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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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38 鼻毛の錬金術師2(後編)

 このまま醜く争ってくれれば、絶望の『深み』は、いっそう増すというもの。

 ワッサーはそんな期待に目を輝かせていた。だが、ティフォンが涙ぐんでうつむき、ふっつりと黙り込んでしまうと、その興も冷めていく。


 いっぽうのガミメスは、ワッサーの表情の変化を見逃さなかった。


「ふむ……では、一匹目は決まりだな」


 ワッサーが顎で命じると、猟師のひとりがガミメスの縄をほどく。

 ガミメスは寝返ったかのように、ワッサーの隣へ仁王立ちする。


「さて、次は……」


 と、ワッサーがラニとラギに視線を移す。


「どちらが助かりたいかね?」


 すると、ラニが口をぱくぱくさせる。

 なにかを懸命に言おうとしているようだが、言葉にならない。代わりに、ラギが焦った様子で叫ぶ。


「ら……ラニを……ラニを助けて!」


 姉妹の妙な反応に、ワッサーは一瞬いぶかしげな顔をしたが、すぐに「考えすぎか」とばかりに肩をすくめる。


「ふむ。本人の立候補が望ましいのだが……まあ、美しい姉妹愛に免じよう」


 それから、ラニが解き放たれる。ラニは、ガミメスに寄り添うように立つ。

 ワッサーは、自由になったガミメスとラニ、そして取り残されるティフォンとラギを、ぐるりと眺め回しながら言う。


「さて、最後に言っておきたいことはあるかね? これが、今生の別れとなるかもしれぬよ?」


 すると、またしてもラニが口をぱくぱくさせる。まるで、水から出た金魚のように。

 そんなラニを押しやるようにして、ガミメスが口を開いた。


「最後なら、言わせて!」


 ガミメスは冷たい目で、うつむいたままのティフォンを睨みつける。


「ハッキリ言っとくけど、あたしは助けを呼びになんか行かないから。ティフォン、あんたのことは死んだってことにして、さっさと逃げるから」


「えっ……!?」


 泣きべその顔を上げるティフォン。


「ってか、なんでそんな顔すんの? そんなの当たり前じゃん!」


 嘲り笑うガミメス。


「だってあんたのこと、マジで心底ウザいって思ってたんだから! むしろ、離れられてせいせいするよ! ううん、いっそここで、ワッサー様にめちゃくちゃにされて死んで!」


「ひ……ひどいよ、ガミメスちゃん……! わたしはずっと、お友達だと思ってたのに……!」


「きゃはっ! 本気で、あたしと友達になれると思ってたの? あたしはずっと、イザって時に切り捨てるための、トカゲのしっぽだと思ってたのに!」


「そ……そんな……!」


 打ちひしがれるティフォンに、ガミメスはべーっと舌を出して、これでもかと煽り立てる。


「ざぁこ、ざぁこ、ざぁこぉ~~~! 信じてた相手に裏切られて、いま、どんな気持ち? ねぇねぇ、どんな気持ちぃぃ~~~? 泣いちゃう? 泣いちゃう? 泣いちゃいたいよねぇ~~~?」


「が……ガミメスちゃんのばかぁーーーーっ!!」


 突風が起こり、ガミメスのふたつに結った髪と、ガウンの裾が激しくはためく。


「縛られてちゃ、その程度の風しか起こせないよねぇ~~~! ああ、涼しい~~~! きゃははははは!」


 腹を抱えて爆笑するガミメス。その姿を、極上の獲物を見つけたハイエナのような目で見つめるワッサー。

 なんと清々しい裏切りだろう。これほどのものには、久しくお目にかかっていない。ここからはきっと、極上の絶望が得られるに違いない。


 視線を感じたのか、ガミメスがワッサーへ声をかける。


「ワッサー様、もういい? わたしたち、行っても」


「ああ。キミたちは自由の身だ。どこへなりとも、いくがいい」


 ガミメスはラニを引きつれ、早足で野営地を離れ、獣道へと入っていく。

 暗がりに、ふたりの姿が消えたかと思うと、その身体が、まるで全身をきらびやかな光で飾りたてられたかのように、まぶしく輝きだした。


「「なっ……!?」」


 茂みの中のガミメスと、木に縛りつけられたままのティフォンの声が、同時にハモる。

 ガミメスは一瞬だけ立ち止まる。なにかに気づいたように……。そして、猟師の本当の狙いを察したウサギのごとく、全力で走り去っていく。


 ティフォンは、ワッサーをワナワナと見上げた。


「まさか……!?」


 ワッサーは鼻毛を人さし指と親指でつまんで撫でながら、遠ざかるガミメスの背を見送っている。


「そう。お前たちが気を失っているあいだに、『イルミネーション』の薬を振りかけておいたのだ。狩猟用に改良されたもので、水などで落ちることはない。別の薬でも使わぬかぎり、光を放ちつづける、強力な代物よ」


 ワッサーはティフォンへ視線を落とし、ニッタァァ……! と笑った。


「私は、自由の身にしてやるとは言った。だが、また捕まえないとは、一言も言っていないのでね……!」


「こ……この変態! わたしたち精霊を、逃がしたり捕まえたりして、いったいなにがしたいの!?」


 しかし、ティフォンの声は、「よーし、精霊狩りだぁーーーーっ!」と息巻く猟師たちの歓声に、かき消されてしまう。


今回(・・)は、私も出向くとしよう」


 と、低く宣言するワッサー。


「あのガミメスとかいう家畜は、自分だけ助かるために、仲間の家畜を犠牲にした。しかも、醜い本性を曝けだしてまで、な。実に愚かだ……。そうまでして生きようとした家畜が捕まったとき、罪悪感のあまり、かつてないほどの極上の絶望に見舞われるであろう」


「より絶望させるために、わざと逃がしたっていうの!? 最低っ!」


 と、声を震わせるティフォン。


 狩りの支度を終えたノッポ猟師が、ワッサーに尋ねた。


「ワッサー様が行かれるなら、このティフォンとラギとかいう家畜は、どうしましょう? 誰か、見張りを残しますか?」


「いらん、捨て置け。風の精霊と、幼い木の精霊であれば、この状態から逃げられはせん。それに……これから捕まる家畜と、繋がれたままの家畜。どちらの絶望が味わい深いかは、比べるまでもない」


「へいっ! 野郎ども、準備はできたか!? いくぞーっ!」


 ティフォンは、小さくなっていくガミメスへ、祈るような視線を向ける。


「に……逃げて、ガミメスちゃん……!」


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