40 鼻毛の錬金術師3(後編)
棍棒を大上段に構えたノッポ猟師の影が、ガミメスを覆い尽くす。
本来なら、失禁ものの恐ろしい状況のはずだった。ところがガミメスの反応は、これまで袋叩きにしてきた精霊たちの、どれとも違っていた。
なんと彼女は、この期に及んでもなお、「ばぁーか」と舌を出していたのだ。
これにはさすがのノッポ猟師も、違和感を覚えずにはいられない。この絶体絶命の状況でなお、世の中を舐めきったクソガキのような態度を取れるとは。
まさか、これは罠なのか。そう気づいた時には、もう遅かった。
「ざぁこぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
地獄の業火が、ふたたび夜空を紅蓮に染め上げる。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
火だるまになった猟師たちが、クモの子を散らすように四方へ散り、倒れ、のたうち回る。
「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
しかしその答えを確かめられる者は、もう誰もいない。
死屍累々の黒コゲの山の向こうで、ガミメスは変わらぬ様子で佇んでいる。
「たしかにあたしは、キツいのを一発しか吐けない」
そうつぶやく頭上、髪の間から、金色に輝くニワトリのような鳥がひょっこりと顔を出した。
「でもこの子なら吐けるの。キツいのを、何発でも、ね」
コッコッと鳴くその鳥を、手を伸ばしてやさしく撫でるガミメス。
「ありがとう、ヤキトリ」
ヤキトリと呼ばれた鳥は、「ざこーっ!」と小さな翼を広げて鳴き返す。
「ほほぅ、仔不死鳥か……! これは棚から、人魚の肉が降ってきたようなものだな……!」
「!?」
どこからともなく声がして、闇がキラリと光る。それが水滴だとガミメスが気づいた時にはすでに遅く、裸足の足の甲に着弾していた。
……ジュウッ! とイヤな音が鳴る。炎を宿す身にとって、澄んだ水はどんな火よりも熱い。足の甲が内側から焼けただれ、白い煙が細くのぼる。
「ううっ!?」
激痛に、しゃがみこんでしまうガミメス。
「くっ……!」
足を押さえたまま顔をあげ、虚空に目をこらす。
「まさか、『目くらましの薬』……!?」
暗闇が、ささやき返す。
「ほう、多少は錬金術の知識があるようだな。ならば、いま己が浴びせられたものが、なんなのか知っているだろう」
「『アルティメット・ピュア・ウォーター』……!」
「そう。『超純水』とも呼ばれる、不純物のない、きわめて純度の高い水だ。我々人間の世界では、傷の治療や精緻な細工に用いられている貴重なものだ。だが炎の精霊にとっては、肉体を焼き焦がすほどの脅威となる……!」
「ざぁこぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ヤキトリが炎を吐いた。首を大きく振って、前方の闇を舐めるように焼き払う。しかし、手ごたえはない。
「残念、そこじゃない」
また水滴が飛んできて、ヤキトリに着弾する。ヤキトリは「ざこっ!?」と目を回し、コテンと倒れる。
ガミメスは慌てて、ヤキトリを髪の中へ引っ込めた。
「や……やめて、ヤキトリには手を出さないで!」
「ならば、私と鬼ごっこだ」
「お……鬼ごっこ!? 誰が、あんたなんかと……!」
ふたたび暗闇がキラリと光る。立て膝で座っていたガミメスの膝小僧に、雫が当たる。
ジュッ!
「ああーっ!?」
激痛にのけぞるガミメス。悶絶しそうになりながらも、歯を食いしばってこらえる。このままでは危ない。
よろよろと立ち上がるが、足を負傷しているので走れない。ヨタヨタと、その場を離れようとする。
「ふふ……! さぁ、逃げろ、逃げろ……! 追いつかれるたびに、一滴だ……!」
ガミメスは半泣きで足を引きずり、声から逃れようとする。しかし、
「残念、次はここだ」
腕に超純水をかけられ、「ああっ!?」とよろめく。倒れそうになるのを踏みとどまり、それでも前へ進もうとする。
ガミメスはなんとかして、森の中へ逃げ込もうとしていた。
土だ。土さえあれば、姿の見えないアイツの居場所を暴いてやれる。
だが、そう念じるガミメスの目前で、足元に超純水の試験管が叩きつけられた。
パリン! と音がして、しぶきがかかる。
「あああーーーーっ!?!?」
ガミメスはのけぞるあまり、尻もちをついて倒れてしまう。
「森の外へいくのは反則だ。次に森の外へ出ようとしたら、顔にいくぞ」
「くっ……!」
ガミメスは立ち上がると、いちかばちか、走って逃げようとする。だが、足が思うように動かず、前のめりに倒れてしまう。
そこへ、雫がポタポタと降ってくる。
「ああっ!? いやっ!? やめてっ!? いやああああああーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
まるでロウソク責めにでもあっているかのように、身をよじらせるガミメス。落ちてくる水滴から逃れようとするが、ままならない。
とうとう立てなくなり、這って逃げようとする。そんなガミメスを、ワッサーはまさしく変態オヤジのような顔で、ヨダレを垂らしながら見下ろしていた。
ぐふふ、と喉の奥で笑う。そうだ、逃げろ、もっと逃げろ。逃げて疲弊すればするほど、絶望は深みを増していく。
しかし突然、まるでその心の声を聞いていたかのように、ガミメスが振り返った。
「ざ……ざぁこ! そんなんで、あたしを絶望させてるつもり!?」
ワッサーの喉が、思わず鳴る。
「クソザコ鼻毛のクソザコ錬金術師、クソザコワッサー! アンタのやり口は知ってる! 精霊を殺して、錬金術の素材にする! しかも絶望を感じさせるように仕向けて、その絶望が頂点に達したときに殺すんだ!」
「その通り……!」
……バッ! と、コートが翻る音がする。コートに散布されていた『目くらましの薬』が、星屑のようにあたりへ散った。
ガミメスの目の前に、突如として、コートを大きく広げたワッサーの姿が、威圧するように現れる。
「そう、絶望……! 精霊は絶望にまみれさせてから殺すと、より質の高い錬金術の素材が得られるのだよ……! なぜか、わかるか……!? 精霊は、牛やブタと同じ……! 身体の半分が、愚かさでできているからだ……!」
















