51 パイススの村1
すっかり元気を取り戻したイズミも加わり、久々に4人パーティがそろった馬車で、俺たちは田園地帯を進んでいた。
昨晩このあたりは雨が降っていたらしく、あぜ道はぬかるんで、あちこちに水たまりができている。
あぜ道の両脇には田畑が広がっていた。だが、普通の田畑ではない。赤、黄色、緑と、色とりどりの葉が風に揺れている。
朝露に濡れてキラキラと光るその姿は、花とはまた違う趣の美しさで、ティフォンとイズミは目を輝かせていた。
「わぁ……! 色とりどりの葉っぱ! きれーい!」
「はい、とてもお美しいです!」
しかしガミメスだけは鼻を鳴らしていた。
「ざぁこ、ただの草になに感動してんだか」
「でもキレイだよ! ニオイもいいし! みんなで深呼吸してみようよ!」
すぅーっと、大きく息を吸うティフォンとイズミ。ガミメスもこっそり深呼吸している。
「なんだか、ほぐれるぅ~!」
「はい、癒やされますぅ」
「ふぅん、悪くないじゃん」
ティフォンとイズミは夢見るような顔になり、ガミメスも満更でもなさそうだった。
「なんか、ユニバスくんのこと思い出してきた!」
「はい! どれも、真珠のようにステキな思い出です!」
「今夜はいい夢見れそう!」
と思ったら、急に具合の悪そうな顔になる。
「うわっ、勇者のことまで思い出しちゃった……!」
「はい……どれも、黒い虫様のように嫌な思い出です……」
「今夜は悪夢だ……」
「ねぇ、ユニバスくん」
ティフォンが不安そうに俺へすがってきた。
「なんだか急に、いろんなことが頭に浮かんできたの! どうしちゃったんだろう?」
「まわりに生えてるハーブのせいだな」
「それ、知ってる! 楽器だよね!」
ティフォンのボケに、ガミメスが横から口を挟む。
「ざぁこ、それはハープ」
「ハーブは植物の一種さ。いろんな薬効があるんだけど、香りには記憶を呼びさます作用があるんだ」
「へぇ……!」
精霊姫たちは感心した様子だ。
「みんな、ハーブを嗅ぐのは初めてみたいだな。ここは木の精霊たちが住んでいる『パイススの村』といって、ハーブとスパイスの名産地なんだ。ハーブは他の地域でも作ってる所があるけど、スパイスは近隣諸国を見渡しても、ここが唯一の生産地なんだ」
「ふぅん。じゃあハーブがたくさんあるんだね! ユニバスくんの思い出で頭の中がいっぱいになるように、たくさん嗅ごっと!」
小鼻をひくひくさせていたティフォンのお腹が鳴った。
「すごく、いいニオイがする……! なんだかお腹が空いてきちゃった……!」
「これはカレーのニオイだな」
我ながら、いつになく声が弾むのを感じた。
「「「カレー?」」」
「カレーは貴重なスパイスが原料だから、珍しい食べものとされている。でも、スパイスの名産地であるこの村では、カレーが名物なんだ。実際に食べられると思うぞ」
「ユニバスくんはカレーを食べたことあるの?」
「ああ、大好きな食べ物さ。実をいうと俺も、カレーの匂いを嗅いでハラペコなんだ」
ティフォンはみんなでいっしょに同じものを見て笑ったり、同じものを食べて満腹になったり、そんなふうに感覚を分かち合うのが大好きだ。
その俺が腹を空かせていると知って、彼女は大喜びだった。
「ほんとに!? なら、わたしもたべたーい!」
諸手をあげるティフォン。イズミも両手を合わせて嬉しそうにしている。ガミメスは「やれやれ」といった表情だ。
「パイススで、カレーをいっパイススろーっ!」
ティフォンはそんな言葉遊びまで飛び出すほど浮かれていた。
浮かれ気分のまま、俺たちは香ばしい匂いと歓声に誘われて、村の広場へ足を踏み入れた。
村はちょうど『カレー祭』なるものの真っ最中だった。
祭といえば、楽しげな響きがあるが……。
