33 精霊金術1(後編)
「あー、さっぱりした!」
ガウン姿のティフォンが、俺を探して馬車のなかにある『調合室』へ顔を出した。
部屋の中央には大きなアイランドテーブルが据えられ、まわりの棚には薬品がずらりと並ぶ。テーブルの上は、調薬や錬金術のための設備でぎっしりだ。
俺はというと、ビーカーに入った緑色の液体を、ピンク色の液体で満たした試験管へと、慎重に移していた。
テーブルの上では、地の精霊たちが力を合わせ、乳鉢で鉱石をすり潰している。その隣では、小枝のような手をした木の精霊たちが、紙に挟んだ花からせっせと押し花をこしらえていた。
「みんな、ここにいたんだ。ユニバスくん、なにやってるの?」
先にシャワールームを出ていたガミメスが、肌もあらわなミニスカガウン姿で、俺の腕にぎゅっとしがみついている。それを見たティフォンも、さっと反対側の腕に寄り添ってきた。
テーブルの横で花が山盛りになっているカゴを、目で示す。
「ミツアツメたちが、蜜のお礼に花をいっぱいくれただろう?」
ついさっき、ミツアツメたちが次々と花を運んできては、ティフォンの両手に抱えきれないほど持たせてくれた。あの花だ。
「どれも貴重な花だったから、せっかくだから有効活用しようと思って」
俺は説明しながら、木の精霊たちがこしらえてくれた、ぺたんこの押し花を試験管に入れる。
「これは、『フェロモン草』と『ヒネクレ草』を潰して出た汁を、混ぜ合わせた液体だ。この中に、『タツマキ草』の押し花を入れる」
さらに、地の精霊たちが鉱石をすり潰してくれた乳鉢から、耳かきのような器具で、粉をひとすくい。
「あとは、トコナッツの荒野で地の精霊たちが見つけてくれた硝石を混ぜ合わせて、と」
押し花と粉を加えた試験管を、慣れた手つきで振る。
「風の精霊たち、かき混ぜてくれるか?」
俺がそうつぶやくと、どこからともなく綿毛のような風の精霊たちが集まってきて、試験管にピトッと貼りついた。
すると、その中身が見えない力によって、渦を巻くように勢いよくかき混ぜられていく。やがて、中身を巻き込んだ竜巻状の風が天井高くまで舞い上がり、ポンッ! と弾けた。
空中でキラキラと輝く結晶になったかと思うと、それは吸い込まれるように試験管へ戻っていく。あとに残ったのは、まるで星の砂のような、きらめく細かい粒だった。
「わぁ、きれい……!」
ティフォンが目を輝かせる。
「いまのって……『遠心融合』!?」
ガミメスが、目を丸くした。
「そうだよ。よく知ってるな」
と、俺。
「えんしんゆうごーって、なに?」
「れ……『錬金術』じゃん! ユニバス様、錬金術までできるの!?」
ガミメスが、肩をいからせるほどに驚いている。それまで、なんのことやらという顔をしていたティフォンも、『錬金術』という言葉には、ぴょんと飛びあがった。
「錬金術って、あの最上級国家資格の!? すごいすごい、ユニバスくん!」
「いや、これは錬金術じゃないよ。錬金術は魔術の一種だけど、俺のは精霊にやってもらってる。だから、『精霊金術』かな」
ティフォンとガミメスは、ガウンの肩がはだけているのも忘れて、すっかり呆気にとられている。
「いや……じゅうぶんすごいよ……」
「錬金術って、バカみたいに難しいっていうのに……」
「しかも失敗が当たり前なのに、あっさり成功させちゃうなんて……」
「みんな、ご苦労さん」
俺は、地の精霊にも、木の精霊にも、風の精霊にも、ねぎらいの言葉をかける。
「わたしからも、ありがとう!」
ティフォンが、テーブルを覗き込んで、ニッコリと微笑む。
だが、その笑顔は、精霊たちによってまるで違う受け取られ方をした。
風の精霊が苦手な地の精霊たちは「はひぃ」と怯え、同じ風の精霊たちは嬉しそうに微笑み返す。そして、風の精霊と相性のいい木の精霊たちは、ポッと頬を染めていた。
俺はさらに、天井のほうへ向かっても「ありがとう」と声をかけた。
「ぷっ」
ガミメスが、バカにしたように吹き出す。
「ユニバス様、どうしちゃったの急に。誰もいない所に向かって、お礼を言うなんて」
「いや、いると思うんだ。『運命の精霊』が」
「えっ、なにそれ……?」
「錬金術の成功率は、『運』にも大きく左右されるって話は聞いたことあるけど……」
と、ガミメス。
