43 精霊の隠れ里1
ガミメスは、夢を見ていた。
目の前では、キラキラとした光を背に、ユニバスが微笑んでいる。
「ありがとう、ガミメス。やっと気づいたよ。やっぱりキミこそが、俺に必要だったんだ。もうティフォンなんかどうでもいい。これからは、キミのために生きる。ウソじゃない。キミが望むことなら、なんだってするよ。……え? キスしてほしい?」
ユニバスがはにかむ。
「いきなりそんなことを言われても……。いや、わかった。……おいで」
両手を広げるユニバス。そのキス顔が、どんどん近づいてきて……。
……むっちゅぅぅぅ~~~!
熱い口づけを交わした途端、ガミメスは目を覚ました。
そこは、森の中でも岩場でもなく、トランスの馬車の寝室だった。
そして、目の前にドアップであったのは、愛しの君ではなかった。
ガミメスは、床に置かれたキュウリを蛇と見間違えた猫のように、ビヨヨンと飛びあがる。
「ティフォン!? なにすんのっ!? ざぁこ! ざぁこ! ざぁこ! ざぁこぉぉぉーーーーっ!」
青ざめたガミメスは、ベッドサイドにしがみつき、いまにも吐きそうな仕草をする。
あまりの反応に、ティフォンも不本意そうだった。
「い……いやいや! ガミメスちゃんが『キスして』って迫ってきたんじゃない! ビックリしたけど、助けてもらったから……!」
「は? なに言ってんの?」
「そんなことより、ぜんぶ聞いたよ! ガミメスちゃんはわたしたちを助けるために、オトリになってくれたんでしょう?」
ティフォンがうるうると涙ぐむ。
「あ……ありがとう、ガミメスちゃん! ガミメスちゃんがいなかったら、いまごろわたしは……!」
その涙ながらの感謝を、ガミメスは鼻であざ笑った。
「ざぁこ、それこそなに言ってんの? 見捨てた相手に感謝するなんて、バッカみたい。ティフォンってば、クソザコみたいに単純だよね」
ガミメスの寝ていたベッドの傍らには、看病していたティフォンがいる。
そしてベッドの足元側にはユニバスと、ラニとラギが立っていた。ユニバスの頬には、『目くらましの薬』の傷がふたたび浮かびあがっている。
ガミメスの隣のベッドにはイズミが寝ているが、彼女は粋眠の真っ最中だ。
ガミメスはなにも語らない。だから、ことの経緯を継ぎ合わせたのはユニバスたちのほうだった。
森の野営地。木に縛られて目を覚ましたガミメスは、すぐに気づいた。近くにワッサーがいる。
精霊を放してはまた捕らえ、その絶望を肴に悦に入る男。その悪趣味こそが、つけ込む隙だった。
眠ったままのティフォンを残し、彼女は猟師たちに気づかれぬよう、ラニとラギにだけ小声で伝える。ワッサーの目の前でティフォンを見捨ててみせ、興味を引いて、自分だけを追わせる。
本来は、ラニにも姉を裏切る芝居をさせる手筈だった。だが、やさしいラニにはできなかった。あのとき、しきりに口をぱくぱくさせていたのは、姉の名を呑み込んでいたからだ。
ワッサー相手に、ひと芝居を打ったガミメス。
かりそめの自由を得た彼女は、ユニバスから貰っていた『目くらましの薬』をラニに振りかける。相殺されて『イルミネーション』の光を失ったラニに、こう告げた。
「通りに出て、ハンモックを探して。そこをよく探したら馬車が停まってるから、中にいる人間の男の人に、助けを求めて」
ちょうどその頃、ユニバスは馬車の調合室にいた。夜も遅くなってきたのでそろそろ寝ようと、馬車の外に出る。
すると、ティフォンとガミメスの姿がない。あたりを探そうとした、その矢先だった。泣きながら走ってくるラニが、ユニバスの腹に飛び込んできたのだ。
ガミメスは我が身を犠牲にして時間を稼ぎ、ティフォンとラニとラギを助けようとしていた。
「うわぁぁぁぁーーーーんっ!!」
ティフォンがとうとう大泣きしてガミメスに抱きつき、これでもかと頬ずりする。
