52 パイススの村2
言葉を失った俺たちのなかで、まっさきに口を開いたのはイズミだった。
「あ……あちらは、なんなのでしょう……? き……奇祭、でしょうか……?」
ガミメスも、めずらしく気圧されている。
「カレーって、そんなにまでして食べたいものなの……?」
ティフォンも顔をしかめていた。
「カレーは食べてみたいけど、あんなのやだよ……!」
と、調理を終えたカレイラが、ピラミッドの下まで降りてきて、俺たちに話しかけてきた。
「ようこそ、『カレー祭』名物、『カレーピラミッド』へ!」
「地獄ピラミッドの間違いじゃない?」
ガミメスのツッコミも、カレイラには聞こえていない様子だ。
「カレーキング様からの施しはもう終わってしまいましたけど、今日はナナホシ様がお見えになる関係で、特別にあともう一回だけ、施しをくださることになっています! さぁ、どうぞこちらへ!」
どうぞどうぞと、最下層で空いているゴザのところへ案内しようとする。
応対してくれたのが精霊だったので、俺はちょっとほっとしながら言った。
「いや、スパイスを分けてもらえないか? カレーを作りたいんだ」
ピラミッドのまわりには、まるで供物のように樽に入ったスパイスが並んでいる。
「スパイスを差し上げるのは、かまいませんけど……」
カレイラは口ごもった。
「でも、カレーは高貴なるものとされているので、王族もしくは貴族の方しか作ることができません」
「それなら大丈夫だよ、こっちは王様だもん!」
ティフォンが、俺の腕にぎゅっと抱きつく。
すると、ピラミッドの頂上から高笑いが降ってきた。
「ほっほっほっほ! おつカレーっ! ずいぶんと、みすぼらしい王様がいたものですねぇ……! 宿無しの王様でしょうか?」
どっ、とピラミッドから笑いが起こる。カレーキングは調子づいて、さらに嘲った。
「毎年ひとりは必ずいるのです! カレーを作ろうとする者が! しかし、必ず失敗します! なぜならば、凡人にカレーを作るのは、逆立ちをしても不可能だからです! 鼻でカレーを食べるほうが、よっぽど簡単でしょうねぇ!」
カレイラが、こっそりと俺たちに耳打ちしてきた。
「カレーの作り方は、カレーの王様であらせられますカレーキング様しか知りません。ですので笑いものになる前に、どうかお引き取りを……」
「できらあっ!」
そう答えたのはガミメスだった。
「おいおい」
俺は止めようとしたが、ガミメスは制止を振り切るようにして前に出る。
「いくらでも笑いものにすればいいじゃん。でもそれは、失敗したらのこと……!」
ピラミッドの頂点にいるカレーキングを、ビシッと指さし続ける。
「ちゃんとカレーが作れたら、アンタには鼻でカレーを食べてもらうから!」
「おつカレー! いいでしょう! 逆立ちして、鼻でカレーを完食してみせましょう! そのかわり、もし作れなかったら……そこの精霊たちは、このカレーキングの愛玩精霊になるのです!」
俺たちは思わず「ええっ!?」となったが、ガミメスは「いいよ!」と即答した。
「決まりましたね! ではカレイラ、その者たちを調理場に案内してさしあげなさい!」
カレイラは「ええっ……」と戸惑っていたが、「早く!」とカレーキングに一喝され、しぶしぶ俺たちを案内する。
連れていかれたのは、ピラミッドのある広場から、さらに一段ほど低くなった一角だった。
そこには屋外の簡易な調理場があり、『愚か者の底』と記されている。
カレイラは、そっと言った。
「ここは普段はゴミ捨て場で、カレー祭の時だけ調理場になるんです。カレーを作ろうとする人を、笑いものにするための場所で……。失敗したら、残飯を投げ込まれるんです。挑戦する人がいない年は、村の精霊が生贄になるそうで……。でも、いまならまだ間に合います。酷い目に遭わないうちに、こっそり逃げてください」
