45 精霊の隠れ里3
次の日の朝。
ティフォンとガミメスは、宴のあった広場にいた。ふたりとも舞台の下で村人に取り押さえられ、跪かされている。
精霊姫たちの隣では村人がふたり、ザクザクと地面に穴を掘っている。
舞台のまわりを村人たちがぐるりと取り囲んでいた。昨日は誰もがニコニコしていたのに、いまは屠殺されるブタでも見るような冷徹な表情だ。
舞台の上では、ユニバスがつぼみの花にまみれている。
「う……うう……」
まるで花に拘束され、生気を吸い取られている最中のような、グッタリとした顔。
その隣にはフラウワがいて、ユニバスの身体に追加の花を付けているところだった。
「や、やめて! いったいなんなの!? わたしたちを、いったいどうするつもりなの!?」
悲鳴のように問うティフォン。フラウワはユニバスに向けていた視線を、舞台の下へと移す。
「この者は知ってしまったのです。この村の秘密を」
「秘密!? それは……!?」
途端、舞台のまわりにいた村人たちが、いっせいに仮面を取り出して顔に付けた。
それは、なんと……。
「ゆ……ユニバスくんのお面っ!?」
ティフォンのその叫びを合図に、村人たちが狂ったように踊りはじめる。
「ユニ・ユニ・ユニ! ユニバス様、偉大なり! ユニ・ユニ・ユニ! 我らは下僕!」
それは勇者を讃えていた先ほどの余興とはうって変わって、信仰の本気度がひしひしと伝わってくる歌だった。
「ユニバス様は、精霊の喜びをひとつに集め、すべての精霊に等しく分け与えられた! そして持て余した分で、我らの心を作られた!」
歌にあわせて、村のブレイバンの木像から仮面がずるりと剥がれ落ちていく。その下から現れたのは、ユニバスの顔だった。
家々の壁のブレイバンの木彫りもクルリと回転する。裏から出てきたのは、やはりユニバスの木彫りだ。
「勇者信仰は、周囲の目を誤魔化すための隠れミノ……! 我らはユニバス様に、全身全霊を捧げているのですっ!」
正体を現したフラウワが、解き放たれたように両手を広げる。
すると、ぶわっ……! と、村を囲む丘が色づいていく。緑一色だったそれは示し合わせたように花で染まり、やがて花で描かれたユニバスの巨大な勇姿が浮かびあがった。
「「えっえっえっ!? えええええーーーーっ!?」」
ティフォンはアワアワしながらも、フラウワに尋ねる。
「な……なんで……!? なんで……!? なんで、こんなことを……!?」
フラウワが眉間にシワを寄せる。
「なんで、だと……!? 人間の世界では勇者信仰を強要され、ユニバス様は邪神のように扱われている……! おおっぴらに信仰などすれば、悪魔崇拝のごとく弾圧されるからだ!」
「じゃあ、ユニバスくんをこっそり信仰したくて、隠れ里を作ったっていうの!? でもそれって、昔の話でしょ!?」
食い下がるティフォンに、ガミメスも吐き捨てる。
「ざぁこ! ずっと村に閉じこもってるから、わかんないんだよ! いまはもう……!」
「戯言を! いまでもこの村を訪れる人間は、みな勇者を持ち上げ、ユニバス様を無能呼ばわりしている!」
フラウワは言いながら、花にまみれたユニバスの頭を、ガッ! と掴む。
「ユニバス様を無能呼ばわりする人間は、けっして許さない……! とりわけ、代理ユニバス……! 人間の建てるユニバス像は、我ら精霊の建てるものとは大きく異なり、ユニバス様の誤った姿を世に広めるためだけに作られた、唾棄すべき存在だからだ……!」
フラウワは掴んだユニバスの頭を、グッ! と後ろへ引き、無理やり上を向かせた。
「見よ、この無能っぷりの滲み出た顔を……! ひと目見たときから、八つ裂きにしてやりたい衝動を抑えるのに苦労したわ……!」
精霊姫たちのあいだに、衝撃が走る。
「そ……その人のこと、代理ユニバスくんだと思ってるの!? その人は、本物のユニバスくんだよ!?」
「あ……そっか。『目くらましの薬』のせいで、本物のユニバス様だってわからないんだ!」
精霊姫たちがどれだけ訴えても、フラウワはまるで相手にしない。
「命乞いのためにウソをつくなら、もっとマシなものを考えるのだな。この男がユニバス様なら、私はティフォン様だ」
「え、わたしまでニセモノ扱いされてる!?」
「ユニバス様を愚弄するばかりか、精霊姫の名までかたる、不届き精霊どもめ……! だが、そなたらの邪悪な思惑も、もうすぐ潰える。これから嫌でも、神聖になるのだからな」
バッ! とフラウワが杖の先で、精霊姫たちの頭のつぼみの花飾りを指し示す。
「その花は『脳洗花』! 花開くと同時に、花粉とともに放たれた精霊が、脳に寄生する! そうなったが最後、お前たちは寝ても覚めてもユニバス様のことばかり考える……! ユニバス様ひとすじに、なるのだ!」
「「ええっ!?」」
バッ! とフラウワがフードを脱ぐ。露わになった頭には、木の精霊の証であるはずの耳が、みずから捧げたあとなのか、途中でちぎれていた。
「そのあとで耳を、ユニバス様に捧げてもらう……!」
