36 鼻毛の錬金術師1(後編)
少女はふたりとも木の精霊で、背丈は人間の子どもと同じくらい。
花の刺繍があしらわれた、民族衣装風の白い衣にフードをかぶり、足元はサンダルという軽装だ。小さな肩かけ袋を提げている。
見た目がよく似ていて、双子の姉妹のようだった。
「大丈夫? ラニ、しっかりして」
姉のほうらしい少女が、妹らしい少女を支えて立ち上がろうとする。
そこへワッサーが歩み寄り、ふたりの身体に両腕をまわして、ひょいと抱え上げる。
「あっ」
「きゃ」
怯える少女たちに、ワッサーが笑みを向ける。だが、その目はまるで笑っていない。
「怖がることはない。私は国家錬金術師のワッサー。偉大なる正義の錬金術師だ。お嬢ちゃんたち、お名前は?」
「わ……私はラギ……こっちはラニ……」
ラニのほうは震えるばかりで、代わりに、ラギが気丈に答える。
「かわいい名だ。こんな夜遅くに、なにをしていたのかね?」
「その……」
と、言い淀むラギ。
「……ユ……勇者様に……会いたくて……。ふたりで、旅を……」
「ほう。こんなに幼いのに旅とは。よっぽど、勇者様にお仕えしたいのだな」
「い……あ、はい……」
「ならば私が、勇者様のところへ連れていってあげよう。私は勇者様に、ポーションを提供していたこともあるのだよ」
「あ……いえ……いいです……」
「遠慮することはない。もう夜も遅いから、村まで送ってあげよう」
だが、その裏で、ワッサーは企んでいた。
この幼子たちの軽装ぶりからして、家出したばかりに違いない。地図によれば、この近くに人里はない。ということは、やはりこの森のどこかに『精霊の隠れ里』があるはずだ。
隠れ里は極秘の存在で、精霊たちは決して口外しない。たとえ命を盾に脅したところで、口を割らないという。
ワッサーは、邪悪な笑みを禁じえない。
しかし、相手が幼子なら話は別。今宵は、たっぷり楽しませてもらおう。
「村に帰りたくないのかな? ならばひとまず、私たちの野営地に来るといい。そこで夜を明かそう」
「い……いえ、いいです……」
ラギはワッサーの腕から抜けだそうとするが、たくましい腕はびくともしない。
「もしかして、私が精霊狩りだとでも思っているのかね? 大丈夫、私はウソを一度もついたことがない。ちゃんと、勇者様のところへ連れて行ってあげよう」
もっとも、その幼い姿形がじきに大きく変わり果てることを、この男はひとり、胸の内でほくそ笑んでいる。
「じゃ、行こうか」
「や……やめて、離してぇ」
ラギはとうとう暴れだし、ラニはシクシクと泣き出す。
しかしワッサーは気にもとめず、猟師たちに声をかけて歩きだした。
「よし、野営地に戻るぞ」
「へい!」
と、あとに続く猟師たち。
ワッサーは来た獣道を戻り、茂みを破って、整地された森の通りへ出る。
すると、道の反対側に広がる森で、木にハンモックが掛かっているのが目に入った。
「おや……?」
近づいてみると、そこには……。
「おお、美しい……! まるで、月光に横たわる眠り姫ではないか……!」
ハンモックで眠っていたのは、ティフォンとガミメスだ。
猟師たちは彼女たちを取り囲み、その安らかな寝顔、そして無防備な肢体、とりわけ、はだけたガウンからのぞく鎖骨や太ももを、舐めるように覗き込む。
「すげぇ、とんでもねぇお宝だ!」
「二匹ともまだガキだが、将来は上玉になるぞ!」
「こんだけのタマなのに、首輪や烙印がどこにもねぇな?」
「まさか野良精霊? でも、なんでこんなところに寝てやがるんだ?」
「それに野宿するにしたって、まわりには馬一匹どころか、荷物ひとつねぇなんて……」
「あっ、ひょっとして……」
猟師たちが、一斉にワッサーを見る。彼らも、ようやく気づいたようだ。
「そう。精霊どもの巣は、間近だ」
ワッサーはラニとラギを抱えたまま、コートから、紫色の液体が入った試験管を取り出す。
そして、猟師たちを一瞥して言う。
「布かなにかで、己の鼻と口を塞ぐのだ」
「へ?」
意味がわからない様子の猟師たち。
「鼻毛をぜんぶ抜かれても目覚めぬほど、深い眠りにつきたいのなら、止めはせぬがね」
その一言に、猟師たちは慌ててボロ布で鼻と口を覆う。
「スリーピング・ビューティー……!」
ワッサーの宣言とともに試験管の栓が抜かれ、紫色の煙が、モヤモヤと立ちのぼる。
間近にいたラニとラギは「ふぁ……?」と寝ぼけ眼になり、そのままコテンと眠ってしまう。
煙を浴びたティフォンとガミメスは寝相を崩し、「ぐがー」とイビキをかき、鼻ちょうちんまでふくらませて、いっそう深く眠りこける。
さきほどワッサーに吊し上げられたデブ猟師が、ボロ布で口を押さえたまま、隣のノッポ猟師に尋ねた。
「なぁ、なんでワッサー様は『スリーピング・ビューティー』を嗅いでも平気なんだ?」
「鼻毛だよ。あの鼻毛が、マスクのかわりになってるんだ」
「あ、そういうことか」
「無駄なおしゃべりはやめて、このメスブタどもを野営地まで運ぶのだ」
ワッサーの命令に、猟師たちは精霊姫を抱っこしたくて、我先にと立候補する。
「お……俺が! 俺が運ぶ!」
「バカ、俺が運ぶに決まってるだろ!」
「よし、なら、くじ引きだ!」
夜の森で大騒ぎする猟師たち。早々とくじ引きに負けたノッポ猟師が、ワッサーに言った。
「あの、ワッサー様! 誰もいねぇハンモックがありやす! どっかに、もう一匹いるんじゃ……?」
「捨て置け。巣の場所がわかれば、精霊などいくらでも手に入るのだからな」
「へい!」
やがて、男たちの足音が、夜の森へと遠ざかっていく。
あとにはただ、主のいないハンモックだけが、夜風にゆらり、ゆらりと揺れていた。
















