05 タンブルクイーン3
その女性は、木の精霊だった。
妙齢の美しく妖艶な顔つき。ドレスをまとっているが、それが枯れ草でできているせいで、身体の柔らかな曲線が透けて見えている。
お供とおぼしき木の精霊たちを引き連れ、お立ち台を優雅に歩くその姿は、ランウェイを行くモデルさながらの美しさだった。
その美しさを讃えるように、まわりのタンブルウインドたちがピョンピョンと飛びはねている。
さっきまで威勢のよかったチンピラたちも、すっかり毒気を抜かれた顔で「す……すげぇ……」と驚愕していた。
「た……タンブルクイーンが出てきたぞ……!」
「タンブルクイーンは、人間の前には決して姿を現わさないっていうのに……!」
「中にいるのは枯れ草みたいなババァだと思ってたのに、すげぇいい女じゃねぇか……!」
「い……いったい、なにがどうなってやがるんだ……!?」
絶世の美女精霊タンブルクイーンは、ランウェイの端で足を止めた。かと思うと、ドレスの裾部分の枯れ草をしゅるしゅると伸ばして俺の身体を包み込み、ゆっくりと宙へ持ち上げる。
「あっ……!?」
息をのむ精霊姫たちに、俺は「大丈夫」と目で伝えて、されるがままに身をゆだねた。
俺を包む枯れ草からは、日なたでよく乾いた草のような、どこか懐かしい匂いがした。
敵意なんてまるで感じない。それどころか、身体に巻きついた枯れ草の一本一本が、こわれ物でも扱うようにやさしかった。
ランウェイの上で、俺とタンブルクイーンは至近距離で見つめ合う。
間近で見る女王の瞳は、意外なほど澄んでいた。作りものめいた妖艶さの奥に、なにかを乞う子供のような、純粋で、まっすぐな光が揺れている。
そして女王は、さらに信じられない行動に出た。なんとその場でヒザを折り、俺の前でうやうやしく跪いたのだ。
ランウェイの下、いつのまにか観客のようになっている精霊姫やチンピラたちから、「ええっ!?」と声が漏れる。
恋する乙女のようなキラキラとしたまなざしで、タンブルクイーンは俺を見上げていた。
そして彼女はそこから身体を伏せ、さらに深々と頭を垂れる。その美しさからはまるで結びつかない、カメレオンみたいに這いつくばったポーズで、俺の靴に唇を寄せてこようとして……!
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
精霊姫たちとチンピラたちは、いっせいに阿鼻叫喚の渦に包まれた。
「あ……あれは、『忠誠の儀』!?」
チンピラたちが口々に叫ぶ。
「精霊が、人間に隷属する時にするやつじゃねぇか!?」
「そんなバカな! しかも相手はタンブルクイーンだぞ! 女王が、あんな男に永遠の忠誠を誓うなんて……!」
「あっ……ありえねぇーーーっ!」
彼らをさらに驚愕させたのは、精霊姫たちのリアクションだった。
「い……いいなぁ……!」とティフォン。
「は……はい……! 羨ましすぎます……!」とイズミ。
「ず……ずるい! クソザコのくせに……!」とガミメス。
チンピラたちはどよめいた。
「お……おい、どういうことなんだ?」
「あんな美少女たちまで、隷属したがるなんて……」
「あの男……とんでもねぇ『精霊たらし』なのか……!?」
俺には、彼女がなにをしようとしているのか分かっていた。精霊が人間にひざまずくこの光景を、俺はこれまで、いやというほど見てきたのだ。
だからタンブルクイーンの唇が靴に触れる寸前で、俺はそっとしゃがみこんだ。
彼女の肩を抱き、その身体を起こしてやりながら言う。
「やめてくれ。俺は、キミの主人にはならない」
するとタンブルクイーンは、百年の恋に破れた乙女のように、ありありとショックの表情を浮かべた。
精霊の悲しむ顔なんて、俺にとってはいちばん見たくないものだ。胸がチクリと痛む。しかしだからこそ俺は、子の将来を思う親のように、あえて厳しい表情を作った。
「キミたち精霊は、人間への奉仕をなによりの喜びとする。でも、人間への奉仕は主従関係なんかじゃないんだ。人間はキミたち精霊に間違った概念を植えつけて、いいように搾取しているだけなんだよ。そんなの、俺は間違っていると思う。だから言うよ、何度でも、キミのその呪縛が解けるまで……!」
ショックに打ちひしがれていたタンブルクイーンの表情が、プロポーズを予感した恋人のそれへと変わっていく。
「僕の、家族になってほしい……!」
……キュン……!
タンブルクイーンの胸がときめく音が、あたりに響いた。
親の顔になっていた俺は、今度は子供みたいな無邪気な表情になっていたと思う。肩に乗っていたタンブルウインドに頬ずりをする。
タンブルウインドも、大好きな飼い主に甘える猫みたいなとろけきった顔で、スリスリを返してくれた。
「ほら、こんなふうに、ね」
俺はウインクを飛ばした。
……ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
タンブルクイーンの全身が、恋の雷に撃たれたようにわなないた。その瞳には、くっきりとハートマークが浮かんでいる。
俺はやさしく彼女を立ち上がらせてやった。
タンブルクイーンは俺の腕から胸へとしなだれかかり、ウットリと俺を見つめてきた。そしてあろうことか、俺の唇へ向かって、自らの唇をそっと寄せて……。
「「「ああーーーっ!?!?」」」
チンピラどころか、精霊姫たちまでもが抗議するように絶叫した。ティフォンなどいまにも飛んできそうな勢いだったので、俺は『大丈夫だ』と、視線と手のひらで押しとどめる。
よく見ると、タンブルクイーンの唇からは、細長いタネのようなものがのぞいていた。それを口移しで渡そうと、俺の唇へそっと差し出してくる。
俺は、その細いタネを唇で受け取った。
「す……すご……」「い……いい……」
見ている者たちは、思わず赤面してしまっている。
俺がしっかりタネを咥えたのを見届けると、タンブルクイーンはようやくいつもの表情に戻った。
いや……戻るどころか、彼女はよりいっそう妖しげに微笑んで、俺のことをじっと見つめていた。
















