48 祭りの精霊1
旅の途中のことだった。
俺とティフォンとガミメスは休憩のために馬車へ戻り、廊下を歩いていたときのこと。
「イズミちゃんってずっと粋眠したままだけど、大丈夫かなぁ?」
のんびりと首をかしげるティフォン。
「粋眠は、精霊によって差があるそうだ」
俺は歩きながら答えた。
「ティフォンみたいに夜眠るときに粋眠へ入って、ひと晩で目覚める精霊もいれば……突発的に粋眠へ入って、しばらく起きない精霊もいるらしい」
「あのバカ真面目ってばつまんないんだもん。このまま一生ずっと寝ててほしいな」
げんなりと吐き捨てるガミメス。
「そばにいるとジメジメして……うわあっ!?」
寝室の扉が開きっぱなしになっていた。何気なく覗き込んだガミメスがビョンと飛びあがる。
中は湿気が充満していた。天井からは水滴が滴り、壁は水滴でびっしり。
まるで水害のあとのように、家具は濡れそぼっている。そのベッドの上で、イズミが正座していた。
「うっ、うっ、ううっ……」
未練たらたらの怨霊のように、どんよりと暗く淀んだ影をまとって、イズミはシクシクと泣いている。
「イズミちゃん、起きたんだね!? おはよーっ!」
太陽みたいな笑顔で、さっそうと部屋へ飛び込み、イズミに抱きつくティフォン。ガミメスは部屋に入ろうともせず、「うわぁ……」という顔で、寝室の外から覗き込むばかりだ。
最後に部屋へ入った俺は、そっと尋ねた。
「どうしたんだ、イズミ。今朝は粋眠で、幸せそうに眠ってたのに……」
イズミがうつむいた顔をあげる。それで気づいたのだが、彼女の髪は呪いの人形のように伸びて、顔もまともに見えないほどだった。
「ゆ……ユニバスさま……わたくしは、ユニバス様の精霊……失格です……!」
顔を覆い、またシクシクと泣きだす。身体じゅうから雫が垂れ、まるで全身で泣いているかのようだ。
「ユニバス様のお許しも得ず、粋眠に入り……。あまつさえ、ユニバス様のお世話を怠け、何日も寝入ってしまうなんて……!」
「そうそう、よくわかってんじゃん! イズミはユニバス様のそばにいる資格のない、クソザコ精霊! や~い、クソザコぉ~!」
寝室の外から、ここぞとばかりにヤジを飛ばすガミメス。追い討ちをかけられたイズミは「わあーっ!」と泣き崩れた。
「こら、ガミメス」
俺が視線で釘を刺す横で、ティフォンは「そんなこと気にしなくてもいいのに」と、イズミの顔をそっとうかがっていた。
「ああ」
俺はティフォンの言葉を引き継ぐ。
「粋眠は精霊にとっての幸せで、俺にとっての幸せでもある。俺はキミが粋眠に入ってくれて、本当によかったと思ってたんだ」
いつもなら、その一言で救われたような顔を見せるイズミなのだが……。だが今回は、相当に悔いているようだった。
「それは、許されぬことなのです!」
悲痛な声を漏らすイズミ。
「わたくしはユニバス様の手によって、連日連夜、幸せの絶頂へと導かれておりました! 主であるユニバス様をさしおいて、はしたなく快楽に身を委ねてしまったのです……! それが、このような結果を招いてしまった……! 下僕にあるまじきことをしてしまったのです!」
さっ、と顔をあげるイズミ。きつく閉じた瞼が、決壊寸前の堰のように、雫を滲ませて震えていた。
「もはや、ユニバス様のおそばにいることはできません……! どうか……どうか……! 泡となって消えることを、お許しくださいっ……!」
その瞼が、かっと見開かれた瞬間。
……どばっ!