ガミメスはたまらず、両手両足を突っ張って、ティフォンの顔を押し返す。
「わあっ!? やめっ! 離せ、はなせーっ!」
ガミメスの頬に、ティフォンの鼻水がついて、ネバーと伸びる。
「ぎゃあああっ!? キモいキモい、超キモいっ! もう、死んでよ! なんであのとき死ななかったの!?」
「うわああんっ! そういうところも、大好きぃぃぃーーーーっ!!」
「やっぱり……! あんたなんか、大っ嫌ぃぃぃぃぃーーーーっ!!」
ベッドの上で取っ組み合いを始めるティフォンとガミメスを、ユニバスは子猫同士のケンカでも見るような微笑ましい目で見ていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、馬車で仮眠を取った一同。
馬車の食堂で遅い朝食を取りながら、ユニバスはラニとラギを見つめる。
くるみパンを頬張りながら、「おいしいね」と笑いあうラニとラギ。
昨晩の緊張も解けて、すっかりくつろいでいるようだ。そう見てとったユニバスは、ふたりに問う。
「ラニとラギは、なぜあんな所にいたんだ?」
すると、ふたりはピクリと肩を震わせる。急に緊張した面持ちで、ラギが言った。
「勇者様に会いたくて、ふたりで、旅を……」
「ざぁこ、そんなわけないじゃん」
ガミメスが一蹴する。すぐさまティフォンが、「そうだよ!」と乗っかった。
「勇者様に会いたいなんて、そんな精霊がいるわけ……!」
「違うよ」
ガミメスはティフォンの言葉を遮って続ける。
「あたしは、そんな軽装で旅なんてできるわけないじゃん、って言ってんの。仮にしてたとしても、旅の苦労を知らない……。ようは、旅立ったばかりなんじゃない?」
ガミメスは見透かすような瞳で、ラニとラギを見据えながら言った。
「この近くにあるんでしょ? アンタたちの住む、『隠れ里』が」
図星とばかりに、ビクッ、と全身を強ばらせるラニとラギ。
「あ、そういえば、変態オジサンもそんなことを……。角砂糖がどうとか、って言ってたような……」
ティフォンは好奇心いっぱいの表情で立ち上がると、テーブルごしに前のめりになって、対面のラニとラギに迫った。
「わたし、行ってみたい! ラニちゃんとラギちゃんの住んでる、角砂糖に!」
「そ、それは……」
口ごもるラギ。
「言いたくなきゃ、別にいいけどぉ?」
と、ガミメスはティフォンとは異なるやり方で圧をかける。
半袖の肩口に指を差し込み、ピッ、と折りたたまれた地図を取りだした。
「これ、ワッサーの手下が持ってた地図」
「えっ、それどうしたの?」
ティフォンが目を丸くする。
「岩場で手下を燃やしたときに、見つけたから貰っといたんだ」
ガミメスはフフンと笑って、ラニとラギに流し目を向ける。
「これに、隠れ里への行き方のヒントが書いてあったんだよね。連れてってくれないんだったら、この地図をバラ撒いちゃおっかなぁ。そしたら人間が大勢押し寄せるから、誰かがきっと……」
「おいおい、ふたりとも……」
軽くたしなめようとするユニバス。するとティフォンだけでなく、ガミメスまでキッとユニバスを見た。
「ユニバスくんは、精霊さんたちの角砂糖に興味ないの?」
「ざぁこ、ムリしちゃって。この中じゃ、いちばん興味津々なくせに」
「うっ」
ぐうの音も出ないユニバス。
精霊の隠れ里……。正直めちゃくちゃ行ってみたい。だが……。
ユニバスは誘惑にかられかけた自分を律するように、首をふるふると振る。
「隠れているということは、人目を避けたい理由があるからだ。招かれて行くのならともかく、脅迫まがいのことをして行くもんじゃ……」
ユニバスの言葉にラニとラギは顔を見合わせ、うん、と頷きあう。そして、同時にユニバスを見て言った。
「わ……私たちの村に……来て、ください……!」
