「ああ。その『運』の正体も精霊だと、俺は思ってるんだ。そもそも、目に見える精霊っていうのは、人によって違う」
俺は、精霊姫ふたりを見やる。
「キミたちみたいに、人間なら誰にでも見える精霊」
それから、テーブルの上にいる小さな精霊たちへ、視線を移した。
「小さな精霊は、見えない人間もいる」
「ざぁこ。そんなの当たり前じゃん。だってあたしは上級精霊で、そこにいるちっこいのは下級精霊なんだから」
と、ガミメスが事もなげに言ってのける。
「その区別は、俺はあまり好きじゃないけど……。でも、キミたちのほかにも、人間からも精霊からも見えない精霊が、きっといるはずなんだ」
「あっ、それ、学校で習った気がする! でも、本当にいるかは、わからないんでしょ?」
「ああ。でも、俺はなんとなく感じるんだ。人間は……いや、人間だけじゃなくて精霊も、『目に見えない精霊』に支えられて生きてるって。世間では仮説とされているけど、俺はいるって信じてる」
「そういえば、時計が正確に時を刻めるのは、なかに『時の精霊』さんがいるからって聞いたことがある!」
ティフォンが、部屋の隅にあった置時計へ目をやる。すると、その置時計がふっと透けて、なかで大きな輪を「えっほ、えっほ」と回して走る、小さな時の精霊の姿が浮かびあがった。
「そうだ。目に見えない精霊というのは、あらゆる所にいて、俺たちが生きるのを手助けしてくれているんだ」
俺は改めて、なにもない虚空を見上げる。
「いま俺のまわりにも、『運命の精霊』がいる……。そう思うだけで、俺は幸せなんだ。ありがとう、俺のそばにいてくれて」
だが、このとき。
俺のあずかり知らぬところで、ちょっとした騒ぎが起きていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ユニバスが見上げていたその先には、本当に、大勢の運命の精霊たちがいたのだ。薄衣をまとった、とりどりの色の耳を持つ、美しい少女たち。
憧れの相手にほほ笑みかけられた彼女たちは、ボンッ! と、いっせいに顔を真っ赤に染めた。そして次の瞬間、「キャーッ! キャーッ!」と、それはもう大変な騒ぎになる。
「ゆ……ユニバス様が、見てくださったわ!」
「うそ、うそでしょ!? 夢みたい! 信じられない!」
「私たちのことを見てくれる人なんて、初めてよ!」
「嬉しい……嬉しいよぉ! ユニバス様の精霊で良かったぁ……!」
とうとう、感極まって泣き出す者まで現れる始末だ。
「でも、ユニバス様の精霊って……。私たち運命の精霊は、特定の人に仕えちゃダメでしょ!」
「だったら、あなただけ、よそに行けば?」
「イヤよ、そんなの! こんなことされて、離れられるわけないじゃない! もう一生、ユニバス様のおそばにいるんだから!」
ひとりの運命の精霊が、ユニバスの首筋に手を回し、チュッ! と頬にキスをする。
「あっ、ずるい、わたしもー!」
「順番、順番! みんな、ちゃんと一列に並んで!」
まるで順番待ちでもするように、きれいな列を作っていく運命の精霊たち。
だが当のユニバスはといえば、次々とキスをされていることにも気づかず、たまに、くすぐったい頬を指先でカリカリと掻くばかり。
その様子は、もちろんガミメスにも見えていない。それなのに、まるで見えてでもいるかのように、彼女はむすっと不機嫌そうにしていた。
「ざぁこ! 運命の精霊なんて、あたしは信じたくない! だってこれ以上、ライバルが増えるなんてイヤだもん! クソザコのティフォンですら嫌なのに!」
「まあまあ、ガミメスちゃん」
ティフォンが、あわててなだめる。
「ところでユニバスくん、作ったのはなんの薬なの?」
話題は、ユニバスの作った薬のことに移った。
「これは、『目くらましの薬』だよ。試しに使ってみようか。ちょっとふたりとも、後ろを向いててくれるか?」
ティフォンは「わかった!」と、手品を見にきた子供みたいにワクワクしながら。ガミメスは、ひねくれた子供みたいに渋々と。ふたりそろって、後ろを向いた。
しばらくして、ユニバスは「もういいよ」と声をかける。
振り返ったふたりが、そろって、ぽかんと口を開けた。
無理もない。ユニバスの服を着てそこに座っている男は……ユニバス本人でありながら、その顔つきは、微妙に違っていたのだから。
















