29 まさかの大歓迎
ユニバス・シックスとユニバス紅蓮隊、そして救い出された精霊たちは、人魚たちに別れを告げる。
それから縛りあげた船員たちを引きつれ、ふたつに割れた海の底を、陸地へと歩いていく。
やがて、丘のようにこんもりと盛り上がった浜辺が見えてくる。その頂上には、衛兵らしき兵士たちの姿があった。
全身を焼印まみれにされたドラハンが、まるで救助船を見つけた遭難者のように、我先にと駆け出す。
「た……助けてくれ! せ、精霊たちが、奴隷の精霊どもが反乱を起こしたんだ!」
船員たちもまた、九死に一生を得たとばかりに精霊たちの手を振りほどき、兵士へと助けを求める。
この世界のあらゆる人間の国において、精霊は動物と変わらぬ扱いを受けている。精霊が人間に危害を加えることなど、決して許されはしない。
もし被害を受けた人間が訴え出れば、精霊側の言い分や事情は、いっさい考慮されない。
下されるのは、人を噛んだ犬に与えられるのと同じ、問答無用の処分だけだ。
ユニバス・シックスも紅蓮隊の面々も、そのことをよく知っている。窮地に追いつめられたように、誰もが身を固くする。
逃げようにも、あたり一面は海。水の精霊なら波間にまぎれ、風の精霊なら空へ飛んで逃げることもできる。だが、仲間を見捨てる者など、ひとりもいない。
これがもし人間であれば、まっさきに罪のなすりつけ合いを始めていたことだろう。しかし精霊たちは、たがいをかばい合うように寄り添う。
そして、当の兵士たちの反応はというと……。
うつむいたまま、その肩を、プルプルと震わせている。
ドラハンは、兵士たちが精霊の非道に怒りを覚えているのだと思いこむ。虎の威を借りるように、ユニバス・シックスへ視線を向けた。
「見ろ! この国の兵士たちも、こんなにも怒っている! 精霊が人間に暴力を振るうなど言語道断! 貴様らメスブタどもは、もうおしまいだ! 世に名だたる精霊使い、このドラハン様をこんな目に遭わせたのだからな!」
悔しげな精霊たちを見て、ドラハンはますます調子に乗る。
「極刑、極刑、極刑だ! さっさと火あぶりにしろ! 火あぶりーっ! ぎゃはははははは!」
「ブフッ!」
と、噴き出すような声がして、ドラハンの動きがぴたりと止まる。続けざまに、背後からこんな声が聞こえてきた。
「ブフッ……ブフフッ! 見ろよ、『この世でもっとも愚かな人間』だってよ!」
「コイツ、精霊使いのドラハンだろ? それが精霊にこんな目に遭わされてやんの……ざまぁねぇよなぁ!」
まさかの反応に、ドラハンは「なっ……!?」と首だけで振り返り、兵士たちを見やる。
「お……お前たち、気は確かか!? 僕は、精霊に襲われたんだぞ!? 精霊の暴行は、どこの国でも極刑のはずだ!」
兵士は「そうだな」とニヤリ笑うと、いきなりドラハンの髪を掴み、海とは逆のほうへと引きずり倒す。
兵士たちが立っていたのは、砂浜の頂。ドラハンはその頂で、無様に腹ばいの姿勢をとらされる。
兵士のひとりが、おもむろに口を開いた。
「だが、ここは『キングバイツ王国』……! 海の精霊とともにある国だ……!」
倒れたドラハンの頭上から、兵士の声が降ってくる。だが、もうその声は届いていない。
頂の向こう、陸地に広がる光景に、ドラハンはすっかり抜け殻のようになっていた。
いったい何事かと、船員たちも、ユニバス・シックスと紅蓮隊の面々も、あとに続いて砂浜を駆け上がる。
その向こうにあったのは、なんと、見渡すかぎりの群集であった……!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
