気を取り直して、こね終わったナンを成形していく。


「わぁ、ナンだ! ナンナーン!」


「な、なーん」


 ティフォンはすっかり猫気分で、調理中の俺の腕にスリスリしてくる。イズミはわざわざしゃがみこんで、遠慮がちに俺の足へ頬をすり寄せていた。


「よしよし、かわいいなぁ」


 俺は笑顔でティフォンとイズミをなでてやる。

 その様子をガミメスはつまらなそうに眺めていた。


「ざぁこ、ばっかみたい」


「ナーン! ナーン! ナンナーン!」


「なーん、なーん!」


 俺が笑っていたものだから、ティフォンとイズミはとうとう調子に乗って、俺の顔にまでスリスリしはじめる。


「あっはっはっは! くすぐったいよ!」


 大笑いする俺に、とうとう我慢できなくなったのだろう。ガミメスは調理場を飛び出していき、しばらくして猫メイドになって戻ってきた。

 しかも、へそ出しに丈の短いスカートというセクシーメイド仕様だ。


「あれ? ガミメスちゃんもナンを食べるの初めてだったの?」


「ざぁこ、そんなのどーでもいいじゃん。仮装は自由っしょ?」


「それもそうだね! じゃあ、いっしょにナンナンしよっ!」


 ティフォンは屈託のない笑顔でガミメスを迎え入れていた。


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