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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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48 祭りの精霊1

 旅の途中のことだった。

 俺とティフォンとガミメスは休憩のために馬車へ戻り、廊下を歩いていたときのこと。


「イズミちゃんってずっと粋眠したままだけど、大丈夫かなぁ?」


 のんびりと首をかしげるティフォン。


「粋眠は、精霊によって差があるそうだ」


 俺は歩きながら答えた。


「ティフォンみたいに夜眠るときに粋眠へ入って、ひと晩で目覚める精霊もいれば……突発的に粋眠へ入って、しばらく起きない精霊もいるらしい」


「あのバカ真面目ってばつまんないんだもん。このまま一生ずっと寝ててほしいな」


 げんなりと吐き捨てるガミメス。


「そばにいるとジメジメして……うわあっ!?」


 寝室の扉が開きっぱなしになっていた。何気なく覗き込んだガミメスがビョンと飛びあがる。

 中は湿気が充満していた。天井からは水滴が滴り、壁は水滴でびっしり。


 まるで水害のあとのように、家具は濡れそぼっている。そのベッドの上で、イズミが正座していた。


「うっ、うっ、ううっ……」


 未練たらたらの怨霊のように、どんよりと暗く淀んだ影をまとって、イズミはシクシクと泣いている。


「イズミちゃん、起きたんだね!? おはよーっ!」


 太陽みたいな笑顔で、さっそうと部屋へ飛び込み、イズミに抱きつくティフォン。ガミメスは部屋に入ろうともせず、「うわぁ……」という顔で、寝室の外から覗き込むばかりだ。

 最後に部屋へ入った俺は、そっと尋ねた。


「どうしたんだ、イズミ。今朝は粋眠で、幸せそうに眠ってたのに……」


 イズミがうつむいた顔をあげる。それで気づいたのだが、彼女の髪は呪いの人形のように伸びて、顔もまともに見えないほどだった。


「ゆ……ユニバスさま……わたくしは、ユニバス様の精霊……失格です……!」


 顔を覆い、またシクシクと泣きだす。身体じゅうから雫が垂れ、まるで全身で泣いているかのようだ。


「ユニバス様のお許しも得ず、粋眠に入り……。あまつさえ、ユニバス様のお世話を怠け、何日も寝入ってしまうなんて……!」


「そうそう、よくわかってんじゃん! イズミはユニバス様のそばにいる資格のない、クソザコ精霊! や~い、クソザコぉ~!」


 寝室の外から、ここぞとばかりにヤジを飛ばすガミメス。追い討ちをかけられたイズミは「わあーっ!」と泣き崩れた。


「こら、ガミメス」


 俺が視線で釘を刺す横で、ティフォンは「そんなこと気にしなくてもいいのに」と、イズミの顔をそっとうかがっていた。


「ああ」


 俺はティフォンの言葉を引き継ぐ。


「粋眠は精霊にとっての幸せで、俺にとっての幸せでもある。俺はキミが粋眠に入ってくれて、本当によかったと思ってたんだ」


 いつもなら、その一言で救われたような顔を見せるイズミなのだが……。だが今回は、相当に悔いているようだった。


「それは、許されぬことなのです!」


 悲痛な声を漏らすイズミ。


「わたくしはユニバス様の手によって、連日連夜、幸せの絶頂へと導かれておりました! 主であるユニバス様をさしおいて、はしたなく快楽に身を委ねてしまったのです……! それが、このような結果を招いてしまった……! 下僕(しもべ)にあるまじきことをしてしまったのです!」


 さっ、と顔をあげるイズミ。きつく閉じた瞼が、決壊寸前の堰のように、雫を滲ませて震えていた。


「もはや、ユニバス様のおそばにいることはできません……! どうか……どうか……! 泡となって消えることを、お許しくださいっ……!」


 その瞼が、かっと見開かれた瞬間。


 ……どばっ!


