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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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37 鼻毛の錬金術師2(前編)

「ん……んん……?」


 パチパチと焚火の弾ける音に、ティフォンが目を覚ます。

 そして、すぐに身体の違和感に気づいた。ハンモックで寝ていたはずなのに、いまは立たされたまま、自由がきかない。


「な……なに……? なにが……どうなって……?」


 霞んでいた視界が、じょじょに像を結んでいく。


「えっ!? どこ、ここ!?」


 そこは、森が切り開かれた場所。見知らぬ野営地の、まっただ中だった。

 焚火や天幕、魔導馬車が並び、かがり火台まで灯されていて、あたりは煌々と明るい。焚火のまわりでは、猟師のような格好の男たちが寛いでいる。


 ティフォンが左右を見回すと、右側の木には、自分と同じように幹へ縛りつけられたガミメス。さらにその奥には、見知らぬ木の精霊の姉妹が、ラニ、ラギの順に縛りつけられている。


「が……ガミメスちゃん! 起きて! なんか大変なことになっちゃってる!」


 しかし、返ってきたのは、思いも寄らぬ答えだった。


「……うるさいな」


 ガミメスは縛られた体勢で首をだらんと垂らしているが、意識はあるらしい。


「えっ?」


「……黙って……」


「って、なにをいってるの!? あっ、寝ぼけてるの!? いいから起きて、大変なことになってるんだって! そっちの子たち、大丈夫!?」


 ティフォンはすっかり気が動転して、木の精霊の少女たちにも大声で呼びかける。少女たちは気を失っているようだが、その声に、身体をピクリと震わせた。

 だが、ティフォンの声に反応したのは、精霊たちばかりではない。


「ああ、やっと気づいたか」


 焚火を囲んでいた猟師たちが、いっせいに振り返る。


「なに、あなたたち!? ここ、どこ!? ユニバスくんは!?」


「そんなヤツは知らねぇなぁ!」


「でも大丈夫、すぐに忘れさせてやるぜ!」


「ちょうど、腹もいっぱいになったことだし……!」


「げへへ……!」


 と、立ち上がり、壁のように迫ってくる猟師たち。誰もが革帯を緩めているのを見て、精霊たちは戦慄する。

 急に顔を上げたガミメスが、「うわぁ、なにこの変態どもっ!」と、嫌悪感をあらわにした。


「えっ……なんで……!? なんでこの人たち、革帯を緩めてるの!?」


 ドン引きのティフォン。


「げっへっへっへ……!」


 猟師たちがひときわ嫌らしく笑う。


「そりゃ、食いすぎて腹がきついからだよ……!」


「えっ……」


「あ、そうなんだ……」


 少し拍子抜けした様子の、ガミメスとティフォン。

 腹をさする猟師たちの人垣を割って、ワッサーが現れる。コートの前をだらしなくはだけさせ、きわどい半裸をこれ見よがしに晒しているので、いっそう不気味だ。


「うわっ、今度こそ本物の変態が出てきた!」


 げんなり顔で吐き捨てるガミメス。


「な……なに、あなた!?」


 おびえた声をあげるティフォン。


「精霊の質問に、答える義務などない。家畜が鳴いても、人間に聞き入れられるとはかぎらぬように」


 いきなりの家畜呼ばわりに、ティフォンとガミメスが「なっ!?」と激昂する。だが、縛られていてはどうにもできず、「ウーッ!」と、噛みつきそうな顔で唸ることしかできない。


「私は、無駄なおしゃべりが嫌いなのだよ。よって、単刀直入に尋ねる。隠れ里はどこだ」


「へっ? それって、紅茶とかに入れる、四角いお砂糖のこと?」


 大真面目に問い返すティフォン。


「それは角砂糖だな」


 生真面目に訂正するワッサー。


「うわぁ、そのニヤケ顔、超キモいっ!」


 いやそうに顔をしかめるガミメス。


 容姿を攻撃されても、ワッサーの堂々たる態度は崩れない。


「これからキミたちに尋問を行なう。とぼけても構わないが、辛くなるだけだと言っておこう」


「それこそ無駄なおしゃべりだよ! だってわたし、ホントに知らないもん!」


 強気に言い返すティフォン。


「ふふ。私は、無駄な抵抗は嫌いではないのだよ」


 そう言いながら、ワッサーはコートの中から、灰色の液体が入った試験管を一本、取り出す。


「なぜならば……抵抗をすればするほど、絶望はより濃く、深く増していくのだから、ね」


 試験管の液体を、ほんの一滴だけ地面に垂らす。

 灰色の雫がぽたりと葉に落ちた途端、葉は灰と化したように崩れる。生い茂っていたはずの草もろとも、そのまわり一帯が、ひとかかえほどにわたって、一瞬で砂地に変わってしまう。


 これにはティフォンも、ラニとラギも、「ひっ……!?」と青ざめた。


「こ……この人やばい! いろんな意味でやばすぎる! ガミメスちゃん、どうしよう!?」


「ざぁこ、ティフォンってばビビりすぎ! あれって、木と風の反属性の薬でしょ? あたしには関係ないし!」


「でもこの人、なんかへんな薬みたいなのいっぱい持ってるよ! へんなのは顔だけでじゅうぶんなのに! きっと、炎の反属性の薬も……!」


「そんなのわかってるよ! ギャーギャー騒がないで!」


 言い合う精霊姫たちを見て、ワッサーは満足そうだ。


「これは、私が与える苦痛の、第一段階に過ぎない。しかし受け続ければ、二度と見られぬ顔になるだろう。そして第二段階になると、失禁する。命はあるが、精霊としての尊厳を完全に失うことになる。そして、第三段階は……」


 精霊姫たちが、ごくり、と生唾を飲み込む。


「正気を失い、尊厳どころか命ですらどうでもよくなる。この時点で白状したところで、もはや生き続ける意味のない状態だ。ここまでの痩せ我慢は、私としてもお勧めしないがね」


 淡々とおぞましいことを口にするワッサーは、まるで非情な拷問官のよう。精霊姫たちは、心胆を寒からしめられたような顔ですっかり黙り込んでしまった。


「さっそく尋問を開始したいところだが……その前に、ひとつチャンスをやろう。このなかの二匹を自由の身にしてやる。ただし……」


 ワッサーはティフォンとガミメスを指さして「こっちの二匹のうち、一匹」、それからラニとラギを指して「こっちの二匹から、一匹」と告げる。

 つまり、ラニとラギは同時には自由になれず、ティフォンとガミメスもまた、同時には自由になれない。組み合わせは「ティフォンとラニ」「ティフォンとラギ」「ガミメスとラニ」「ガミメスとラギ」の、いずれかだ。


「なんで、そんな意地悪するの!? 全員自由にしてよ、けち!」


 ティフォンが言い返すが、ワッサーは軽く受け流す。


「さて。自由になりたければ、立候補したまえ」


「そんなの、するわけないよ!」


 ティフォンは一蹴した。だが、ガミメスは即答だった。


「そんなの、あたしが自由になるに決まってるじゃん!」


「えっ、ガミメスちゃん!?」


「だいいち、ティフォンがどうなろうと、あたしは知ったことじゃないし!」


「そんな……!?」


 ショックに打ちひしがれ、ティフォンは言葉を失った。



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