44 精霊の隠れ里2
食事を終えた俺たちは、馬車の外に出た。
馬車に『目くらましの薬』を追加で振りかけてから、ラニとラギの案内で森へと分け入る。
ラニとラギはやはりこの森の出身なのか、勝手知ったる様子ですいすいと歩いていく。
だが、俺はすぐに違和感を覚えた。
さっきから、同じ所をぐるぐると回ってないか……?
そのはずだったのに、急に視界が開けた。
目の前に広がっていたのは、七色のじゅうたんを敷き詰めたような広大な大地だった。
おとぎ話の楽園がそのまま現れたかのような、花畑の村。まわりは森ではなく、なだらかな緑の丘に囲まれている。
舞い踊る蝶たち。あまりの美しさに、俺もティフォンもガミメスも「うわぁ……!」と目を見開いた。
「す、すごいすごいすごい、すごーーーーいっ! すっごくキレイ! まるで夢の中みたい!」
ティフォンは大興奮で走り出したが、村の入口らしきアーチの前でぴたりと足を止めた。
そのアーチには、こう記されていた。
『勇者ブレイバン様に栄光あれ』
「げげっ!?」
村には、白い板を敷きつめた屋根をのせた、丸太造りの家が立ち並んでいる。
その中心には、かつての『イドオンの村』を髣髴とさせる、巨大な勇者ブレイバンの木像がそびえていた。
像は村の象徴であると同時に、時計台の役割も兼ねているのか、剣のかわりに大きな鐘を掲げている。
村のあちこちにも等身大のブレイバン像が立ち、家々の丸太の壁にはブレイバンの勇姿が彫り込まれていた。
「う……うわぁ……」
あからさまに嫌そうな顔をするティフォン。俺は小声で注意した。
「おいティフォン、せっかく招かれてるんだから、そんな態度は……」
「ざぁこ、ティフォンがそんな顔するのも当然じゃん。山盛りのお菓子を貰ったと思ったら、それがぜんぶウンコだったみたいなもんだよ」
「そうだよ、よりによって精霊が勇者を祀るなんて……。それも、村をあげて……。勇者が好きな精霊なんて、レセプルちゃんひとりでじゅうぶんなのに……」
「勇者が好きな精霊は、レセプル以外にも当然いるだろ」
俺がそう返しても、ティフォンの文句は止まらない。
やがて俺たちが村のアーチをくぐると、家々から木の精霊たちが出てきた。
村人はみな、同じ格好をしていた。花の刺繍があしらわれたフード付きの白い長衣に、サンダル履き。
ただ大人たちは誰もがそのフードを目深にかぶっていて、顔はよくうかがえなかった。
「おや、見かけない精霊だね。それに人間もいるな、旅の人かな?」
「そうか、ラニとラギが連れてきてくれたのか。えらいぞ」
「いらっしゃい、ようこそ、私たちの村へ」
「さぁさぁ、こっちに来て。歓迎しますよ」
村人たちは総出で、口元をほころばせて迎えてくれた。
彼らは花の首飾りを俺の首にかけ、ティフォンとガミメスの頭には大輪の花の髪飾りを付けてくれる。
どちらの花もまだ咲いておらず、つぼみのままだった。
「その花は客人の印ですので、この村にいるあいだは外さないでくださいね。いまはつぼみですが、あなた方がこの村に慣れ親しんだ頃に花開きます。その頃には一生、この村を忘れられなくなるでしょう」
その言葉には、妙に含むところがある気がした。だが村人たちの底抜けの明るさに、俺の引っかかりはすぐかき消されてしまう。
それからワイワイと、村の中央へ案内される。そこには、村長らしき木の精霊の女性が待っていた。
フラウワと名乗った彼女は、タンブルクイーンにも劣らぬ妖艶な美女だった。白いフードを深くかぶり、花で飾られた杖を手にしている。
「ようこそ。私は村長のフラウワ。ここは勇者ブレイバン様を祀る、精霊たちの村です。勇者様と同じ人間の方は大歓迎ですよ。今日は私たちが出会った記念すべき日。さっそく宴を行ないましょう」
それから村はずれの広場に、宴の会場が設営された。よほど宴に慣れているのか、その支度はあっという間だった。