だが広場に広がっていたのは、傍から見れば地獄絵図としか言いようのない光景だった。
村の広場には、ピラミッド状の巨大な木造のやぐらがそびえていた。
その頂点には黄金に輝く調理場がしつらえられ、太っちょの男が料理をしている。
男は上半身裸で、下半身は異国風の腰布をまとっていた。胸にはデカデカと『KING』の刺青が彫られている。
無毛の頭に載っているのは、独特の意匠の調理帽。布製でありながら、王冠のような形をしていた。
その男の名なのだろう、やぐらの最下層からは「カレーキング様! カレーキング様!」と崇めるような声があがっている。
やぐらのまわりには、そのカレーキングの石像がいくつも建っていた。
やぐらは階段状になっていて、それぞれの段が宴の場のようになっている。
その眺めはまるで社会の縮図だった。カレーキングのいる調理場を頂点として、そのひとつ下の段には、上流階級の人間たち。
立派な身なりで豪華なテーブルや椅子に着き、給仕にかしずかれている。
さらにひとつ下の段には中流階級の人間たち。そこそこ身なりのいい家族連れがテーブルに座っていた。
そしていちばん下の最下層にいるのは、木の精霊たちだった。みな貧しい身なりで、やぐらに乗ることも許されず、地べたに敷いたゴザに正座している。
最下層の精霊たちだけがひれ伏し、「偉大なるカレーキング様! どうかカレーをお恵みください!」と雨乞いでもするように頂上へ祈っていた。
頂上ではカレーキングがカレーを作っているようだったが、その調理風景は極秘なのか、囲いに隠されて見えない。
カレーキングから少し離れた所に、炎の精霊の少女がいた。
年の頃は14、5ほど。褐色の肌に、首には奴隷の首輪をはめている。
短く切りそろえた髪に調理帽を被り、調理服をまとっていた。
彼女はカレーキングの助手のようで、手際よくカレーの材料の野菜を刻んでいる。
「カレイラ、玉ねぎ!」
カレーキングが少女へ命じた。
「はい、カレーキング様!」
カレイラと呼ばれた少女は、黄金の器に山と盛った玉ねぎをカレーキングのもとへ運んだ。
だが、「遅いっ!」と前蹴りを食らわされ、吹き飛ばされてしまう。
それでもカレイラは、文句ひとつ言わず下ごしらえを再開した。
その光景に、ティフォンの顔から浮かれた色がすっと消えた。ガミメスも、めずらしく茶々を入れず黙り込んでいる。
玉ねぎを、『KING』の文字が刻まれた黄金の寸胴鍋へ加えるカレーキング。そのまわりには、3体のスパイスの精霊たちがいた。
クミンの精霊、コリアンダーの精霊、ターメリックの精霊。
スパイスの精霊たちは、手のひらに乗るほど小柄だった。それぞれ、自分のスパイスの花をかたどった衣をまとっている。
カレーキングは寸胴鍋をかき混ぜていたが、スパイスの精霊たちはその鍋へ向かって、「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」とでもいうように、念を送っているようだった。
一生懸命やっているのに、カレーキングは「もっとです!」と怒鳴りつけ、時折、スパイスの精霊たちをパーン! と叩く。
叩かれた精霊たちは吹っ飛ばされるが、健気に戻ってきては、また念を送り続けていた。
同じ精霊が虐げられる姿に、イズミが痛ましげに目を伏せる。
やがてカレーキングは、「おつカレー……!」と満を持したように言って、寸胴鍋を混ぜる手を止めた。
そして両手を広げ、下々の者へ向けて仰々しく声を張り上げる。
「高貴なる者のみが作ることを許された、尊貴なる食べ物……! その名は、カレー……! カレーの第一人者であるこのカレーキングが作ったカレーは、神の彫刻にも等しいのです……! 普段は上級貴族にしか供されぬものでありますが、本日は『カレー祭』……! 王宮料理人待ったなしの、このカレーキングのカレーを口にできる、一年に一度の機会であります……! さぁ、存分に味わいなさい、下々の者よ……! そして、よりいっそう、ひれ伏すがよいでしょう……!」
