37 鼻毛の錬金術師2(前編)
「ん……んん……?」
パチパチと焚火の弾ける音に、ティフォンが目を覚ます。
そして、すぐに身体の違和感に気づいた。ハンモックで寝ていたはずなのに、いまは立たされたまま、自由がきかない。
「な……なに……? なにが……どうなって……?」
霞んでいた視界が、じょじょに像を結んでいく。
「えっ!? どこ、ここ!?」
そこは、森が切り開かれた場所。見知らぬ野営地の、まっただ中だった。
焚火や天幕、魔導馬車が並び、かがり火台まで灯されていて、あたりは煌々と明るい。焚火のまわりでは、猟師のような格好の男たちが寛いでいる。
ティフォンが左右を見回すと、右側の木には、自分と同じように幹へ縛りつけられたガミメス。さらにその奥には、見知らぬ木の精霊の姉妹が、ラニ、ラギの順に縛りつけられている。
「が……ガミメスちゃん! 起きて! なんか大変なことになっちゃってる!」
しかし、返ってきたのは、思いも寄らぬ答えだった。
「……うるさいな」
ガミメスは縛られた体勢で首をだらんと垂らしているが、意識はあるらしい。
「えっ?」
「……黙って……」
「って、なにをいってるの!? あっ、寝ぼけてるの!? いいから起きて、大変なことになってるんだって! そっちの子たち、大丈夫!?」
ティフォンはすっかり気が動転して、木の精霊の少女たちにも大声で呼びかける。少女たちは気を失っているようだが、その声に、身体をピクリと震わせた。
だが、ティフォンの声に反応したのは、精霊たちばかりではない。
「ああ、やっと気づいたか」
焚火を囲んでいた猟師たちが、いっせいに振り返る。
「なに、あなたたち!? ここ、どこ!? ユニバスくんは!?」
「そんなヤツは知らねぇなぁ!」
「でも大丈夫、すぐに忘れさせてやるぜ!」
「ちょうど、腹もいっぱいになったことだし……!」
「げへへ……!」
と、立ち上がり、壁のように迫ってくる猟師たち。誰もが革帯を緩めているのを見て、精霊たちは戦慄する。
急に顔を上げたガミメスが、「うわぁ、なにこの変態どもっ!」と、嫌悪感をあらわにした。
「えっ……なんで……!? なんでこの人たち、革帯を緩めてるの!?」
ドン引きのティフォン。
「げっへっへっへ……!」
猟師たちがひときわ嫌らしく笑う。
「そりゃ、食いすぎて腹がきついからだよ……!」
「えっ……」
「あ、そうなんだ……」
少し拍子抜けした様子の、ガミメスとティフォン。
腹をさする猟師たちの人垣を割って、ワッサーが現れる。コートの前をだらしなくはだけさせ、きわどい半裸をこれ見よがしに晒しているので、いっそう不気味だ。
「うわっ、今度こそ本物の変態が出てきた!」
げんなり顔で吐き捨てるガミメス。
「な……なに、あなた!?」
おびえた声をあげるティフォン。
「精霊の質問に、答える義務などない。家畜が鳴いても、人間に聞き入れられるとはかぎらぬように」
いきなりの家畜呼ばわりに、ティフォンとガミメスが「なっ!?」と激昂する。だが、縛られていてはどうにもできず、「ウーッ!」と、噛みつきそうな顔で唸ることしかできない。
「私は、無駄なおしゃべりが嫌いなのだよ。よって、単刀直入に尋ねる。隠れ里はどこだ」
「へっ? それって、紅茶とかに入れる、四角いお砂糖のこと?」
大真面目に問い返すティフォン。
「それは角砂糖だな」
生真面目に訂正するワッサー。
「うわぁ、そのニヤケ顔、超キモいっ!」
いやそうに顔をしかめるガミメス。
容姿を攻撃されても、ワッサーの堂々たる態度は崩れない。
「これからキミたちに尋問を行なう。とぼけても構わないが、辛くなるだけだと言っておこう」
「それこそ無駄なおしゃべりだよ! だってわたし、ホントに知らないもん!」
強気に言い返すティフォン。
「ふふ。私は、無駄な抵抗は嫌いではないのだよ」
そう言いながら、ワッサーはコートの中から、灰色の液体が入った試験管を一本、取り出す。
「なぜならば……抵抗をすればするほど、絶望はより濃く、深く増していくのだから、ね」
試験管の液体を、ほんの一滴だけ地面に垂らす。
灰色の雫がぽたりと葉に落ちた途端、葉は灰と化したように崩れる。生い茂っていたはずの草もろとも、そのまわり一帯が、ひとかかえほどにわたって、一瞬で砂地に変わってしまう。
これにはティフォンも、ラニとラギも、「ひっ……!?」と青ざめた。
「こ……この人やばい! いろんな意味でやばすぎる! ガミメスちゃん、どうしよう!?」
「ざぁこ、ティフォンってばビビりすぎ! あれって、木と風の反属性の薬でしょ? あたしには関係ないし!」
「でもこの人、なんかへんな薬みたいなのいっぱい持ってるよ! へんなのは顔だけでじゅうぶんなのに! きっと、炎の反属性の薬も……!」
「そんなのわかってるよ! ギャーギャー騒がないで!」
言い合う精霊姫たちを見て、ワッサーは満足そうだ。
「これは、私が与える苦痛の、第一段階に過ぎない。しかし受け続ければ、二度と見られぬ顔になるだろう。そして第二段階になると、失禁する。命はあるが、精霊としての尊厳を完全に失うことになる。そして、第三段階は……」
精霊姫たちが、ごくり、と生唾を飲み込む。
「正気を失い、尊厳どころか命ですらどうでもよくなる。この時点で白状したところで、もはや生き続ける意味のない状態だ。ここまでの痩せ我慢は、私としてもお勧めしないがね」
淡々とおぞましいことを口にするワッサーは、まるで非情な拷問官のよう。精霊姫たちは、心胆を寒からしめられたような顔ですっかり黙り込んでしまった。
「さっそく尋問を開始したいところだが……その前に、ひとつチャンスをやろう。このなかの二匹を自由の身にしてやる。ただし……」
ワッサーはティフォンとガミメスを指さして「こっちの二匹のうち、一匹」、それからラニとラギを指して「こっちの二匹から、一匹」と告げる。
つまり、ラニとラギは同時には自由になれず、ティフォンとガミメスもまた、同時には自由になれない。組み合わせは「ティフォンとラニ」「ティフォンとラギ」「ガミメスとラニ」「ガミメスとラギ」の、いずれかだ。
「なんで、そんな意地悪するの!? 全員自由にしてよ、けち!」
ティフォンが言い返すが、ワッサーは軽く受け流す。
「さて。自由になりたければ、立候補したまえ」
「そんなの、するわけないよ!」
ティフォンは一蹴した。だが、ガミメスは即答だった。
「そんなの、あたしが自由になるに決まってるじゃん!」
「えっ、ガミメスちゃん!?」
「だいいち、ティフォンがどうなろうと、あたしは知ったことじゃないし!」
「そんな……!?」
ショックに打ちひしがれ、ティフォンは言葉を失った。
