中央には小上がりのような舞台があり、まわりを白いテーブルが囲む。その上には、花のごちそうが所狭しと並んでいた。
主賓席に案内された俺たち。ティフォンはさっそくごちそうに食いついている。
「うわぁ、きれーい! 花のごちそうだよ!」
「この村では一年中、美しい花が咲きます。花は見るだけでなく、食することでその美しさが得られるといいます。味もすばらしいので、たくさん召し上がってくださいね」
「わーい! いただきまーす!」
口から花びらがはみ出すほど頬張って、ティフォンが歓喜の雄叫びを上げる。
「んんっ!? おいしぃぃーーーっ!」
「ざぁこ、ティフォンってば大げさ……んっ、うまっ!」
あきれ声を漏らしながらも、ガミメスもまた花のごちそうに舌鼓を打っていた。
それから俺たちは、花の村の宴を心ゆくまで楽しんだ。
ごちそうには大満足だった。ただ余興として舞台で披露された、ブレイバンの仮面をかぶった村人たちの歌と踊りには、思わず苦笑してしまった。
「ゆう・ゆう・ゆうっ! 勇気いっぱい! ゆう・ゆう・ゆうっ! 元気いっぱい!」
俺たちも舞台に誘われ、ちょっと困りながらも、みんなで一緒に踊った。
楽しい宴は日暮れまで続いた。日が傾くと、村は昼間とはまた違った顔を見せた。
山の向こうへ沈んでいく夕日。オレンジ色に染まった花々は、燃えるような美しさをたたえている。
俺の両脇では、ティフォンとガミメスが「「きれい……!」」と瞳を潤ませるほど見入っていた。
「ふたりとも、すっかりこの村が気に入ったみたいだな」
俺が言うと、ティフォンだけでなくガミメスまで「「うん!」」と無垢な笑顔で返事をする。
「でも、そろそろ日が暮れる。帰ろうか」
「えっ、もう帰っちゃうの?」「ざぁこ! そんなのヤダ、まだいようよ!」
「勇者を祀る村なんて嫌だって、あんなに言ってたのに」
「そうなんだけど、この村、すっごく居心地がいいの!」「うん! なんだか不思議と、波長が合うっていうか……!」
珍しく意見の一致したティフォンとガミメスは、「ヤダー! ヤダー!」と駄々っ子のように俺の手を引っ張る。
困り果てた俺の背後に、いつのまにかフラウワが現れて言った。
「ぜひ、今日は泊まっていってください」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
けっきょく、俺たちは村で一泊することになった。
この村にはよく来客があるのか、客用の家が用意されていて、俺たちはそこのベッドで眠りにつく。
夜中、俺はふと目を覚ました。
「んん……」
起き出して、月明かりの差し込む窓の外を見る。
「月が綺麗だな」
俺はベッドを離れ、そっと家の外へ出た。
外は、満天の星空だった。
「うわぁ……! 吸い込まれそうだ……!」
星空を受け止めるように、天へ両手を広げる。
そのとき、小道に置かれたブレイバンの木像がふと目に入った。
「そういえばこの木像、ちょっと気になってたんだよな。見事な出来なんだけど、なんだか顔のあたりの作りが不自然というか……」
俺は木像に近づき、顔のあたりをそっといじってみる。
すると、パカッと顔が外れて取れてしまった。
その奥にあったものを見て、俺は驚愕する。
「こ……これは……!?」
ふいに背後に気配を感じる。
ハッと振り返った、俺の目に映ったのは……。
フラウワだった。
彼女がいつも手にしている、花の杖。その杖頭では、開いた花がともしびのような明かりを放ち、照り返しを受けた顔が不気味に浮かびあがっていた。
「見て、しまいましたね……!」
次の瞬間、俺の首の花飾り、そのつぼみが一斉に花開いた。
そして、ぎゅうっと締まる。
「う……ううっ!? く、苦し……!」
首を絞められ、息ができない。俺は必死にもがいたが、やがてその場にバタリと倒れ込んだ。
