 大量の水があふれ出す。俺たちは為す術もなく、寝室の外へと押し流された。

 水が苦手なガミメスは、「ぎにゃー!?」と諸手を挙げて絶叫する。


 バタン! と寝室の扉が閉まった。あとに残されたのは、濡れ鼠になった俺たちと、水浸しの廊下だけ。

 なんとかしなくては。ひとまず俺たちは服を着替え、寝室の前の廊下で作戦会議をひらいた。


「イズミは、粋眠に相当な罪悪感を抱いてしまってるようだ。落ち込みすぎて、話が通じる状態じゃない。まずは慰めて、気持ちを落ち着かせる必要がありそうだな」


 心配そうに頷くティフォン。


「うん……。でも、どうすればいいんだろう?」


 両手を頭の後ろにやって、さも興味のなさそうな素振りをするガミメス。


「あんなヤツ、ほっとけばいいじゃん」


「もう、ガミメスちゃん! いっしょに慰める方法を考えてよ!」


「ざぁこ、なんであたしが。あんなヤツを慰めるくらいなら、まな板の上の鯉でも慰めてたほうがマシだよ」


「でも、イズミちゃんが落ち込んだままだったら、寝室がずっとジメジメしたままだよ?」


「うっ、それは嫌かも……。ああもう、面倒くさいなぁ! ジメジメしてるなら、カラッと元気になることでもしてやればいいじゃん!」


「それいいね! でも、元気が出ることってなんだろう……?」


 アゴに手を当て、「うーん」と考え込むティフォン。だがすぐに、パッ! と何かをひらめいた顔になる。


「そうだ、お祭りだ! お祭りをしようよ! お祭りをしたら、イズミちゃんもきっと元気になるよ!」


「それは、ティフォンの好きなことじゃないのか?」


 俺はすかさず突っ込んだが、そこで、はたと思いあたる。

 俺の頭に、祭りではしゃぐイズミの姿がよぎった。


「そういえば、イズミは綿菓子が好きだったな……」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから俺は精霊姫や地の精霊、木の精霊たちと協力して、廊下に祭りをこしらえていった。


 幅広の荷車が通れるほど広く、天井も高い馬車の廊下内に、石畳を模した布を敷き、木々を描いた紙を壁に張る。

 両脇に灯籠を連ね、そこかしこへ屋台を据える。そうして天井の吊り灯りをぐっと落とすと、廊下はまるごと夜祭りのなかに沈んだ。


 思いもよらぬ様変わりに、ティフォンが目を輝かせる。


「うわぁ……! 本物のお祭りみたい……!」


 ガミメスも、「すご……!」と言葉を失っている。


「お祭りの屋台を作るって言ったときは、おままごとみたいなショボい屋台しかできないと思ってたのに……」


「へへん、ユニバスくんはなんでも作れるんだから!」


 なぜか、ドヤ顔で胸を張るティフォン。


「なんで、ティフォンがいばってんの」


 すかさず、ガミメスが横から口を挟む。

 と、どこからか音楽が聞こえてきた。ティフォンが「あっ!?」と、近くにしつらえた小さな舞台へ目をやる。


 雅楽でもやりそうな和風の舞台の上には、笛や太鼓を奏でる木の精霊たちの姿があった。


「すごいすごい! 祭りばやしまであるんだね!」


「祭りにおいて、祭りばやしは重要なんだぞ。この音楽で、祭りの精霊が集まってくるんだ」


「お祭りの精霊さん!? そんなのがいるの!? 会いたい会いたい!」


「残念だけど、目には見えない精霊なんだ。でも、祭りばやしを聞くと、なんだかウキウキするだろ?」


「うん、遠くで聞こえると、いてもたってもいられなくなっちゃう!」


「そう思うのは、祭りの精霊のおかげなんだ」


 俺は舞台の上あたりの虚空を見やった。

 きっとそこには、泉の精霊がハッピをまとい、祭りの装いになったような姿の精霊たち……『祭りの精霊』がいるに違いない。


『祭りばやしだ! 祭りが始まるんだな!』


『こうしちゃいられない、仲間を集めよう!』


『踊れ踊れ、同じアホなら踊らにゃソンソン!』


 こんな風に、祭りの精霊たちは楽しそうに踊ってくれているはずだ。


「きっとこの音を聞けば、イズミも……」


 俺がそうつぶやいた、そのとき。

 カチャ……と、寝室の扉が開く音がした。


 一同がいっせいに視線をやる。

 にぎやかな祭りの灯りの向こう、細く開いた扉の暗がりから、濡れ髪のイズミがぬうっとこちらを覗いていた。


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