俺は調理場を見渡しながら答えた。
「逃げたら、精霊が犠牲になるのか? なら、やるよ。ここにはカレーを作れるだけの器具も材料も、ちゃんと揃ってるみたいだし」
それに、あの見世物で残飯にすがっていた精霊たちのことも、頭から離れなかった。彼らにこそ、本物のカレーを食べさせてやりたい。
カレイラは、俺にはカレーなんて作れっこないと思っているのだろう。「そうですか……」と、残念そうにうつむいた。
「僕はカレーキング様の調理の手伝いがあるので、もう行きますね。それでは、がんばってください」
去っていくカレイラの背中を見送りながら、俺は作業着の上着を脱ぐ。その上着は、当然のようにイズミが受け取ってくれた。
調理台に立ち、袖をまくって気合いを入れる。
「よし、じゃあ、やるか!」
まずは大きな鉢に、大量の小麦粉と砂糖、塩、酵母を入れて混ぜる。ティフォンが、興味深そうに覗き込んできた。
「へぇ、カレーって茶色い色をしてるみたいだけど、最初はこんなに真っ白なんだ」
「いや、これはナンを作ってるんだ。発酵に時間がかかるから、先に仕込んでおこうと思って」
「ナン!? ナンだそれ!?」
いつのまにか割烹着を着たイズミが、やる気をみなぎらせていた。
「どうか、お手伝いをさせていただけますでしょうか」
「そうか? なら、ここには無いものが欲しいんだ。馬車のなかにあるスパイスと食材を持ってきてほしい。できるだけ多めにたのむ」
「かしこまりました」
「なら、わたしもいくー! スパイスだけに、スパイのようにスッといこーっ!」
ティフォンとイズミは連れ立って調理場を離れようとしたが、ガミメスがふたりを追いかけ、なにやら耳打ちしていた。
そして「シシシ」と、悪だくみでもするような笑顔で、俺のいる調理台へ戻ってくる。
「ふたりになにを吹き込んだんだ?」
「べつにぃ」
ガミメスはとぼける。
「あ、あたしもいっしょにこねてあげる!」
「いいよ、こねるのはひとりでもできるから。それよりも……」
「いいからいいから!」
ガミメスは俺の身体の下へ潜り込んできた。彼女は背が低いので、俺の顎よりもさらに下に、彼女の頭のてっぺんがくる。
そのまま俺の身体に背中を預け、めいっぱい背伸びをして、俺の顎に額をこすりつけてくる。
甘えたがるガミメスといっしょに、調理台で生地をこねる。ナンなら百人前は作れそうな、大きな生地だ。
ふと、俺は思い出したように尋ねた。
「なぁ、なんであんなムチャな賭けをしたんだ?」
「だってムカついたんだもん。あんなデブハゲオヤジなんかにユニバス様をバカにされてさ。それに、ムチャなんかじゃないよ」
「ムチャじゃないって……。俺が、カレーを作れないかもとは思わなかったのか?」
「ざぁこ、ちっとも」
ガミメスは鼻で笑った。
「ユニバス様はあの時、『カレーを作りたい』って言ったっしょ? もし作ったことが無いんだったら、『カレーを作ってみたい』って言うはずだから。……それに、負けても別にいいし」
「えっ?」
「あたしは雨は大っ嫌いだけど、もし濡れたとしても、傘なんかいらない。好きな人がいっしょだったら、なおさらかな」
ガミメスは嗜虐的なような被虐的なような、なんとも妖艶な笑みを浮かべる。あどけない顔立ちなのに、どこか小悪魔じみていた。
「いっしょに、びしょ濡れになりたい……!」
と、いつの間にか小さな精霊たちが、どこからともなくまわりに集まってきていた。
「なにコイツ」
「これは『ナンの精霊』さ」
ナンの精霊は、スパイスの精霊と同じく手のひらほどの大きさ。