「「えええーーーーっ!?」」
「開け、脳洗花! 不届き精霊どもを、矯正するのだ!」
フラウワの号令とともに、精霊姫たちの頭の花が、ゆっくりと開いていく。
「「う……うう……!」」
精霊姫たちは、脳を内側から締めあげられるかのように、顔をしかめた。
「お前たちの脳にはいままさに、ユニバス様の素晴らしさが流れ込んでいる! 最初は苦痛だろうが、なあに、じきに恋する乙女のような、恍惚とした顔に……!」
しかし精霊姫たちは、急に正気へと戻った。
「えっ……?」「この程度……?」
そうつぶやいた途端、ふたりの頭の脳洗花が、ぽろりと落ちる。
「なにっ!?」
血走った目を剥くフラウワ。
「せ……脳洗花が、効かない……だと……!?」
「効かないのは当たり前だよ! だってわたしたち、もうとっくにユニバスくんひとすじなんだから!」
「どんなにすごい花かと思ったら……ただのクソザコ花じゃん」
フラウワは動揺を隠しきれずにいたが、すぐに「ふん!」と吐き捨てた。
「た……たまたまだ! たまたま、効き目の弱い脳洗花だったのだろう! あとで、ありったけの脳洗花を付けてやる!」
「フラウワ様、定植の準備が整いました!」
穴を掘っていた村人ふたりに声をかけられ、フラウワは「うむ」と応じる。
その村人たちが舞台に上がり、ユニバスを両脇から抱え上げた。ユニバスは自力で立つこともできないのか、脱力したまま、されるがままになっている。
村人たちはユニバスを引きずるようにして運び、穴のフチに立たせた。
「ユニバスくんを、どうするつもりなの!?」
声を震わせるティフォン。フラウワは狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「フフフ……! 知っているか……!? 戦のあった地には、美しい花が咲くということを……!」
ガミメスがハッと気づく。
「まさか、この村に咲いてる花って……!」
「そう……! この男を投げ入れたが最後、全身に取り憑いた花が生命力を吸い上げ、狂ったように咲き乱れるのだ……!」
サッと青ざめる精霊姫たち。
「や……やめて! そんなことしたら、ユニバスくんが死んじゃう!」
「すぐには死なぬ。生きたままウジ虫に肉を食われるように、長い年月をかけて、じわじわと骨になっていくのだ……!」
「ざぁこ! ユニバス様にそんなことしたら、ぜったい許さないんだから!」
ティフォンは風を起こし、ガミメスは炎を吐いて抵抗する。だが取り押さえられた体勢では、どちらも勢いに欠けた。
熱風を浴びながらも、フラウワは敵ながらあっぱれと言わんばかりの表情だ。
「代理ユニバス様ごときに、そこまで必死になるとは……。ならば、本物の素晴らしさを知れば、死すらいとわぬようになるであろう。この村の発展に、大いに役立ちそうだな」
「こ……こうなったら……!」
ガミメスの瞳に、決意が宿る。その赤毛が風もないのに、ゆらりと揺れた。
「だ……ダメ……だ……!」
いままで無言だったユニバスが、今際の際のような声を絞り出す。精霊姫たちは、すがりつくように声をあげた。
「ユニバスくん、しっかりして!」「ユニバス様、なにがダメなの!?」
「や……ヤキ……トリ……は……! ダメ……だ……!」
残る力をすべて振り絞ったような、ユニバスのひと言。
ティフォンは意味がわからず、「ええっ……!?」と困惑しきりだ。だがガミメスはハッとした表情のまま固まっていた。
「その者はいま、三途の川に片足を浸けている。発する言葉に意味などない、すべてうわごとだ」
フラウワはそう切って捨てると、ユニバスを抱える村人たちに命じた。
「いつものように、この杖を三度鳴らしたら、投げ入れるのだ。そうすれば、この村はさらに栄える。我らの悲願である、ユニバス様を信じる精霊たちの楽園……『ユニバス村』の創立へ、また一歩近づくのだからな……!」
「「ゆ……ユニバス村っ!?」」
精霊姫たちの驚きは、フラウワの杖の石突きが舞台へ叩きつけられた音で、いっそうかき立てられた。
……ゴーンっ!
フラウワの杖は魔法の杖なのだろう。村の中央に立つユニバス像の掲げた鐘が連動して揺れ、その音が村じゅうに轟く。
……ゴーンっ!
そして、もうひとつ。
あと一度この鐘が鳴れば、村人たちはユニバスを穴の底へ投げ入れる。
フラウワは狂気と恍惚に満ちた表情で、杖を天高くかざす。
彼女の見上げる青空。そこには、神々しい光をまとったユニバスの姿が浮かんでいた。
フラウワが天に見上げる神と、穴のフチでうなだれる男。そのふたつは、寸分たがわず同じ顔をしていた。
「ご覧になっておりますか、我らが神、ユニバス様……! いまこの愚かな人間を、あなた様への信仰の証として、捧げます……!」
半狂乱になって、ティフォンが叫んだ。
「や……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!」
















