03 タンブルクイーン1
その頃の俺は炎の精霊の国、ヒートアイランドを旅立った直後だったのだが、さっきまでいたヒートアイランドでそんなことが起こっているとは思いもしていなかった。
それもそのはず、さらなる力を取り戻した魔導馬トランスの走りのおかげで、炎に包まれたヒートアイランドはもうロウソクほどの大きさになっている。切り裂くような砂塵をあげながら、荒野をぐんぐんと進んでいる真っ最中だったからだ。
俺が握る手綱の左手側には風の精霊姫のティフォン、右手側には炎の精霊姫のガミメス、その隣には水の精霊姫のイズミが座っている。
ティフォンは御者席から身を乗り出し、両手を広げて風を全身に浴びていた。
「わあっ、はやいはやい、はやーいっ! トランスくんって、こんなに速く走れるんだ!」
「これも炎の精霊の力のおかげさ」と俺は答えた。
「ということは、あたしのおかげだよね? あたしに感謝して!」
新たに俺たちの一行に加わったガミメスは、俺の腕に抱きついて離れない。
さっそく甘えてくる彼女は、俺の目には、まるで遠くの学校に通っていて、久しぶりに親に会えてはしゃぐ子供のように映った。
「ああ、ありがとうな、ガミメス」
俺がガミメスの頭をよしよしと撫でると、ガミメスは「んふふ」と、飼い主に撫でられる猫のように目を細めた。
気づけばティフォンとイズミも頭を寄せてきていたので、俺は両手を使って3人の頭を撫でてやる。
「ふにゃ……」「はふぅ……」と、極楽にいるような声を漏らす精霊姫たち。すっかりとろけて、俺に身体を預けてくる。
「ユニバスくんのナデナデ……すっごく気持ちいい……なんだか、だんだん上手になってる気が……」
「はひぃ、極楽浄土とは、まさにこのことです……」
「うにゃあん、ユニバスさまぁ……」
精霊というのは人間に撫でられるのが好きだ。彼女たちもすっかりメロメロになっている。
ティフォンがうっとりつぶやいた。
「景色はずっと代わり映えしなくて、草がたまに転がってくるくらいだけど……。でもユニバスくんといられるなら、ずっとこのままでもいいかも……」
ちょうど目の前を、バスケットボールくらいの大きさの、丸い形をした枯れ草が6個、ピラミッドのような陣形を組んで転がっていった。
「あれは『タンブルウインド』っていうんだ。あの中には木の『精霊虫』が入っていて、ああやって転がることでタネを撒いているんだ」
俺はそう説明する。枯れ草のボールの真ん中は空洞になっていて、その中では手のひらサイズの精霊虫が「えっほえっほ」と、回し車のハムスターよろしく走っているのだ。
タンブルウインドを見た精霊姫たちが、口々に感想を漏らす。
「へぇ、あれも精霊さんなんだ!」と、ティフォンが目を丸くする。
「ああやって、大地を緑に変えてくださっているのですね。ご苦労さまです」と、イズミがそっと手を合わせる。
「あたしもユニバス様のタネ、欲しいよぉ……」と、ガミメスがぼやく。
「ユニバスくんのタネってなに?」と、ティフォンが不思議そうに首をかしげた。
しかし、そのとき俺はあることに気づいた。「あっ」と、思わず馬車を急停車させる。ガクーンと前のめりになる精霊姫たち。
「ど、どうしたの、ユニバスくん」
「あれを見てくれ」と、俺は前方を指さした。
指さした先には、タンブルウインドが止まっていた。
「タンブルウインドはずっと走ってるものなんだ。でも、あそこにいるのは動いてすらいない」
「ざぁこ、そんなのほっとけばいいじゃん」
「そういうわけにはいかないよ、ちょっと見てくる」
「すべての精霊を気づかわれるなんて、流れる石でございます」
馬車を降りた俺は、そっと枯れ草のボールに近づいていく。
すると、枯れ草のボールのそばに、小さな精霊がいた。枯れ草でできたワンピースをまとった、ミノ虫のような姿。
ティフォンは「わあっ! これがタンブルウインドさん? かわいいーっ!」と黄色い声をあげながら、タンブルウインドの精霊を人形でも扱うようにひょいと持ち上げた。
ティフォンは頬ずりしようとしたが、タンブルウインドは敵意剥き出しだった。
「ウーッ」と唸り、口からタネをマシンガンのごとく吐き散らして、精霊姫たちを撃ちはじめる。
「いたたたた!? い、いたいってば! やめてやめて! ひーっ!?」
「ああっ、おやめください、タンブルウインド様!」
「なにこの精霊、ざぁこっ!?」
精霊姫たちは俺に助けを求めようとしたが、その俺はといえば、地面にしゃがみこんでいた。枯れ草のボールをそっと胸に抱き、愛おしさのままに頬ずりしていたのだ。
「な……なにやってるの、ユニバスくん?」
ティフォンは呆気に取られていたが、いつの間にかタネ攻撃は止んでいた。
タンブルウインドは俺の肩の上に移動。小さな身体を精一杯伸び上がらせ、感謝の気持ちを表すように俺の頬にすり寄ってくる。
「タンブルウインドさんが、懐いてる……? どうして……?」
俺はタンブルウインドに頬ずりを返しながらティフォンに言った。
「タンブルウインドは『家』をなによりも大事にしているんだ。だからこうやって、家を誉めてあげると喜ぶんだ」
「……!」
ティフォンが、目を見開いた。
そして胸の前でぎゅっと手を握りしめ、ひとりごとのように小さくつぶやく。
「……人間さんはね、小さな精霊さんのことを、虫みたいに思ってるの。小さな精霊さんのいる場所のことだって、『巣』って呼ぶんだよ……?」
なのに、と続けるティフォンの瞳が、じわりと潤む。
「……ユニバスくんはやっぱり、わたしたち精霊のことが大好きなんだね……!」
「精霊が大事にしているものは、俺にとっても大事なものなんだ」
俺がそう返すと、ティフォンはますます目を丸くして、それから胸のあたりをきゅっと押さえた。
「……ありがとう、ユニバスくん」
しみじみとしたその声に、すかさずガミメスが突っ込んでくる。
「はぁ? なんでお礼言ってんの?」
「いや、タンブルウインドさんのかわりにね」
「なにそれ、ざぁこ」
俺は足元の枯れ草のボール、ぺしゃんこに崩れかけた、タンブルウインドの家を拾い上げた。
「家が壊れたから立ち往生してたんだな。待ってろ、すぐに直してやるから」
これにはガミメスが「えーっ」と、あからさまに反対の声をあげた。
「なんでそんなことまでするの? もうほっとけばいいじゃん」
「そういうわけにはいかないよ」
「ざぁこ、下級精霊の巣を直す人間なんて聞いたことないよ」
「ガミメス様、良いではありませんか。ユニバス様は新感覚の人間様なのです」
イズミが眼鏡の縁を押さえながら、おっとりとガミメスをなだめる。
「そうそう、困ってる精霊はほっとけないのがユニバスくんなんだよ」
ティフォンも得意げに胸を張った。
俺が枯れ草を編み直していると、地の精霊たちが肩に乗っていた。
いつもはトランスの中にいるのだが、出てきた彼らは小さな手のひらに、拾ってきた硝石を乗せていた。
「おっ、硝石を見つけてくれたのか。ありがとう」
礼を言って受け取ると、地の精霊は照れくさそうに笑った。
















