46 精霊の隠れ里4
ガミメスは叫んでいなかった。
かわりに、両手を押さえつけられ、自由のきかない身体を半狂乱でよじらせている。
「むぎぎぎ……!」
口で、半袖の中に隠していたあるものを引きずり出し、ぺっ! とティフォンへ向かって吐き出した。
「これは……!?」
目を白黒させるティフォンに、ガミメスが叫ぶ。
「いいから飛ばして!」
ティフォンは風を起こし、その紙片をフラウワめがけて飛ばす。
フラウワは最後の合図として、杖を舞台へ叩きつけようとしていた。だがその寸前、紙片がぺったりと顔に貼りついた。
「うぷっ!? この期に及んで、無駄なあがきを……!」
いまいましげに紙片を剥がすフラウワ。
「ふん、地図か」
一瞥のもとに投げ捨てようとして、我が目を疑うように二度見する。その瞳がみるみる丸く見開かれていく。
「ば……ばかなっ!?」
フラウワは食らいつくように、地図を顔へ近づけた。
「ゆ……ユニバス岬っ……!? ここは、フロウラ岬だったはずでは……!? それに、ユニバス島に、ユニバス村まで……!?」
遅ればせながら気づいたティフォンが、祈りを込めるようにして叫ぶ。
「これでわかったでしょう!? ユニバスくんのすごさは、人間さんたちの世界にも、少しずつ広まってるの! だから隠れたりしないで、堂々と信仰していいんだよ!」
「そ……そんな……! そんな……!」
フラウワはガクガクと震えだし、そのまま、へなへなと舞台にぺたりと崩れ落ちる。
「あ……ああ……! ユニバス様が世界に認められたのが、こんなにも嬉しいことだとは……! 私たちの村が、世界で初めての『ユニバス村』ではなかったのが、こんなにも悔しいなんて……!」
その頬は滝のような涙でしとどに濡れていた。
「ああっ、ああっ、あああっ……! いま私の右目からは嬉し涙が、左目からは悔し涙が流れている……! こんなにも複雑で、胸が張り裂けそうな涙を流したのは、生まれて初めてのことだ……!」
フラウワは精霊姫たちに泣きすがった。
「たのむ、たのむ……! このままでは私は、どうにかなってしまう……! どうか、ウソだと言っておくれ……! どうか、どうか……! ウソでもいいから、ウソだと言ってほしい……! この血のように流れる涙を、止めておくれ……!」
村人たちはみな唖然としている。精霊姫を押さえつけていた村人も、ユニバスを抱えていた村人たちも、手にした相手を忘れたように立ちつくすばかりだ。
その手の力が緩んだ瞬間、ティフォンとガミメスは同時に飛び出していた。
「ええいっ!」
飛べるぶん、ティフォンのほうが速い。風を起こし、ユニバスを捕まえていた村人を吹き飛ばす。
よろめいて穴に落ちかけたユニバスを、すんでのところで抱きとめた。
そしてティフォンは、目にも見よと言わんばかりに、村人たちへ向けて声を張りあげる。
「このお顔が……目に入らぬかぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
続けざまに、ティフォンがユニバスの頬の傷跡にキスをする。ガミメスも、反対側の頬にキスをした。
ティフォンのキス、その唾液によって、傷跡が消え去っていく。目くらましの効果が切れたその途端。
……ズガァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
そんな擬音が聞こえてきそうなほどの衝撃波が、ユニバスを中心に広がった。
同時に、ユニバスを覆っていた花がいっせいに爆散した。取り憑いた相手が本物のユニバスだと知った花の精霊たちが、衝撃のあまり飛び退いたのだ。
フラウワをはじめとする村人たちは、その爆風を浴びたように、次々とひっくり返った。
「まっ……! まままっ……! ままままま……! まさかっ……!」
この世の終わりのような顔で慌てふためくフラウワへ、ティフォンとガミメスが言い放つ。
「ここにいるのが……正真、正銘、絶対、本物の……!」「まぎれもない、ホンモノのユニバス様だっつーのっ!」
「はっ……ははぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
周囲の村人たちが、いっせいにひれ伏す。しかしフラウワだけは、なおも腰を抜かしたままだ。