やぐらから歓声が湧き起こる。最下層の者たちは、示し合わせたように一斉に「ははーっ!」とひれ伏した。
俺は思わず眉をひそめた。だが、やぐらじゅうはカレーキングの演説に酔いしれ、誰ひとり疑う様子もない。
やぐらの中央には、階段に沿って軌道が敷かれていて、その上には、装飾をほどこした大きな配膳台が乗っている。
配膳台の上には、カレーキングの作ったカレー、ナン、副菜やあえもの、甘味などが所狭しと並んでいた。
キラキラと輝くほどのごちそうだ。配膳台は、軌道に沿ってやぐらを降りていく。
配膳台はまず、上流階級の者たちの段で止まった。さっそく給仕たちが、できたてのカレーとナンを台から取り、テーブルへ運ぶ。
上流階級の者たちは、まだ湯気の立つそれを頬張った。中流階級の者たちと最下層の者たちは、羨ましそうにそれを見ている。
食べ残しは、給仕たちの手で配膳台へ戻される。台にはまだ、手付かずの料理も残っていた。
配膳台は次に、中流階級の者たちの高さまで降りていく。
中流階級の者たちはテーブルから立ち、取り放題の料理を奪い合うように、手付かずのカレーやナン、副菜を取ってはテーブルで食べ始めた。
この時点で、手付かずの料理はすべて無くなってしまった。
いかにも金持ちの坊ちゃんといった風の、めかしこんだ太っちょの子供が、最下層の子供たちへ見せびらかすように、片手にナン、片手に大きな果実を持って、交互にかぶりついている。
最下層の子供たちは、「いいなぁ……」と物欲しそうに眺めていた。
太っちょの子供はカレーを完食すると、ほんの少しこびりついただけの皿を配膳台へ戻し、皮だけになった果実と、端っこだけのナンを、皿めがけて投げ捨てた。
それでも最下層の子供たちは、「やった、今年はナンが食べられる……!」と目を輝かせている。だが太っちょの子供は意地悪く笑うと、その皿へ「ぺっ!」とツバを吐きかけた。
そして、配膳台はついに、やぐらの最下層へ。頂上を出発した時には豪華だった料理も、いまや見る影もない。もはや完全な残飯だった。
それでも最下層の者たちは亡者のように群がり、カレーのこびりついた皿を舐めていた。
あれほど「カレーを食べたい」とはしゃいでいたティフォンは、もう一言も発しない。その顔からは、食欲のかけらも消え失せていた。
俺だって同じだ。大好物のはずのカレーが、精霊をいたぶる道具に使われている。その事実が、胸の底に重くわだかまった。
彼らは泣いていた。悔しくて泣いているのではない。嬉し泣きだった。
「ああっ、これがカレー……! うまい……! なんてうまいんだ……!」
「今年もカレーが食べられて、ワシらは幸せじゃぁ……!」
「これでまた明日から、スパイス作りにがんばれる……!」
「カレーキング様……! ありがたや、ありがたや……!」
どうやら、この最下層の精霊たちだけが『パイススの村』の村人で、上流や中流の者たちは、村の外からやってきた裕福な人間たちのようだった。
食べ残しを有り難がる精霊の哀れな姿を、人間たちは天上人のように眺めては笑っている。
そう。このやぐらは、社会の縮図などという生やさしいものではなかった。
この世界で、いままさに行なわれていること……『人間によって搾取される精霊』を、見世物にしていたのだ。
祭のなかで振る舞われる料理を通して、理不尽なまでの精霊の扱いを、誇らしげに見せつけている。
その一部始終を、俺たちはただ、ドン引きで見ていることしかできなかった。
















