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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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34 精霊金術2

「うわあっ!?」


「ざぁこ、誰っ!?」


 精霊姫たちが、そろってギョッとなる。


「も……もしかして、ユニバス、くん……?」


 おそるおそる、といった調子でティフォンが尋ねてくる。


「ああ」


 俺は、右の頬に浮かんだ大きな傷のようなものを指で示しながら、うなずいた。


「さっきの薬を、頬に塗ってみたんだ。この薬は粉末状だけど、肌に触れると粘液状になる。そうして少量を顔に塗ると、薬の効果で、別人のように見えるんだ」


「ああ、それで『目くらましの薬』なんだね」


 合点がいったのか、ティフォンが浮かんだ傷を興味津々に凝視して、クンクンと匂いを嗅いでくる。


「ユニバスくん、いつも以上にいいニオイがする……」


 どこかトロンとした表情になるティフォン。


「フェロモン草が原料だからな」


「でも、別人のように見えるっていうけど、そこまででもないような……? 最初に見たときは誰かと思ったけど、いまではユニバスくんに見えるよ?」


「俺のことを強く意識している相手には、効き目が薄いんだ。だけど、俺のことをあまり知らない相手や、知っていても興味を抱いていない相手には、別人に見えると思う」


「それにしてもキモっ。なんだか偽物……代理ユニバス様みたい!」


「なんだよそれ。代理勇者ならわかるけど……」


 ガミメスの何気ない一言を、俺は冗談だと思っていた。

 だが、ティフォンは「え、知らないの?」と、いたって大真面目だ。


 彼女の話によると、精霊界では、俺に似た精霊を『代理ユニバス』と呼んで見立てているらしい。そして、その『代理ユニバス』になれるのは、精霊にとって大変な名誉なのだという。

 当の俺はといえば、とうてい信じられない。これまで信じてきた常識が、足元で軽くぐらつくのを覚える。


「う……うそだろ?」


「ウソじゃないよ」


 と、ティフォンが即答する。


「ざぁこ。代理ユニバス様っていったら、精霊界じゃ当たり前の存在だよ。っていうか、人間界の代理勇者のほうが、よっぽど信じらんないし」


「それ、わたしも思った! イドオンちゃんの村で初めて代理勇者を見たとき、ゾワゾワってしちゃった! ただでさえゴキブリみたいなヤツなのに、本当のゴキブリみたいに増えるなんて!」