「あ……ああっ……! あああっ! わ……私は……とんでもないことを……! ユニバス様を、殺めようとしていたなんて……!」
精神が崩壊したかのように顔を押さえ、フラウワは大絶叫する。その涙はもはや血と化していた。
「あああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
フラウワが落ち着くまでには、しばらくかかった。
やがて彼女を筆頭に、村人たちは全員が整列し、ユニバスへ向かって土下座する。
ユニバスは舞台の上で、ティフォンとガミメスに支えられたまま、王のようないでたちでその様子を見下ろしていた。
フラウワは顔をあげもせず、花のじゅうたんに額を埋めたまま言う。
「本物のユニバス様だとつゆ知らず、たいへんな無礼を働いてしまいました。これは、命をもってしても償えるものではありません」
ユニバスは気にしていない。それでも、真面目な面持ちで言った。
「いや、気にしなくていい。目くらましの薬を使っていたんだ。俺だとわからなかったのは、当然のことだから」
「そういうわけにはまいりません。私はすべての精霊に、顔向けできないことをするところでした。よって、私たちは花になります。この地に生き埋めとなり、永遠の苦痛をもって、ユニバス様への無礼を償い続けます」
「そんなことはしなくていい。キミらはキミらなりに、精霊たちのことを思ってこの村を作ってくれたんだろう? だから俺は、キミたちを責めたりしない。この村で、これからも平和に暮らしてほしい」
「おお……! なんという、もったいなきお言葉……!」
「ただ、ふたつほどお願いがあるんだ」
フラウワが感激に満ちた顔をあげる。
「はい、なんなりと……! ユニバス様のご神命とあらば……!」
「まず、この村にはこれからも、精霊や人間が訪れることがあるだろう。その者たちを花にしたり、耳を奪ったりしないでほしい」
「えっ……? ですが、この地は森から隔絶された空間で、もともとは不毛の地だったのです。苗床がなければ、花はおろか、雑草すら生えません」
何かに気づいたように、フラウワがハッとなる。
「ユニバス様は、我らに死の大地で反省せよと、おっしゃっているのですね……!」
フラウワはどうやら極端な考え方をする性格らしい。真面目な顔をしていたユニバスも、これには苦笑いだ。
「いやいや、そうじゃないよ。花は別の手立てで咲かせるといい。俺からタンブルクイーンに頼んで……」
そう言った直後だった。村を囲む森の向こうから、十体ほどのタンブルウインドが、ぽーん、と飛んでくる。
ユニバスのまわりをコロコロと転がったあと、走り回ってタネを撒きはじめた。
その様子を、フラウワや村人たちは目をパチクリさせて見ている。
「これで、もう大丈夫」
ユニバスは穏やかに告げた。
「人間を苗床にしなくても、ここはちゃんと花咲く地になるはずだ」
「な……なんと……! あの人間嫌いで名高いタンブルクイーンをも従えるとは……! あ……ああっ……! 我らが神よ……!」
随喜の涙に浸るフラウワへ、ユニバスは少し申し訳なさそうに、それでも言っておかねばと口を開いた。
「それと、もうひとつのお願いなんだけど……俺を神様扱いするのはやめてほしい」
「えっ……!?」
これには村人全員が顔をあげ、ショックを受けたような表情でユニバスを見た。
「わ……私たちの信仰は、邪悪だと……!?」
「いや、違うよ。俺はみんなと、信者とかじゃなくて、友達として接したいんだ」
「と……ともだち……!?」
「うん。フラウワ、キミが言っていたように、俺は人間の世界では無能だと言われている。人間の友達が、いないから……」
ユニバスはティフォンとガミメスを残して、舞台から降りる。
フラウワの前でしゃがみこみ、そっと微笑んだ。
「どうか、なってほしいんだ。ともに笑いあえる、俺の友達に」
その笑顔はフラウワや村人たちには違って見えていた。後光の差した菩薩のように、まばゆく輝いて見えたのだ。
「お……おおおおっ……!」
感激に目を見開くフラウワたち。その表情は、初めて殻を破った雛鳥が、親の姿を見た瞬間のよう。
それは、生き物として絶対の価値観を刻みつけられた顔だった。
