かわいらしい子ギツネのような姿で、焼きたてのナンのような色合いをしている。
ナンの精霊たちは俺たちがこねている生地に、ぴとっと取りついた。まるで猫が毛布をフミフミするように、いっしょうけんめい生地をこねている。
かと思えば飛び立って、俺とガミメスの顔に手を伸ばし、頬をぷにぷにと押してくる。
「わっ、なにすんの」
くすぐったそうなガミメス。
「ナンの生地は、頬と同じくらいの柔らかさになるまでこねるといいんだ。だからナンの精霊たちは、人間や他の精霊の頬を触って柔らかさを確かめる。彼らが手伝ってくれると、おいしいナンができるから、ガマンしてくれないか?」
「しょーがないなぁ」
ガミメスは、にやりとした。
「あたしの頬、ぷにぷにだよ。触ってみて、触ってみて」
ガミメスは、生地をこねていた俺の手を取り、自分の頬へと導く。導かれるまま、その頬をつまんでみる。
「んふふ、気持ちいいっしょ?」
むしろガミメスのほうが気持ち良さそうに、猫みたいに目を細めていた。
「ほんとだ、ぷにぷにだな」
「もっとぷにぷになところ、あるよ」
「えっ?」
ガミメスは爪先立ちになって、俺の耳元でささやく。
「触ってみたい……? いいよ……ユニバス様なら……!」
その時、ティフォンとイズミが戻ってきた。
「ただいまーっ!」
「すみません、遅くなりました」
「ありがとう」
俺はガミメスの頬から手を離し、ふたりのほうを見る。せっかくの雰囲気をぶち壊されて、ガミメスがぶすっとむくれた。
ふたりは両手いっぱいに食材を抱えていた。だが俺はそれ以上に、ふたりの姿に驚かされた。
「なんだ、その格好」
ティフォンとイズミはなぜか、丈の短いスカートの猫メイドといういでたちだった。
ティフォンは元気いっぱいに「ナーン!」と、イズミは恥ずかしそうに「な……なーん」と、鳴くような声をあげる。
「ガミメスちゃんから教えてもらったんだ!」
ティフォンは得意げだ。
「ナンは正しくは『ナーン』っていって、猫の鳴き声から来てるんだって! だから初めて食べる時は、礼儀として、猫の仮装をして食べるんだって!」
「ですので、馬車のほうで着替えさせていただきました……。遅くなって、申し訳ございません……」
「ニャッ」と、両手両足でポーズを決めるティフォン。「にゃ……」と恥ずかしそうにうつむき、短いスカートを押さえながら片手をあげるイズミ。
俺は呆れてガミメスを見た。ガミメスはすっと視線をそらす。
まあいいかと俺は気を取り直して、こね終わったナンを成形していく。
「わぁ、ナンだ! ナンナーン!」
「な、なーん」
ティフォンはすっかり猫気分で、調理中の俺の腕にスリスリしてくる。イズミはわざわざしゃがみこんで、遠慮がちに俺の足へ頬をすり寄せていた。
「よしよし、かわいいなぁ」
俺は笑顔でティフォンとイズミをなでてやる。
その様子をガミメスはつまらなそうに眺めていた。
「ざぁこ、ばっかみたい」
「ナーン! ナーン! ナンナーン!」
「なーん、なーん!」
俺が笑っていたものだから、ティフォンとイズミはとうとう調子に乗って、俺の顔にまでスリスリしはじめる。
「あっはっはっは! くすぐったいよ!」
大笑いする俺に、とうとう我慢できなくなったのだろう。ガミメスは調理場を飛び出していき、しばらくして猫メイドになって戻ってきた。
しかも、へそ出しに丈の短いスカートというセクシーメイド仕様だ。
「あれ? ガミメスちゃんもナンを食べるの初めてだったの?」
「ざぁこ、そんなのどーでもいいじゃん。仮装は自由っしょ?」
「それもそうだね! じゃあ、いっしょにナンナンしよっ!」
ティフォンは屈託のない笑顔でガミメスを迎え入れていた。
















