第八話の三
「スラァアアアアアアアアアアアアアアっ!」
響く野太い声。
見ればそこに居たのは。
「こ、こやつはスライム将軍! 短時間にスライムを同じ場所で大量に殺した場合、偶発的に現れるスライムの魂の集合体!」
と、アッシュの視線の先の状況を解説してくれるシャロン。
彼女はいつの間にやら彼の体から降り、言葉を続ける。
「通常なら三十からそこらスライムを殺した程度では、現れないはずなのじゃが……さては、アッシュの膨大な力に影響され姿を現したのじゃな!」
「なんか急に解説キャラになったな、お前」
「うっさいのじゃ! 我は一応おぬしの先輩だから、おぬしに説明してあげてるのじゃ!」
「うぉ、マジか! シャロンって魔王なのにいい奴なんだな!」
「ふんっ! わかったならいいのじゃ!」
シャロンは「それにしても」と話しを仕切り直し、言ってくる。
「スライム将軍は見た目とは裏腹にかなり強いのじゃ! その力は上級冒険者五人がかりでも苦戦するほど……この場に居るのは上級冒険者が一人と、ひよっこが一人なのじゃ」
つまり、常識的に考えるならば、この場に居る戦力ではスライム将軍に勝てない。
シャロンはそう言いたいに違いない。
「しかーしなのじゃ!」
シャロンはアッシュを守るように一歩踏み出し、言葉を続ける。
「我が真の姿は魔王……魔王シャロン! この程度の相手、一撃で消し炭に――消し炭に……って、あ、ちょっ! アッシュ! どうして我をっポイってするのじゃ!」
などと、シャロンは文句を言ってくる。
けれど、アッシュはそんなシャロンを無視――彼女を抱っこし、横の方にぽいっと退避させる。
(シャロンの説明通り、スライム将軍はかなり強い。あのゲームにおいてもレイドボス扱いだったしな)
常識的に考え、現状は魔王であるシャロンに任せるか、逃げるかするのが正しいに違いない。
(でも、その常識はあくまで俺にスキル《変換》がなかった場合だ。こいつさえあれば、万が一ってことはない……それに)
スライム将軍は強い。
それすなわち、これまでの敵と違ってまともな戦闘が出来る可能性があるという事だ。
一方的な戦いでは実験出来ない事。
それを試すには非常にいい機会である。
「こらぁ~~! 我を無視するのはダメなのじゃ!」
未だ端っこでわーわー騒いでいるシャロン。
アッシュはそんな彼女をなおも無視し、スライム将軍へと向き合う。
直後。
「スラァアアアアアアアアアアアアアアっ!」
スライム将軍がその巨体からは想像できない速度で、アッシュへと突進してきたのだ。
「っ!?」
「アッシュ!」
と、シャロンの心配そうな声。
彼女が心配するのも当然だ――なんせ、スライム将軍の突進はアッシュに直撃。彼の体は遥か後方へと吹っ飛んだのだから。
(痛ぅ……攻撃が全く見えなかったな。いやぁ、油断した。それにしても――)
これが痛覚。
アッシュはこの世界に来てから、ようやくまともな痛みを感じていた。
(トラックに突進されたみたいな勢いで吹っ飛んだけど、それでたったこれだけの痛みか)
アッシュがもっとも確認したかった事――どれくらいの攻撃ならば、アッシュにダメージを与えられるのか。
それは把握した。
あと実験したいことはスキル《変換》の力加減である。
スキルを付与しない時の攻撃力など、色々試したいわけだが。
「頼むから、壊れないでくれよ」
アッシュは初の強敵を前に、メニューウィンドウを開くのだった。




