39 鼻毛の錬金術師3(前編)
その頃、ガミメスは走っていた。
現在地もわからぬまま、ただ野営地から遠ざかろうと、山道のような傾斜に爪を立てて駆け上がる。ガウンは藪に引っかかってはだけ、足は傷だらけだ。
「ううっ!?」
躓いて、転ぶ。土埃にまみれながら、このままずっと寝ていられたらどんなに楽だろうと、ガミメスは思う。
しかし、
「あっちだ!」
と、追い立てる声が、それを許さない。
ガミメスは立ち上がると、身体にムチ打つようにして走る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
斜面を登りつめるほどに木々は薄くなっていき、やがて屋根のような樹冠が途切れ、視界が一気に開ける。
そこは、月明かりに照らされた岩場だった。それまでの草と木だらけの森とはうってかわって、わずかな茂みがぽつぽつと生えているだけ。数十メートル先は崖で、道は途切れている。
ガミメスは引き返そうとする。だが、傾斜の下のほうからは、魔導ランタンの明かりがいくつも上ってきている。
「いたぞ、あそこだ!」
その声に、ガミメスは弾かれたように駆け出し、近くの岩陰に身を隠す。息を整えていると、猟師たちの声が迫ってくる。
「この岩場は行き止まりのはずだ! お前たちは、また森に逃げ込まれないように見張るんだ!」
追ってきた猟師は、十名ほど。岩場を探すグループと、岩場と森の境目で見張るグループ、それぞれ五名ずつに分かれる。
「げへへへ、ガミメスちゃん、どこにいるのかなぁ~!」
「ここにいるのはわかってるんだぜぇ!」
「隠れてないで、出ておいでぇ~!」
と、岩場を探し歩く一団の前に、すうっと長い影が伸びた。
それは、ガミメスだった。両手を上げながら姿を現わし、観念したように魔導ランタンの明かりを浴びる。
「はいはい、これでいいんっしょ?」
ガミメスはそのまま岩に寄りかかると、切なげな顔をつくる。
「あ~あ、あの変態オヤジにやられちゃうのかぁ……。あたし、初めてなんだけどなぁ……」
その表情は、猫の目のようにコロコロと変わる。子供とは思えないほど婀娜っぽい上目を、ガミメスは猟師たちに向けた。
「初めては……アンタたちみたいな立派な男のほうが……良かったんだけどなぁ……」
上げていた両手を、ゆっくりと下ろす。そして、ガウンの裾をはらりとさせる。
「……いる? あたしの初めて」
パチン、と片目をつぶってみせる。それだけで猟師たちはイチコロで、誰もがとろけたような目つきになっていた。
「い……いるいるいる!」
と、ガミメスのまわりに殺到する。ガミメスが「でも、ひとりだけだよ?」と言えば、男たちはさっそく争いはじめた。
「俺だ!」「いや俺に決まってんだろ!」「ガミメスちゃんは俺がいいって言ってる!」「誰がてめぇみてぇなブタを!」「なんだとぉ!?」
「なら、ガミメスちゃんに選んでもらおうぜ! なぁガミメスちゃん、俺らのなかで、どいつと……!」
と、一斉にガミメスを見る猟師たち。
その時ガミメスは、背筋をこれでもかと反らし、これでもかと空気を吸い込んでいた。その、直後だった。
「ざぁこぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
前傾姿勢になったその口から、業火が噴き出す。
夜気を裂いて渦を巻いたそれは、群がる五人を、ひとり残らず呑み込んだ。肉の焦げる臭いと絶叫が、岩肌に跳ね返る。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
火だるまになってのたうち回る猟師たち。青と黒の静けさに沈んでいた夜の岩場が、まばたきひとつのあいだに、赤とどす黒へ塗り替えられる。
ガミメスは、火だるまに向かってベロベロパーッ! とやってのけた。
「ざぁこぉ~~~っ! あんたらみたいな、なにひとついいとこがないムサ男に、すすんでやられたがる精霊なんているわけないじゃ~~~ん!」
「うぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!」
森の境目にいた残りの五人が押し寄せてくる。まだプスプスと白煙をあげる黒コゲの仲間を乗り越え、ガミメスを取り囲んだ。
「よくもやりやがったなぁ!?」
仲間をやられ、誰もが殺気立ち、すでに武器の棍棒を構えている。
自分の倍ほども体格の違う、武装した大人たちに囲まれても、ガミメスは動じない。
それどころか、
「きゃはっ!」
と、弾けるように笑う。
「なにその棒きれ、完全に原始人じゃん! ウホウホとか言うの? 超ウケるんだけど!」
「このクソガキが! 人間を舐めたらどうなるか、思い知らせてやる!」
「へぇ、大丈夫そ? あたしの炎とやりあえる自信があるんだ」
「俺たちは本職の精霊狩りだぜぇ! テメェみてぇな炎の精霊は、腐るほど捕まえてきたんだ!」
「知ってるぜぇ! あれだけの炎を吐いたら、もうしばらく炎は吐けねぇってことをな!」
「だからそうやって、ハッタリをかまして脅かそうったってムダだぜぇ!」
「ふーん、ハッタリだと思うなら、さっさとやればいいじゃん。あ、もしかしてビビってるぅ?」
ガミメスは、ことさら挑発するように、小生意気な笑みであざ笑う。
「おっきな原始人が五人も揃ってるのに、こんなかわいい精霊ひとりにビビってるなんて! ざぁこ、ざぁーこ! 超ウケるぅ、きゃはははははは!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
猟師たちは顔を真っ赤にして、ガミメスに挑みかかり、棍棒をふりかぶる。
その先陣を切るのは、精霊狩りのなかでもベテランの、ノッポ猟師。
棍棒を大上段に構えながら、ノッポ猟師は確信していた。
終わりだ。あのかわいい顔が、熟れたスイカのようにパックリと割れる。
人間に牙を剝いた精霊なら、いくらでも見てきた。どいつもこいつも、最後は全身アザだらけ、風船のように膨れあがった顔で、泣きながら地面に額をこすりつけるのだ。
そして最初の一撃を受ける寸前、決まってこの世の終わりのような顔になる。
ほら、こいつも……そういう顔になる、はずだった。
















