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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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30 リングラッドへ(前編)

 乾いた荒野のなかを、俺たちの馬車がひた走っていた。

 御者席にいるのは、俺とティフォン、それにガミメス。イズミは粋眠(すいみん)のさなかで、いまは馬車内の寝室で、すやすやと眠っている。


「なんだか、ユニバスくんの……ふぁ」


 その声にふと隣を見ると、ティフォンがくしゃみの寸前の、なんとも間の抜けた変顔をしていた。

 次の瞬間、「はっ……くしゅん!」と、盛大なくしゃみをひとつ。


 とたんに、ビュオッと小さな竜巻が巻き起こる。よりにもよって俺のほうを向いてくしゃみをしたものだから、俺と、その奥のガミメスの髪がそろって逆立った。


「おいおい」


 俺が肩をすくめると、ティフォンは鼻をこすった。


「ごめんごめん。なんだか、ユニバスくんのことを噂している人がいるみたい」


「それって、普通は自分の噂が立ってるときに出るものじゃないのか」


 と、続けざまにガミメスも、


「はっ……くしゅーんっ!」


 その拍子に、鼻と口から炎がゴッと噴き出して、俺とティフォンの鼻先をあぶった。ふたりして、同時にのけぞる。


「うわぁ!? ちょっと危ないよ、ガミメスちゃん!」


「しょーがないじゃん。このあたり、ホコリっぽいんだし」


 俺は前髪を少し焦がしてしまったが、別に腹も立たない。ただ、苦笑いするだけだ。


「もうじき、この荒野も終わりだ。ほら、次の国が見えてきたぞ」


 俺が指さした前方は、荒野の果て。そこを境にするように、見わたすかぎりの緑の森が、左右にどこまでも広がっていた。

 ずっと殺風景な荒野ばかりだったから、目の前に現れた新しい景色に、ティフォンは興奮ぎみに立ち上がる。


「うわぁ! すっごくでっかい森! もりもり木が生えてるよ!」


「ざぁこ。ティフォンってば、はしゃぎすぎ。まるでガキじゃん」


 ティフォンにとっては、苦手な炎の精霊の国からようやく離れられるとあって、なおさら嬉しいのだろう。ガミメスのからかいなんて、どこ吹く風といった様子だ。


「だって、わたしにとって木の精霊さんはお友達だもん! あんなにたくさんお友達がいるんだから、はしゃぎたくもなるよ!」


 そう言って、ティフォンは森に向かって、両手をぶんぶんと振りまわす。


「やっほーっ、木の精霊さーん! わたしはティフォンだよーっ!」


 すると風が吹き、森がざわめいた。まるで木々が手を振り返すみたいに、いっせいに枝を揺らす。

 ティフォンが振り向いて、俺に尋ねてきた。


「ねぇねぇユニバスくん、あそこはなんて国なの?」


「あの森に入ると、リングラッド王国だ。近くに炎の精霊の国と木の精霊の国があるおかげで、亜熱帯気候の国なんだよ」


「ということは……次の目的地は、木の精霊の国『ユグドラララ』だね!」


「そうだ。天気がいい日なら、ここからでも世界樹が見えるんだが……」


 馬車がさらにリングラッドへ近づくと、遥か遠方にかかっていた霧が、すうっと晴れていく。そうして、ユグドラララの象徴たる巨大な樹木、『世界樹』が姿を現した。


 空を覆うほどに広がった樹冠は、いくら見上げても先端が見えないほど高い。天を衝く威容でありながら、それでいて不思議と、俺たちを圧するところがない。

 眺めていると、なぜか腹の底がゆるんで、ほっとさせられる。まさに『母なる大樹』と呼ぶにふさわしい、やさしくも偉大な存在だった。


「でっ……でっかぁぁぁぁーーーーっ!? すごいすごいすごいすごい、すごーーーーいっ!!」


 ティフォンは馬車の屋根の上によじ登り、大喜びでぴょんぴょんと跳ねている。


「そこまで喜んでくれるなら、連れてきた甲斐があったよ」


 ティフォンは屋根の上でしゃがみこみ、ひさしからひょいと顔をのぞかせた。ポニーテールをぶらりと垂らしながら、俺に尋ねてくる。


「もしかして、わたしのために!?」


 目を輝かせるティフォン。だがガミメスはそんな彼女に、バカにするような上目づかいを向けた。


「ざぁこ。そんなわけないじゃん。ユニバス様がユグドラララを選んだ理由は、そのほうが逃げるのがカンタンだったからに決まってるし」


「それもあるかな」


 口ではそう軽く返しつつ、俺は胸の内で、これからのことを算段していた。


 いま俺たちを追っているのは、トコナッツの王女ポーキュパイン様。あの人のことだから、近隣の国の国境にはすでに非常線を張らせているかもしれない。


 だが幸いなことに、トコナッツとリングラッドは建国以来の友好国で、両国のあいだには国境というものがない。おかげで俺たちは、誰に咎められることもなくリングラッドへ入れる。

 そのうえポーキュパイン様は軍隊を引きつれているはずだ。いくら友好国とはいえ、他国のなかで軍隊を派手に動かすわけにはいかない。


 リングラッドまでは、あと数キロ。後ろに追っ手の姿もない。あの森にさえ入ってしまえば、当分は安全だ。

 けれど、このときの俺は、それがどれほど甘い見通しだったか、まだ知る由もなかった。


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