35 鼻毛の錬金術師1(前編)
夜も更け、いっそう闇を深めていく森。
ヤブに隠された獣道を切り開くようにして、男たちの集団が歩いていく。
総勢十一名。先頭に立つのは、地元の猟師めいたいでたちの、野性味あふれる男だ。
高出力の魔導ランタンをかざし、あたりを煌々と照らしている。
「本当に、こんな森の奥にあるんですかい?」
男が振り返ると、後ろには似たような猟師風の男たち。
その集団の中央に、ひとりだけ明らかに毛色の異なる者がいる。夜狩りに出た貴族のような、立派なコートに身を包んだ男だ。
割れた顎と、鼻下にたくわえられたフサフサの毛が、その顔をやけに印象づけている。
コートの胸には、ヴォエラニアンと同じ紋章が縫いつけられていた。
男はたしなむような面持ちで、猟師たちのランタンを頼りに広げた地図を眺めている。
「うむ。必ずやここに、『精霊の隠れ里』がある。私の錬金術師としてのカンが、そうささやいているのだ」
隣のノッポ猟師が、揉み手をしながら相槌を打つ。
「なら、間違いありやせん! なにせプロフェッサー・ワッサーフォックス様は、泣く子もひれ伏す国家錬金術師様なのですから!」
「ふむ。私のことは親しみを込めて、ワッサーと呼びたまえ」
と、満更でもなさそうなワッサーフォックス。
負けじと、反対隣のデブ猟師もおべっかを使う。
「そうそう! 肩書きだけじゃなく、見た目までご立派とは! ワッサー様のその口ヒゲ、惚れ惚れしまさぁ!」
さっそくワッサーと呼ばれた男が、ピタリと足を止める。
取り巻きの猟師たちも足を止め、不思議そうにワッサーを見た。
ワッサーは、バッ! とコートをめくる。
その下からあらわになったのは、きわどい革帯で肌を締めあげた、あられもない半裸の身体。
衝撃的な姿だが、猟師たちはもう見慣れているので、誰も驚かない。
コートの裏には試験管がびっしりと並び、ワッサーはそのうちの、緑色の液体が入った一本を抜き取る。
そして上を向き、大きく口を開けて舌を出すと、これ見よがしに液体を舌へ垂らして飲み込んだ。
次の瞬間、その両腕がぐぐっと膨れ上がり、コートの袖がバンッ! と破れ、袖なしへと変わる。
「ひいっ!?」
弾け飛んだ生地に、猟師たちが後ずさる。
気づけば、口ヒゲを誉めたデブ猟師が、宙高くに吊り上げられていた。
デブ猟師はワッサーの三倍はあろうかという大男だが、そのワッサーの両腕には人ならざる筋肉が盛り上がり、片手で猟師の喉仏を掴んだまま、軽々と宙へ持ち上げている。
デブ猟師は、いきなりの暴挙にわけもわからず、苦悶の表情で足をジタバタさせる。
「な……なぜっ……!? く……苦し……! お、お許し……をっ……!」
「アルケミスト・バスターっ!」
ワッサーは技名のようなものを叫び、デブ猟師を投げ飛ばす。大男は背中から、「ぐはっ!?」と木にぶつかる。
夜の闇へ、鳥たちが一斉にはばたいていく。その巨体は木の幹に沿ってズルズルと落ち、地面に尻もちをついた。
「ば……バカ野郎っ!」
仲間の猟師たちがデブ猟師に駆け寄る。助け起こしながら、小声で鋭くささやいた。
「ワッサー様のアレは口ヒゲじゃねぇ、鼻毛だ!」
「それを間違えるなんて、テメェは命知らずかよ!」
「し……知らなかったんだ……!」
と、しゃがれ声をあげるデブ猟師。
「でも、あそこまで怒らなくても……!」
「バカ、知らねぇのかよ!」
別の猟師が、声をひそめて続ける。
「ワッサー様はかつて勇者パーティにポーションを提供して、陰ながら英雄たちを支えたんだぞ!」
「それだけじゃねぇ、精霊の力による『精霊金術』っていう、新しい錬金術を作り出されたんだ!」
「その偉大なる功績から『次世代錬金術の父』と呼ばれ、フーリッシュの国王からも二つ名を授けられたんだ! その名も……!」
ボソボソとささやかれたその名を、デブ猟師は思わず叫んでいた。
「はっ……『鼻毛の錬金術師』っ……!?」
月を背に、岩の上へ立つワッサーを、猟師たちが見上げる。
ワッサーは、夜風に揺れる鼻毛を指で撫でながら言う。
「水、三十五……!」
そこまでは堂々としていたのに、急に言い淀む。
「水、三十五……キロ……? あとは、炭……いや、水素……?」
コホンと咳払いをして、言い直す。
「水、半分……! 人間は、半分が水でできている……! だが私の半分は、偉大さだ……! この鼻毛は、我が内にあるものが、しとどに漏れ出したもの……! 偉大さの具現化であると、肝に銘じよ……!」
「はっ……ははぁぁぁーーーーっ!!」
ひれ伏す猟師たち。
と、不意にガサリと茂みが揺れる。
ワッサーは、まるで得物を抜き打つような鋭い手つきで、コートの中から、赤い液体の入った試験管をすばやく取り出す。
「ベノメノン・クラッシュ!」
試験管は、抜き放った勢いのまま茂みへ投げつけられ、ドンッ! と爆発する。
茂みの中から、「きゃあっ!?」と、ふたりの少女が倒れ出てくる。
その耳を見て、ワッサーが目を細める。三日月の形に吊り上がった唇から、「おやおや」と、ねっとりした声が漏れる。
「幼き精霊たちであったか」
