 ガミメスも想像してしまったのか、鳥肌が立ったように身体を震わせる。


「ざぁこっ! もう、ゴキブリの話なんてやめて! そんなことより、ユニバス様、なんでそんな薬を作ったの?」


「リングラッドに逃げ込んだ俺たちを、ポーキュパイン様が指名手配しているかもしれない。これを塗っておけば、少しは誤魔化せるんじゃないかと思ってな」


「なるほど!」


 と、ティフォン。


「それに関連して、ちょっと欲しい素材があるんだ。ふたりとも、協力してくれるか?」


「「なに?」」


 精霊姫たちの声がそろう。


「『目くらましの薬』は肌に塗ると、塗り伸ばすことはできても、簡単には落とせないんだ。だから、専用の落とし液を作りたいんだ。その素材として……」


 俺は、テーブルに置いてあったふたつのシャーレを差し出した。


「唾液を、分けてくれるか?」


 こちらは屈託のない笑顔のつもりだったのだが、精霊姫たちはふたりとも、髪の毛が逆立つくらいに仰天した。


「「だ……唾液っ!?」」


「ああ。この薬は塗り伸ばせば効果が薄れるんだけど、完全に落とすには、精霊の唾液が必要なんだ」


 それから、小一時間後。

 ふたりの精霊姫は、調合室の片隅で壁に向かって正座をして、真っ赤な顔でイヤイヤと首を振っていた。


「は……恥ずかしかったぁ……!」


「ざぁこ。この程度のことで恥ずかしがるなんて……キャッ!」


 いつも斜に構えているガミメスまで、めずらしく興奮してはしゃいでいる。


「イズミちゃんがユニバスくんに、涙や水をあげてたけど……ユニバスくんに、身体から出たものをあげるのって、こんなにドキドキするものだったんだね!」


「えっ、イズミって、この感覚をいつも味わってたの? それって、ずるくない?」


「うひゃあっ! あげたときのこと思い出しちゃった! ああっ、またドキドキしてきた!」


「もう、言わないでティフォン! せっかく落ち着きかけてたのに!」


「うれしいね、ユニバスくんに初めての唾液をあげられて! ガミメスちゃん、ふたりでユニバスくんに、お礼を言おうよ!」


「む……無理無理無理! いまユニバス様の顔を見たら、どうにかなっちゃう!」


「ああっ、わたしも! 心臓がボーンって、爆発しちゃうかも!」


 いつもはあまり仲の良くないふたりも、唾液をあげるという同じ緊張を味わったことで、すっかり意気投合しているようだった。

 ヒソヒソと交わされるその声は、俺のところまでは届いていない。


 俺は、小瓶のなかの虹色の液体ごしに、そんなふたりの背中を見つめていた。


「精霊たちのこの一滴一滴が、人間という存在を、ここまで大きくしてくれたんだ……」


 精霊の身体にあるものは、どれも錬金術の素材となる。精霊たちは人間の役に立つことを喜びとしているが、なかでも素材を提供するのは、特別な行為なのだという。

 例えるなら、我が子に母乳を与える母親のような気持ち。だとすれば、あのふたりにとっては、今のは一世一代の出来事だったのかもしれない。


「なのに俺は、簡単にくれなんて言ってしまった」


 俺は立ち上がると、背後からふたりに歩み寄り、まとめて包み込むように抱きしめた。


「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」


「「ひゃっ、ひゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」


 爆発したような悲鳴が耳元で響きわたり、俺はそのまま、ひっくり返ってしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから俺が馬車の外に出ると、ティフォンとガミメスもついてくる。

 外はすっかり暗くなっていて、月明かりがさんさんと降りそそいでいる。


 森を吹き抜けるそよ風。運ばれてくる緑の香りが心地よく、ティフォンは気持ちよさそうに伸びをする。


「んーっ! とっても気持ちいいーっ!」


 馬車は、整地された道のはずれにある草地に停めてある。俺はその馬車に向かって、粉末状の『目くらましの薬』を振りかけていく。

 すると、馬車はちょっとした迷彩のようになって、夜の森へ溶け込んでいった。


「わぁ!」


 ティフォンが、ぱっと顔をほころばせる。


「馬車も目立たなくできるんだね!」


「ああ。粉末として使えば、迷彩の効果が得られる。姿が消えるわけじゃないから、よく見るとバレるんだが、夜ならまず見つからないだろう」


「すごーいっ!」


「いつもは宿を取ってたけど、次の街まではまだ遠いからな。今夜はここで一泊しよう」


「さんせーっ! 道端で、ばたーっと寝よーっ!」


 ティフォンは風のような速さで馬車に戻ると、ハンモックを抱えて飛び出してきた。そして嬉々として、木と木のあいだに張りはじめる。


「外で寝るつもりか?」


 と、俺。


「ざぁこ、それじゃ目くらましした意味ないじゃん」


 ガミメスが、あきれ顔で鼻を鳴らす。


「あ、そっか……」


 肩を落とすティフォン。


「気持ちの良い夜だから、外で寝てみたいなと思ったのに……」


「そういえばウインウイーンでは、外で寝るのは普通のことなんだよな」


「うん。星空の下に、大きな蜘蛛の巣みたいなハンモックを掛けて、みんなで寝るんだよ。わたしはお姫様だったから、いちども外で寝たことないけど……」


 寂しそうにするティフォンに、俺は「よし」とうなずく。


「なら今日は、みんなで外で寝るか。これがあるからな」


「あっ……『目くらましの薬』!?」


「身体に振りかければ、目立たなくなる。粉末だから風で飛ばされることがあるけど、今日くらいの夜風なら大丈夫だろう。あとは、虫よけの薬も付ければいい」


「ほんと!? やった! ユニバスくん、大好き!」


「うわっ、外で寝るなんてビンボくさ」


「嫌なら、ガミメスは馬車の中で寝るといい。俺とティフォンは……」


「ざぁこ! 誰も嫌だなんて言ってないじゃん!」


「そうか。じゃあ、目くらましの薬と虫よけの薬を、ひと瓶ずつ渡しておくよ。俺のぶんは自分で作ってくるから、ふたりは先に寝ててくれ」


「「はーい」」


 俺は馬車の調合室にこもると、自分のぶんの薬を作りはじめた。少しのつもりだったのだが、もともとモノづくりが好きな性分だ。つい興が乗って、精霊金術に夢中になってしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 いっぽう、外。

 精霊姫たちは、それぞれのハンモックに、真ん中をひとつ空けた川の字で横になっている。ユニバスが来るまで待つつもりだったのだろう。


 だが、森から流れこむ夜の匂いが、心も身体もやわらかくほぐしていく。ふたりはやがて、そろって夢の世界へ落ちていく。


「はっ……くしゅん!」


 その静かな寝息のなか、ふいにティフォンがクシャミをする。

 とたん、その口先から、ちいさな竜巻が巻き起こる。それはふたりの身体を覆っていた目くらましの薬を、きれいさっぱり吹き飛ばしてしまった。


 これでふたりを隠すものは、もう何もない。

 けれど寝ぼけたティフォンは、そのことにまるで気づかず、コテンと寝入ってしまうのだった。


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