大量の水があふれ出す。俺たちは為す術もなく、寝室の外へと押し流された。
水が苦手なガミメスは、「ぎにゃー!?」と諸手を挙げて絶叫する。
バタン! と寝室の扉が閉まった。あとに残されたのは、濡れ鼠になった俺たちと、水浸しの廊下だけ。
なんとかしなくては。ひとまず俺たちは服を着替え、寝室の前の廊下で作戦会議をひらいた。
「イズミは、粋眠に相当な罪悪感を抱いてしまってるようだ。落ち込みすぎて、話が通じる状態じゃない。まずは慰めて、気持ちを落ち着かせる必要がありそうだな」
心配そうに頷くティフォン。
「うん……。でも、どうすればいいんだろう?」
両手を頭の後ろにやって、さも興味のなさそうな素振りをするガミメス。
「あんなヤツ、ほっとけばいいじゃん」
「もう、ガミメスちゃん! いっしょに慰める方法を考えてよ!」
「ざぁこ、なんであたしが。あんなヤツを慰めるくらいなら、まな板の上の鯉でも慰めてたほうがマシだよ」
「でも、イズミちゃんが落ち込んだままだったら、寝室がずっとジメジメしたままだよ?」
「うっ、それは嫌かも……。ああもう、面倒くさいなぁ! ジメジメしてるなら、カラッと元気になることでもしてやればいいじゃん!」
「それいいね! でも、元気が出ることってなんだろう……?」
アゴに手を当て、「うーん」と考え込むティフォン。だがすぐに、パッ! と何かをひらめいた顔になる。
「そうだ、お祭りだ! お祭りをしようよ! お祭りをしたら、イズミちゃんもきっと元気になるよ!」
「それは、ティフォンの好きなことじゃないのか?」
俺はすかさず突っ込んだが、そこで、はたと思いあたる。
俺の頭に、祭りではしゃぐイズミの姿がよぎった。
「そういえば、イズミは綿菓子が好きだったな……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから俺は精霊姫や地の精霊、木の精霊たちと協力して、廊下に祭りをこしらえていった。
幅広の荷車が通れるほど広く、天井も高い馬車の廊下内に、石畳を模した布を敷き、木々を描いた紙を壁に張る。
両脇に灯籠を連ね、そこかしこへ屋台を据える。そうして天井の吊り灯りをぐっと落とすと、廊下はまるごと夜祭りのなかに沈んだ。
思いもよらぬ様変わりに、ティフォンが目を輝かせる。
「うわぁ……! 本物のお祭りみたい……!」
ガミメスも、「すご……!」と言葉を失っている。
「お祭りの屋台を作るって言ったときは、おままごとみたいなショボい屋台しかできないと思ってたのに……」
「へへん、ユニバスくんはなんでも作れるんだから!」
なぜか、ドヤ顔で胸を張るティフォン。
「なんで、ティフォンがいばってんの」
すかさず、ガミメスが横から口を挟む。
と、どこからか音楽が聞こえてきた。ティフォンが「あっ!?」と、近くにしつらえた小さな舞台へ目をやる。
雅楽でもやりそうな和風の舞台の上には、笛や太鼓を奏でる木の精霊たちの姿があった。
「すごいすごい! 祭りばやしまであるんだね!」
「祭りにおいて、祭りばやしは重要なんだぞ。この音楽で、祭りの精霊が集まってくるんだ」
「お祭りの精霊さん!? そんなのがいるの!? 会いたい会いたい!」
「残念だけど、目には見えない精霊なんだ。でも、祭りばやしを聞くと、なんだかウキウキするだろ?」
「うん、遠くで聞こえると、いてもたってもいられなくなっちゃう!」
「そう思うのは、祭りの精霊のおかげなんだ」
俺は舞台の上あたりの虚空を見やった。
きっとそこには、泉の精霊がハッピをまとい、祭りの装いになったような姿の精霊たち……『祭りの精霊』がいるに違いない。
『祭りばやしだ! 祭りが始まるんだな!』
『こうしちゃいられない、仲間を集めよう!』
『踊れ踊れ、同じアホなら踊らにゃソンソン!』
こんな風に、祭りの精霊たちは楽しそうに踊ってくれているはずだ。
「きっとこの音を聞けば、イズミも……」
俺がそうつぶやいた、そのとき。
カチャ……と、寝室の扉が開く音がした。
一同がいっせいに視線をやる。
にぎやかな祭りの灯りの向こう、細く開いた扉の暗がりから、濡れ髪のイズミがぬうっとこちらを覗いていた。
