精霊たちの姿を認めたとたん、彼らはいっせいに大歓声。
「すげぇ、すげぇぞーっ! すげぇ戦いだったぞーっ!」
「そのうえ、海割りの奇跡まで見せてくれるなんてよ!」
「あんたたちは英雄だっ! やったーっ!」
そう、このキングバイツ王国は、海の精霊を篤く崇めている。浜辺には、人魚をかたどった石像がいくつも飾られているほどだ。
そんな彼らにとって『海割りの奇跡』とは、海神の力がこの世に現れた証にほかならない。かつてホーリードゥームが同じ奇跡を披露したこともあったが、それは諸事情により、途中で失敗している。
だが今回は、まぎれもない正真正銘の奇跡。それをひと目見ようと、これだけの民衆が詰めかけていたのだった。
そして精霊たちに注がれる視線は、大衆のものだけではなかった。
やがて人垣が左右に割れ、ものものしい一団が姿を現す。その歩みに合わせて、人垣は波が引くように、つぎつぎとヒザを折っていく。
ドラハンのそばにいた兵士も、すぐさまヒザを折る。こちらへ歩いてくる一団、その先頭に立つ人物を見て、ドラハンは目を剥いた。
「き……キングバイツ国王っ!?」
ドラハンはまだ腹ばいに寝そべったままだったが、「頭が高いっ!」と兵士に髪を掴まれ、砂浜へ顔を埋めさせられる。
船員たちはもちろん、精霊たちも、慌ててその場にひれ伏した。
キングバイツ国王は、金の精霊とブレイズに向かって声をかける。
「お前たちの戦いは、この目でしかと見させてもらった! 我らが海の精霊と手を取り合って戦う、あの美しくも勇猛な姿を!」
金の精霊が、深々と頭を下げる。
「も……もったいないお言葉です!」
「ぜひとも教えてくれ! 海の精霊と、そこまで親しくなれる方法を! 同じ精霊どうしとはいえ、たがいに相反する属性の者たちもいる! それが戦場で背中を預け合うなど、よほどの信頼がなくてはできぬことだ!」
「はい、それは……。さる偉大なるお方のためにございます」
「ほう?」
国王が、興味深げに相槌を打つ。
金の精霊は、その『偉大なるお方』に仕える忠臣そのものといった態度で語りだす。
「協力関係といえど、利害の異なる者どうしでは、しょせんはまやかしに過ぎません。ですが、そうした打算や感情を超越し、過去の怨恨すらも投げ捨てて、お仕えしたくなるほどのお方が、私たち精霊にはいるのです」
「おう!」
ブレイズが、どんと胸を張る。
「そのお方のためなら、地獄にだってスキップして行ってやるぜ!」
国王は、深く感じ入ったようにうなずいた。
「なるほど……。お前たちの王は、それほどまでに……」
「そんなチンケなヤツじゃねぇよ!」
と、ブレイズ。
「チンケとまでは言いませんが……」
金の精霊が、涼しい顔で続ける。
「精霊王ですら、あのお方の前では、頭を垂れることでしょう」
「なんと……!?」
国王が、目をみはる。
「精霊王ですら、ひれ伏すというのか……!?」
その場に跪いていた精霊たちが、バッ、といっせいに顔をあげる。
「はい!」
寸分たがわぬ、声を揃えた返答。その表情に、キングバイツ国王は思わず面食らう。
精霊たちの顔は、まるで、その人物に仕えること、いや、その御名を口にできることすらも誇りに思っている……そんな面構えではないか。
完璧なまでの忠誠心……いや、これはもはや、溺愛にも似たなにか……。
キングバイツ国王は、もはや知りたくてたまらなくなっていた。
「ど……どこの、どなたなのだ? 教えてくれ……! その、偉大なる御方の名を……!」
「それは……」
そして精霊たちは、またしても声を揃えた。
「精霊大帝ユニバス様ですっ!!」
「ゆ……ユニバスっ……!?」
















