38 鼻毛の錬金術師2(後編)
このまま醜く争ってくれれば、絶望の『深み』は、いっそう増すというもの。
ワッサーはそんな期待に目を輝かせていた。だが、ティフォンが涙ぐんでうつむき、ふっつりと黙り込んでしまうと、その興も冷めていく。
いっぽうのガミメスは、ワッサーの表情の変化を見逃さなかった。
「ふむ……では、一匹目は決まりだな」
ワッサーが顎で命じると、猟師のひとりがガミメスの縄をほどく。
ガミメスは寝返ったかのように、ワッサーの隣へ仁王立ちする。
「さて、次は……」
と、ワッサーがラニとラギに視線を移す。
「どちらが助かりたいかね?」
すると、ラニが口をぱくぱくさせる。
なにかを懸命に言おうとしているようだが、言葉にならない。代わりに、ラギが焦った様子で叫ぶ。
「ら……ラニを……ラニを助けて!」
姉妹の妙な反応に、ワッサーは一瞬いぶかしげな顔をしたが、すぐに「考えすぎか」とばかりに肩をすくめる。
「ふむ。本人の立候補が望ましいのだが……まあ、美しい姉妹愛に免じよう」
それから、ラニが解き放たれる。ラニは、ガミメスに寄り添うように立つ。
ワッサーは、自由になったガミメスとラニ、そして取り残されるティフォンとラギを、ぐるりと眺め回しながら言う。
「さて、最後に言っておきたいことはあるかね? これが、今生の別れとなるかもしれぬよ?」
すると、またしてもラニが口をぱくぱくさせる。まるで、水から出た金魚のように。
そんなラニを押しやるようにして、ガミメスが口を開いた。
「最後なら、言わせて!」
ガミメスは冷たい目で、うつむいたままのティフォンを睨みつける。
「ハッキリ言っとくけど、あたしは助けを呼びになんか行かないから。ティフォン、あんたのことは死んだってことにして、さっさと逃げるから」
「えっ……!?」
泣きべその顔を上げるティフォン。
「ってか、なんでそんな顔すんの? そんなの当たり前じゃん!」
嘲り笑うガミメス。
「だってあんたのこと、マジで心底ウザいって思ってたんだから! むしろ、離れられてせいせいするよ! ううん、いっそここで、ワッサー様にめちゃくちゃにされて死んで!」
「ひ……ひどいよ、ガミメスちゃん……! わたしはずっと、お友達だと思ってたのに……!」
「きゃはっ! 本気で、あたしと友達になれると思ってたの? あたしはずっと、イザって時に切り捨てるための、トカゲのしっぽだと思ってたのに!」
「そ……そんな……!」
打ちひしがれるティフォンに、ガミメスはべーっと舌を出して、これでもかと煽り立てる。
「ざぁこ、ざぁこ、ざぁこぉ~~~! 信じてた相手に裏切られて、いま、どんな気持ち? ねぇねぇ、どんな気持ちぃぃ~~~? 泣いちゃう? 泣いちゃう? 泣いちゃいたいよねぇ~~~?」
「が……ガミメスちゃんのばかぁーーーーっ!!」
突風が起こり、ガミメスのふたつに結った髪と、ガウンの裾が激しくはためく。
「縛られてちゃ、その程度の風しか起こせないよねぇ~~~! ああ、涼しい~~~! きゃははははは!」
腹を抱えて爆笑するガミメス。その姿を、極上の獲物を見つけたハイエナのような目で見つめるワッサー。
なんと清々しい裏切りだろう。これほどのものには、久しくお目にかかっていない。ここからはきっと、極上の絶望が得られるに違いない。
視線を感じたのか、ガミメスがワッサーへ声をかける。
「ワッサー様、もういい? わたしたち、行っても」
「ああ。キミたちは自由の身だ。どこへなりとも、いくがいい」
ガミメスはラニを引きつれ、早足で野営地を離れ、獣道へと入っていく。
暗がりに、ふたりの姿が消えたかと思うと、その身体が、まるで全身をきらびやかな光で飾りたてられたかのように、まぶしく輝きだした。
「「なっ……!?」」
茂みの中のガミメスと、木に縛りつけられたままのティフォンの声が、同時にハモる。
ガミメスは一瞬だけ立ち止まる。なにかに気づいたように……。そして、猟師の本当の狙いを察したウサギのごとく、全力で走り去っていく。
ティフォンは、ワッサーをワナワナと見上げた。
「まさか……!?」
ワッサーは鼻毛を人さし指と親指でつまんで撫でながら、遠ざかるガミメスの背を見送っている。
「そう。お前たちが気を失っているあいだに、『イルミネーション』の薬を振りかけておいたのだ。狩猟用に改良されたもので、水などで落ちることはない。別の薬でも使わぬかぎり、光を放ちつづける、強力な代物よ」
ワッサーはティフォンへ視線を落とし、ニッタァァ……! と笑った。
「私は、自由の身にしてやるとは言った。だが、また捕まえないとは、一言も言っていないのでね……!」
「こ……この変態! わたしたち精霊を、逃がしたり捕まえたりして、いったいなにがしたいの!?」
しかし、ティフォンの声は、「よーし、精霊狩りだぁーーーーっ!」と息巻く猟師たちの歓声に、かき消されてしまう。
「今回は、私も出向くとしよう」
と、低く宣言するワッサー。
「あのガミメスとかいう家畜は、自分だけ助かるために、仲間の家畜を犠牲にした。しかも、醜い本性を曝けだしてまで、な。実に愚かだ……。そうまでして生きようとした家畜が捕まったとき、罪悪感のあまり、かつてないほどの極上の絶望に見舞われるであろう」
「より絶望させるために、わざと逃がしたっていうの!? 最低っ!」
と、声を震わせるティフォン。
狩りの支度を終えたノッポ猟師が、ワッサーに尋ねた。
「ワッサー様が行かれるなら、このティフォンとラギとかいう家畜は、どうしましょう? 誰か、見張りを残しますか?」
「いらん、捨て置け。風の精霊と、幼い木の精霊であれば、この状態から逃げられはせん。それに……これから捕まる家畜と、繋がれたままの家畜。どちらの絶望が味わい深いかは、比べるまでもない」
「へいっ! 野郎ども、準備はできたか!? いくぞーっ!」
ティフォンは、小さくなっていくガミメスへ、祈るような視線を向ける。
「に……逃げて、ガミメスちゃん……!」
















