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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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42 鼻毛の錬金術師4(後編)

 しかしその薬液が、ワッサーの舌に触れた途端。


 ……ジュウゥゥゥゥーーーーッ!!


 まるで灼熱の酸のごとく、白煙とともにワッサーの舌を焼き溶かした。


「うぎゃぁっ!? なっ、なんでぇぇぇっ!?」


 口を押さえて悶絶するワッサー。

 まさかの出来事の連続に、ガミメスは唖然となっていた。


 なぜ……? 超純水はただの水になり、逆にアルケミスト・バスターは人間を傷つける薬に変わっている。

 精霊が、ワッサーに対して怒っているとでもいうのか。いや、違う。あの(・・)お方の怒りに、共鳴しているんだ。


 怒りの感情だけで、精霊たちの本来の性質すらも変えてしまうなんて……。

 すごい……ガミメスは、畏敬に胸を震わせた。


 男はゆっくりと歩いて迫る。ワッサーは慌てて、試験管を投げつけた。


「べ……ベノメノン・クラッシュ!」


 本来は触れると大爆発を起こす試験管。だがいまは、なにも起こらない。

 男に命中しても、パリンと音をたてて、ただ服を濡らすだけだった。


「ふ……不発!? な……なぜっ!?」


 ワッサーはようやく気づく。この男が現れてからというもの、試験管の効果はすべておかしくなっている。

 悪夢を見ているかのような表情で、ワッサーはじりじりと迫ってくる彼に問うた。


「ま……まさか……お前のせいか……!? お前のせいで、精霊たちが……!? お、お前はいったい、何者なんだ……!?」


 男がゆっくりと顔をあげると、影のさした横顔が、月光の下に晒される。


「だ……だから、誰なんだ……!?」


 依然として気づかないワッサーに、ガミメスは疑問に思う。

 ワッサーは勇者パーティにポーションを提供していたはず。ならば、その一員であったあの(・・)お方を、知らないはずがないのに。


 ……そうか。

 『目くらましの薬』が効いているから、わからないんだ……!


 彼は自分自身に言い聞かせるように、低く声を落として言った。


「いままでの俺は、動物だった……。大切な精霊(ひと)を奪われても、傷つけられても……人間から狩られる動物のように、縮こまり、逃げ回ってばかりだった……」


 男はワッサーを睨み据えたまま、頬の傷に左手を当てる。


「俺は、人間になるっ……。声をあげ、叫び、怒り……。立ち向かい、戦い、大切な精霊(ひと)たちを守れる、人間に……」


 男の左手は震えていた。その手が、頬の傷を伸ばすように反対側の頬へと滑ると、傷跡は崩れ、まるで戦化粧のように、筋となって顔じゅうに走った。

 かけられていた『目くらましの薬』が剥がれ落ち、月光が、隠されていた素顔をあらわにする。


「……!!」


 途端、死んだはずの人間が目の前に現れたかのような、明らかな動揺を見せるワッサー。


「お……お前は……ゆ……ユニバスっ……!?」


 ユニバスは、なにも言わない。無言でワッサーへ歩みを進める。

 ワッサーは、その迫力におされて逃げ出した。


「う……うわぁぁぁぁぁっ!?」


 しかし、逃げた先は崖っぷち。背後からは、怨霊のようなユニバスが迫ってくる。

 ワッサーはすっかり取り乱し、手当たり次第に試験管を投げつけた。


「く……来るな来るな来るなっ! 来るなぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」


 しかし、すべてが不発に終わる。

 ユニバスは手が届く距離まで来ると、ガッ! と片手でワッサーの襟首を掴んだ。


「ひ……ひいっ!?」


 そのすさまじい力に、なすすべもなくワッサーは吊り上げられ、足をジタバタさせる。すっかり縮みあがっていた。


「あ……謝る! これまでのことは、ぜんぶ謝るから! 本当は、勇者パーティへのポーションを作っていたのはお前……! いや、キミなのに、口下手なのをいいことに、私は……!」


 ワッサーは、これまでの悪事を、ペラペラと話しはじめる。


「あっ! それとも、せっ……精霊金術を横取りしたことを怒っているのか!? 『次世代錬金術の父』などともてはやされているのが、気に入らなかったのだな!? は……白状する! みんなに、すべてを白状するから!」


 しかしその胸の内は、口とはまるで裏腹だった。

 白状はする。ただし、本当のことを言うとはかぎらない。それにしても、まさかユニバスがこんな所にいるとは。しかも、怒らせるとこんなに恐ろしいとは。


 だが、いまだけだ。この窮地さえ乗り切ればいい。白状すると言って人前に出れば、こっちのもの。あとは衛兵に捕まえてもらうだけだ。

 口下手なこの男の言い分と、国家錬金術師という肩書きを持つ自分の言い分。どちらの証言が信じられるかは、火を見るより明らか。

 そうやって、この男からすべてを奪ってきたのだ。


「ま、まだ足りないというのか!? なら、私が稼いできたものは、すべてやる!! 金も宝石も屋敷も、なんだったら妻と子供もくれてやる! だから、許してくれっ!」


 ユニバスは片手でワッサーを吊り上げたまま、そのコートから試験管を一本取り出す。


「べ……ベノメノン・クラッシュの試験管!? それが欲しいのか!? ど、どうぞどうぞ! 好きなだけあげよう! 一本といわず、何本でも……! だからこれまでのことは、すべて水に流して……!」


 ワッサーは、売れ残った子犬が最後に抱き上げられているかのような、つぶらな瞳を向けていた。


「ゆ……許して、くれるね……?」


 ユニバスは、答えない。


 ……ズドォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!


 試験管がユニバスの手のなかで爆ぜた。

 手のひらから解き放たれた爆炎が、ワッサーを呑み込んで噴き上がる。

 一瞬、夜が昼に裏返った。


 全身が火だるまになったワッサーは、隕石のような炎の尾を引きながら、天の彼方へと吹き飛んでいく。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ワッサーはそのまま遥か遠方の地に墜落し、そこでまた爆発した。

 かすかな悲鳴が山びこのように届く頃には、ユニバスは倒れたガミメスを助け起こしていた。


「しっかりしろ、ガミメス」


「も……もう……。遅いよ、ユニバス様……」


「遅れてすまなかった。もう、大丈夫だから……」


 ユニバスに横抱きに抱えられたガミメスは、緊張の糸が切れたように、カクンと意識を失った。


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