08 タンブルクイーン6
……ドムッ!
鈍い衝撃が、股間から脳天まで突き抜けた。
「ぐっ!?」
目を白黒させながら、俺は股間を押さえてその場に倒れ込む。幼虫みたいに地面で丸まった俺を、ヴォエラニアンはまさしく虫でも見るような表情で見下ろしていた。
「まさかアンタ、『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』とか言っちゃうタイプぅ? ヴォエッ、それって、マジ草枯れんだけど」
急にスイッチが入ったみたいに、クワッ! と恐ろしい顔になる。
そして、倒れた俺の身体めがけて、容赦のないストンピングの雨を降らせはじめた。
「教えといてやんよ! 桜とか梅なんてのはねーんだよっ! ぜんぶ、『雑草』ってんだ! 名前なんか付けるから、雑草どもがつけあがるのがわかんねーのかよぉっ!?」
厚底ブーツが、俺の顔をグリグリと踏みにじる。口の中に、鉄の味が広がった。
殴られることには慣れていた。勇者パーティの荷物持ちなんて、そういうものだ。歯を食いしばって、痛みが通りすぎるのを待つ。それが、無能な俺にできる精いっぱいの抵抗だった。
「ヴォエェェェェェ……!」
倒れた俺に向かって、胃液を吐きかけるような仕草をしてみせる。
「こんの、クソエコロジストがよぉ……! 文句があんなら、力ずくで止めてみなよぉ……! ヴォエちゃんは、雑草とアンタみたいな口だけのゲロ野郎が大っ嫌いなんだ……! 一昨日の晩メシを吐くくらいよぉ……!」
それでも俺は、肩から下げたカバンだけは、両腕でしっかりと抱きしめていた。
それに気づいたヴォエラニアンが、すっと目を細める。
カバンを蹴り飛ばされると、中からひとりの小さなタンブルウインドがコロンと転がり出てきた。
心臓が、ぎゅっと縮みあがる。
まだ幼い風の精霊。けれど、その細くはかない姿には、のちに気高く育っていくものの面影が、たしかに宿っていた。そしていま、その小さな身体は、あちこちにケガを負っていた。
そう、ケガしていたところを、俺が保護したんだ。
「に……逃げ……!」
俺は必死で声を絞り出す。けれど、ヴォエラニアンのほうが早かった。倒れたタンブルウインドを、靴の裏でぐいと押さえこんでしまう。
「や……やめて……くだ……さい……! その子は、ケガをしてるんだ……!」
「ふぅぅぅぅ~ん……!」
性格の悪さがにじみ出たような笑みが、ヴォエラニアンの顔に広がっていく。
「あんた、口だけのゲロ野郎じゃなさそうだねぇ……!」
コートの裏から試験管を一本引き抜くと、コルク栓を歯で咥えて、ポンと抜いた。
「じゃあ、選ばせてやんよ……! この除草剤を、あんたとこの雑草、どっちが浴びるか……!」
迷いは、なかった。
無能と罵られ続けた俺に、できることなんて、ほとんどなかった。だけど、これだけは譲れなかった。
「お……俺に……! 俺は、いくらでも浴びます……! だから……! だから、その子だけは……!」
「あっそぉ」
試験管の中身が、頭から振りかけられる。
まるで硫酸でも浴びせられたような音とともに、白い煙があがった。
……ジューッ!
「ううっ!?」
頭を押さえる。頭皮がひりひりと焼けるように痛み、指の間から、髪の毛がボロボロと抜け落ちていった。
ツルツルのハゲ頭になった俺を見て、ホーリードゥーム以外の勇者パーティは、全員が腹を抱えて笑いはじめる。
「ぎゃははははは! すげぇ、ハゲやがった!」とブレイバン。
「はっはっはっは! なんという醜さだ! 我輩の肉体美が天国だとすると、地獄のような頭ダッ!」とマッスルック。
「あっはっはっは! マジでハゲ散らかしてんじゃん! 超ウケるんだけど!」とオンザビーチ。
ホーリードゥームだけは声こそあげなかったが、満更でもなさそうな笑みを浮かべていた。
誰ひとり、助けてくれる者はいない。この輪の中で、俺はいつも独りだった。
それでも、痛みも笑い声も、どこか遠くのものみたいに聞いていた。頭にあったのは、あの子は無事か、ただそれだけだったから。
「心まで腐りきった、ゲロ野郎……! 運が良かったねぇ。これは開発途中の除草剤だから、しばらくすりゃ髪は生えてくるよ。でも……」
ヴォエラニアンが俺の襟首を掴み、悪魔でも乗り移ったような笑みで顔を寄せてくる。
「浴び続けたら、どうなるかはわからないよぉ……!? さっき言ったよねぇ? いくらでも浴びる、って……! あんたがギブアップするのが先か、あんたがツルピカハゲゲロ野郎になるのが先か……! たっぷりと楽しませてもらうよぉ……!」
嗤い声は、まだ耳もとで続いている。
それでも俺は、痛む首をわずかに動かして、床の上を見た。
小さなタンブルウインドが、ふるえながらも、たしかにそこで息をしていた。
その子が生きている。俺には、それだけでよかった。
















