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【コミックス8巻、発売中!】無能と呼ばれた『精霊たらし』 実は異能で、精霊界では伝説的ヒーローでした  作者: 佐藤謙羊
第3章

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06 タンブルクイーン4

 それから小一時間後。

 俺たちは、荒野の小高い丘の上にいた。


 丘から数百メートルほど離れたところに、集落が見える。すべてが木造で、砦のように高い壁でぐるりと囲まれていた。


「わあっ、おっきなお家がいっぱい!」


 手をひさしにして、ティフォンが砦を見下ろす。


「はあっ、あちらのお宅は、ホコリっぽくてお掃除が大変そうです」


 イズミが、心底気の毒そうに眉を寄せた。


「げげっ、クソみたいな旗!」


 ガミメスが吐きそうな顔をする。

 砦の屋根の上では、一枚の旗がはためいていた。描かれているのは、両手を犬みたいに挙げて、片足を「ルン」と挙げて媚びるポーズを取った、若い女の肖像画だ。


 俺は、その旗から目を離せなかった。

 あのポーズを、俺は知っている。忘れられるはずもない。


 胃の底のあたりが、きゅうっと重たくなった。

 旗の女は風にあおられるたび、こちらへ向かって何度も何度も、媚びるように揺れていた。


 俺たちの傍らには、黒コゲになったチンピラたち。彼らはススにまみれた顔で抗議してくる。


「俺たちのアジトの場所を知ってやがるとは……てめぇ、いったい何者だ!?」


 俺は答えるかわりに、ティフォンの耳もとに口を寄せた。


「あっはっはっは! くすぐったい!」


 これでは話にならないので、かわりにイズミに耳打ちする。

 イズミは有能な秘書のようにコホンと咳払いをひとつすると、チンピラたちに向き直った。


「我らがユニバス様からの、ご上意(じょうい)をお伝えさせていただきます」


「なんだとぉ!?」


「『ドッグシットワン』の当主ヴォエラニアン様と、タンブルクイーン様の間で、会談の場を設けたいそうです」


「や……やっぱり、俺たちのことを知ってやがったんだな!?」


「ふざけやがって! 俺たち『ドッグシットワン』は、草木を根絶やしにするんだ!」


「それに相手が誰であれ、話し合いなんかするかよ! 俺たちゃ力がすべてなんだ!」


「そうだそうだ! そんなに話したけりゃ、力ずくでテーブルにつかせてみな!」


 強気を取り戻したチンピラたち。

 しかしガミメスは、冷徹な独裁者みたいな顔で言ってのけた。


「クソザコが、なにイキがってんの……? あんたらはパシリなんだから、言われたことを伝えればいいの」


 ガミメスがボッ! と口から小さく炎を吐く。

 チンピラたちは「ひいっ!?」と飛びあがった。


「さっさとしないと、ウェルダンどころじゃすまなくなるけど大丈夫そ?」


「ひぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 チンピラたちは大慌てで魔導猪にまたがると、丘を駆け下り、砦へ逃げ帰っていった。

 俺は腕組みをして、その後ろ姿を見送る。


 できることなら、力ずくというのは避けたい。

 話し合いで済むなら、それがいちばんいい。精霊も、人間も、誰も傷つかずに済むのだから。


 肩には、巣を壊されたタンブルウインドが乗ったままだ。こいつもすでに一心同体のつもりなのか、俺とまったく同じ格好で腕組みをしていた。

 精霊姫たちが、ずっと気になっていたらしいことを尋ねてくる。


「ねぇねぇユニバスくん、あの人たちはいったいなんなの?」とティフォン。


「たしか『ドッグシットワン』様と、おっしゃっておりましたけど……」とイズミ。


「ヴォエラニアンって誰? どこの女? どんな女? クソみたいな女?」とガミメス。


 俺は砦を見据えたまま、「それは……」とつぶやいた。

 古傷にそっと触れて、痛みを確かめるみたいに。


 そのとき、よほどひどい顔をしていたのだろう。ティフォンが「ユニバスくん……?」と首をかしげ、イズミとガミメスも、なにかを察したように口をつぐんだ。

 俺の瞳に映っていた砦が、いつのまにか、ジャングルに囲まれたテントに変わっていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それは、俺が勇者パーティで荷物持ちをしていた頃の話だ。

 このあたり一帯はまだ緑に囲まれた地で、あの砦も、中でサーカスでもやっていそうなテントに過ぎなかった。


 いまでは信じられないかもしれないが、この荒野は、どこも見上げるほどの木々でいっぱいだった。葉のこすれる音にまぎれて、木の精霊たちの笑い声が、いつでもどこかで聞こえていたのだ。

 テントの中では、面々がテーブルを囲んでいた。


 ブレイバン、オンザビーチ、ホーリードゥーム、マッスルック。彼らが椅子に座り、俺はその後ろに立たされていた。

 荷物持ちに椅子は与えられない。それが、あのパーティのルールだった。


 勇者パーティに向かって、ひとりの女がホワイトボードの前に立っている。これからプレゼンを始めようというのだ。

 そう、彼女こそが『ドッグシットワン』のボス、ヴォエラニアンだった。


 顔立ちは普通の若い女性なのだが、瞳だけ異質で、サメみたいに黒くて光がない。髪型はふわふわのロングヘアで、髪の一部が犬の耳みたいにぴょこんと飛び出していた。

 服装はブリッ子感のあるステンカラーコートに、エナメルホワイトの厚底ブーツ。


 コートの胸のところには、『101』というワッペンが付いていた。

 ヴォエラニアンは勇者ブレイバンに向かって、両手を犬のように挙げ、片足を「ルン」という風に挙げる媚び媚びのポーズを取る。そして甘ったるい声をあげた。


「きゃんきゃーんっ! 勇者様がこんなところに来てくれるなんて、かんげきーっ!」


 俺は、その仕草にどうしても違和感をおぼえた。かわいらしさをすみずみまで計算して作られた、精巧な人形みたいに見えたからだ。

 それからヴォエラニアンは、オンザビーチに向かって言った。


「勇者様を紹介してくれてありがとう、オンザビーチさん!」


 オンザビーチはネイルを見たまま「いーからさっさとするし」と答える。

 その隣に座ったホーリードゥームは、瞑想でもするように目を閉じたまま動かない。


 ヴォエラニアンは「きゃん!」と返事をすると、視線を勇者に移し、ハツラツと言った。


「初めまして、勇者様ぁ! 私は『オンザビーチ魔導女学院』の3年生、ヴォエラニアンでぇ~す! どうかぁ、ヴォエちゃんって呼んでくださぁ~い! ヴォエちゃんは今日はぁ、とびっきりキュートなご提案をさせていただきまぁ~っす! やっちゃうよ、やっちゃうよぉ~っ!」


 独特の合図とともに、ホワイトボードの脇に控えていたアシスタント役のモヒカン男が、ホワイトボードをひっくり返す。

 するとそこには、デカデカとした丸文字が躍っていた。


 『なんちゃって緑化でおおもうけ!』


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