06 タンブルクイーン4
それから小一時間後。
俺たちは、荒野の小高い丘の上にいた。
丘から数百メートルほど離れたところに、集落が見える。すべてが木造で、砦のように高い壁でぐるりと囲まれていた。
「わあっ、おっきなお家がいっぱい!」
手をひさしにして、ティフォンが砦を見下ろす。
「はあっ、あちらのお宅は、ホコリっぽくてお掃除が大変そうです」
イズミが、心底気の毒そうに眉を寄せた。
「げげっ、クソみたいな旗!」
ガミメスが吐きそうな顔をする。
砦の屋根の上では、一枚の旗がはためいていた。描かれているのは、両手を犬みたいに挙げて、片足を「ルン」と挙げて媚びるポーズを取った、若い女の肖像画だ。
俺は、その旗から目を離せなかった。
あのポーズを、俺は知っている。忘れられるはずもない。
胃の底のあたりが、きゅうっと重たくなった。
旗の女は風にあおられるたび、こちらへ向かって何度も何度も、媚びるように揺れていた。
俺たちの傍らには、黒コゲになったチンピラたち。彼らはススにまみれた顔で抗議してくる。
「俺たちのアジトの場所を知ってやがるとは……てめぇ、いったい何者だ!?」
俺は答えるかわりに、ティフォンの耳もとに口を寄せた。
「あっはっはっは! くすぐったい!」
これでは話にならないので、かわりにイズミに耳打ちする。
イズミは有能な秘書のようにコホンと咳払いをひとつすると、チンピラたちに向き直った。
「我らがユニバス様からの、ご上意をお伝えさせていただきます」
「なんだとぉ!?」
「『ドッグシットワン』の当主ヴォエラニアン様と、タンブルクイーン様の間で、会談の場を設けたいそうです」
「や……やっぱり、俺たちのことを知ってやがったんだな!?」
「ふざけやがって! 俺たち『ドッグシットワン』は、草木を根絶やしにするんだ!」
「それに相手が誰であれ、話し合いなんかするかよ! 俺たちゃ力がすべてなんだ!」
「そうだそうだ! そんなに話したけりゃ、力ずくでテーブルにつかせてみな!」
強気を取り戻したチンピラたち。
しかしガミメスは、冷徹な独裁者みたいな顔で言ってのけた。
「クソザコが、なにイキがってんの……? あんたらはパシリなんだから、言われたことを伝えればいいの」
ガミメスがボッ! と口から小さく炎を吐く。
チンピラたちは「ひいっ!?」と飛びあがった。
「さっさとしないと、ウェルダンどころじゃすまなくなるけど大丈夫そ?」
「ひぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
チンピラたちは大慌てで魔導猪にまたがると、丘を駆け下り、砦へ逃げ帰っていった。
俺は腕組みをして、その後ろ姿を見送る。
できることなら、力ずくというのは避けたい。
話し合いで済むなら、それがいちばんいい。精霊も、人間も、誰も傷つかずに済むのだから。
肩には、巣を壊されたタンブルウインドが乗ったままだ。こいつもすでに一心同体のつもりなのか、俺とまったく同じ格好で腕組みをしていた。
精霊姫たちが、ずっと気になっていたらしいことを尋ねてくる。
「ねぇねぇユニバスくん、あの人たちはいったいなんなの?」とティフォン。
「たしか『ドッグシットワン』様と、おっしゃっておりましたけど……」とイズミ。
「ヴォエラニアンって誰? どこの女? どんな女? クソみたいな女?」とガミメス。
俺は砦を見据えたまま、「それは……」とつぶやいた。
古傷にそっと触れて、痛みを確かめるみたいに。
そのとき、よほどひどい顔をしていたのだろう。ティフォンが「ユニバスくん……?」と首をかしげ、イズミとガミメスも、なにかを察したように口をつぐんだ。
俺の瞳に映っていた砦が、いつのまにか、ジャングルに囲まれたテントに変わっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは、俺が勇者パーティで荷物持ちをしていた頃の話だ。
このあたり一帯はまだ緑に囲まれた地で、あの砦も、中でサーカスでもやっていそうなテントに過ぎなかった。
いまでは信じられないかもしれないが、この荒野は、どこも見上げるほどの木々でいっぱいだった。葉のこすれる音にまぎれて、木の精霊たちの笑い声が、いつでもどこかで聞こえていたのだ。
テントの中では、面々がテーブルを囲んでいた。
ブレイバン、オンザビーチ、ホーリードゥーム、マッスルック。彼らが椅子に座り、俺はその後ろに立たされていた。
荷物持ちに椅子は与えられない。それが、あのパーティのルールだった。
勇者パーティに向かって、ひとりの女がホワイトボードの前に立っている。これからプレゼンを始めようというのだ。
そう、彼女こそが『ドッグシットワン』のボス、ヴォエラニアンだった。
顔立ちは普通の若い女性なのだが、瞳だけ異質で、サメみたいに黒くて光がない。髪型はふわふわのロングヘアで、髪の一部が犬の耳みたいにぴょこんと飛び出していた。
服装はブリッ子感のあるステンカラーコートに、エナメルホワイトの厚底ブーツ。
コートの胸のところには、『101』というワッペンが付いていた。
ヴォエラニアンは勇者ブレイバンに向かって、両手を犬のように挙げ、片足を「ルン」という風に挙げる媚び媚びのポーズを取る。そして甘ったるい声をあげた。
「きゃんきゃーんっ! 勇者様がこんなところに来てくれるなんて、かんげきーっ!」
俺は、その仕草にどうしても違和感をおぼえた。かわいらしさをすみずみまで計算して作られた、精巧な人形みたいに見えたからだ。
それからヴォエラニアンは、オンザビーチに向かって言った。
「勇者様を紹介してくれてありがとう、オンザビーチさん!」
オンザビーチはネイルを見たまま「いーからさっさとするし」と答える。
その隣に座ったホーリードゥームは、瞑想でもするように目を閉じたまま動かない。
ヴォエラニアンは「きゃん!」と返事をすると、視線を勇者に移し、ハツラツと言った。
「初めまして、勇者様ぁ! 私は『オンザビーチ魔導女学院』の3年生、ヴォエラニアンでぇ~す! どうかぁ、ヴォエちゃんって呼んでくださぁ~い! ヴォエちゃんは今日はぁ、とびっきりキュートなご提案をさせていただきまぁ~っす! やっちゃうよ、やっちゃうよぉ~っ!」
独特の合図とともに、ホワイトボードの脇に控えていたアシスタント役のモヒカン男が、ホワイトボードをひっくり返す。
するとそこには、デカデカとした丸文字が躍っていた。
『なんちゃって緑化でおおもうけ!』
















