54 パイススの村4
「チョコレートと、同じだ……」
思わず、俺はそうつぶやいていた。
チョコレートは、高級な菓子として人間の王族や貴族に親しまれている。
だがその裏で上流階級の人間たちは、精霊の村でカカオを育てさせては安く買い叩き、加工して何倍もの値で売りさばいているのだ。
儲かるのは人間ばかりで、精霊の村は貧しいまま。カカオを育てている村の子供たちは、チョコレートの味さえ知らないという。
この村のスパイスと、まるで同じだった。
魔王の出現をきっかけに、人間は正義の名のもとで精霊たちを迫害してきた。その名残で、精霊への搾取が、当たり前のように続いている。
俺は奥歯を強く噛みしめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ピラミッドの頂上でもカレーキングがぎりぎりと拳を握りしめていた。
――カレーは高貴なる食べ物……! それを、あんな下賤な精霊どもに与えるなど、カレーへの冒涜にほかならない……!
しかし、それよりも由々しきことがある……! まもなくこの村へ、ナナホシ女王とワルメシアン筆頭大臣がお越しになるのだ……!
最高のカレーを献上し、王宮料理人として召し抱えていただくつもりなのに……!
もしあの光景をご覧になった女王が、「あの男のカレーも食べてみたい」などと言いだして……!
万にひとつ、このカレーキングのカレーより美味だと評されでもしたら……!
カレーキングは、想像するだけで腸が煮えくり返る思いだった。
そんな最中、彼は目にしてしまう。
村人たちに混じって、ちゃっかりユニバスカレーのご相伴にあずかっているカレイラの姿を。
カレイラは幸せそうにカレーを平らげると、すっかり味の虜になった顔でユニバスを見つめていた。
カレーキングの目にはそれが、「あなた様こそ真のカレーキング、どうか弟子にしてください」と擦り寄っているように映った。
「お……おつカレーぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
かん高い奇声とともに、カレーキングはピラミッドから飛び降り、カレイラへ挑みかかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カレーキングはカレイラの胸倉を掴むと、無理やり引きずり立たせた。
「この、裏切り者ぉぉぉ!」
顔を真っ赤にして、怒りを露わにしている。
「や……やめろ!」
俺は何度も止めようとした。だが、頭に血がのぼったカレーキングには、まるで届かない。
「おっ……お許しくださいっ……!」
カレイラが苦しげに顔を歪める。
「ど……どうしても、確かめてみたかったんです……! 村のみなさんが、あまりにも美味しそうに食べているから……!」
「なら、おっしゃい! 正直な感想を! このカレーキングのカレーに比べれば排泄物同然だと! そう声高に叫ぶのです!」
「は……はいっ……! た……太陽みたい、でした……!」
「なんですと?」
締め上げられて苦しいはずなのに、カレイラはカレーの味を思い出したのか、夢見心地の顔になっていく。
「ひと口食べると、カッと熱くなって、身体じゅうがぽかぽかしてくるんです……! まるでお腹のなかに太陽が生まれたみたいで……幸せで、元気になれて……! こんなに美味しいカレーは、初めてです……! これこそが、本物のカレーですっ……!」
とろけきった顔のまま、カレイラは容赦のない一言を放った。
「これに比べたら、カレーキング様のカレーなんて、お尻から出たみたいな味で……!」
「おつカレーぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーいっ!」
カレーキングは怒りに任せ、カレイラの身体を力士が差し上げるように高々と持ち上げる。
そのまま天高くへと放り捨てた。
「きゃあっ!?」
カレイラがぬかるんだ地面へ背中から落ちていく。
俺はとっさに地を蹴った。
……ガシイッ!
地面にめりこむ寸前、その身体をしっかりと抱きとめる。
お姫様抱っこの格好で受け止められて、カレイラはキョトンとしていた。
「「「い……いいなーっ!」」」
精霊姫たちの大合唱。
「大丈夫か?」
「は……はい……」
カレイラはなぜか頬を染めていた。
俺は彼女をそっと立たせてやる。
すると、カレーキングが忌々しげに眉を吊り上げていた。
自分の前では決して見せないカレイラの顔を、俺が引き出したのが我慢ならないといった様子で。
「ぐぬぬっ……! この、不届き者っ! 王の神聖なる指導を邪魔するとは……!」
俺はカレーキングを正面から見据え、言い返した。
「こっ……こんなのは、指導なんかじゃない……! た……ただの、暴力だっ……!」
「ただの暴力……? ふふん、暴力というのは、こういうことをいうのです……!」
直後、カレーキングの鼻の穴が、グパァと大きく広がった。
「ばるぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
座ったまま鼻から大きく息を吸い込むと、その身体は風船のようにぷっくりと膨らみ、ふわりと浮き上がる。
カレーキングはその勢いのまま大地を蹴り、さらに宙へ。彫像の台座も蹴りつけ、俺の頭上はるか高くへと舞い上がった。
「なにっ!?」
ピラミッドの上で、誰かが声を張り上げた。
「カレーキング様が本気になったぞ! あのお方は一流のカレー職人であるだけでなく、超一流の格闘家なんだ!」
「あれこそ、カレーキング様の奥義、『バルーンボンバー(カレー味)』!」
「空から急襲して、相手をぺちゃんこに押しつぶす……! あの技で生き埋めになった者は、数え切れない!」
「あ……あぶないっ!」
「なんかヤバそう!」
「どうか、お逃げください!」
精霊姫たちが口々に訴える。
まんまるに張りつめたカレーキングが野太い声で笑った。
「ほっほっほっほ! この技から逃れられた者は、いまだかつておりません……! さぁ、覚悟なさいっ……!」
見上げれば、カレーキングの作り出した丸い巨影が俺をすっかり覆い尽くしていた。
「ボンバぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
その咆哮の直後、落石のような勢いでカレーキングが急降下してくる。誰もが、俺が押し潰される瞬間を思い浮かべたはずだ。
だが、次の瞬間。
……ドッ……! ベチャアッ……!!
俺は寸前で身を引き、その一撃をサッとかわす。
狙いを外したカレーキングは、まともに地面へと埋没していた。
















