第22話 侯爵家、安く見られています
第22話 侯爵家、安く見られています
ローゼンベルク侯爵家の信用が、ヴァレンティナの知らないところで少しずつ目減りしていると判明してから、三日が経った。
屋根の穴なら職人を呼べばいい。
壁のひびなら石工に見せればいい。
領地の赤字なら帳簿を開き、収入と支出を一つずつ確認すればいい。
しかし信用というものは、どこを見ても穴が開いているわけではなく、触って確かめることもできなければ、帳簿の末尾に残高が書かれているわけでもない。
そのくせ、なくなれば前金四十八リルという形で突然姿を現す。
ヴァレンティナにとって、非常に性格の悪い財産だった。
「だから、まず現状を確認する」
朝食後の書斎で、アルベルトはそう言った。
大きな机の上には数通の招待状と、王都の貴族名鑑、それからセドリックがまとめた取引先の一覧が置かれている。
窓の外では冬の薄い日差しが庭へ落ち、暖炉では薪が静かに燃えていた。以前なら煙の少ない高級な薪を屋敷中で惜しげもなく使っていたところだが、今では来客用の部屋と普段使いの部屋で種類を分けている。
もちろん、来客にそんな事情は見せない。
それもまた信用の一部らしい。
「現状って、噂を集めるの?」
「それもある」
「誰が何を言ってるか全部書き出す?」
「君は噂話まで帳簿にするつもりか」
「駄目なの?」
「……好きにしろ」
アルベルトは早くも諦めた顔をした。
ヴァレンティナの手元には、三日前から使い始めた新しい帳面がある。
表紙には大きく『信用』と書かれており、その最初のページには、
《現在、いくらあるのか不明》
《減った理由は、たぶん私たちが正しいと思ってやったこと》
と記されている。
さらに昨日、
《グラント商会 前金四十八リル要求→撤回》
が追加された。
「ところで」
ヴァレンティナは帳面を開いた。
「グラント商会の前金、結局どうやって撤回させたの?」
「説明しただろう」
「全然説明になってなかったわよ。『ローゼンベルク家がこれからもローゼンベルク家であることを話した』って何?」
「そのままの意味だ」
「そのままで分からないのよ!」
向かい側で書類を整理していたセドリックの口元が、ごくわずかに緩んだ。
「セドリックは分かる?」
「おおよそは」
「なんで!?」
「長く当家に仕えておりますので」
「また私だけ分からない!」
アルベルトが小さく息を吐いた。
「グラント商会が心配していたのは、四十八リルを払えるかどうかだけではない」
「うん」
「今後も我が家が安定した取引相手であり続けるかどうかだ」
「だから、ちゃんと払えるって説明したんでしょう?」
「それだけでは足りない」
アルベルトは机の上にあった一通の書状を取った。
「例えば、今回の窓枠補修だけなら九十六リル程度の取引だ。しかし商会からすれば、ローゼンベルク家との関係は今回一度で終わるものではない。今後十年、二十年と屋敷の修繕があれば木材を納められる可能性がある」
「……なるほど」
「さらに、我が家と取引しているという事実自体が、別の客への信用になることもある」
「ローゼンベルク家に納めてる店なら安心、みたいな?」
「そうだ」
ヴァレンティナは帳面へ書き込んだ。
《侯爵家と取引していること自体が商人の信用になる》
「じゃあ、向こうにとっても私たちは必要なのね」
「少なくとも、完全に一方的な関係ではない」
「だったら前金なんて要求しないでよ」
「相手も商売だ。不安になれば自分を守る」
「商人としては正しいわね」
「だろう」
ヴァレンティナは少し不満だったが、それ以上は反論しなかった。
相手が自分の利益を守ろうとすることまで責めるつもりはない。
問題は、そうさせるほどローゼンベルク家が不安に見えていることだった。
「それで、今日は何をするの?」
「外へ出る」
「どこへ?」
「仕立屋だ」
ヴァレンティナの目が輝いた。
「服!?」
「急に嬉しそうだな」
「だって仕立屋でしょう?」
「君は本当に分かりやすい」
「何を作るの?」
「俺ではない。君だ」
「私?」
ヴァレンティナは自分を指差した。
「春の王宮晩餐会用のドレスを仕立てる」
数秒の沈黙があった。
「……ベル・モードじゃ駄目?」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないじゃない!」
「言うことは分かっている。安いドレスを買って自分で手を入れれば十分だと言うんだろう」
「十分じゃない!」
「今回は十分ではない」
あっさり切られた。
「でも、ベル・モードなら十リルあればかなりいいのが買えるわよ」
「知っている」
「二十リル出したら相当よ」
「そうだな」
「じゃあ二十リル」
「駄目だ」
「なんでよ!」
ヴァレンティナは机に身を乗り出した。
その瞬間、書斎の扉が開いた。
「奥様」
聞き慣れた声に振り返ると、エレノアが立っていた。その隣にはミレイユもいる。
二人とも黒い使用人服をきっちりと着こなし、片方はいつものように厳格な顔をし、もう片方はいつものように何を考えているのか分かりにくい落ち着いた顔をしている。
「何?」
「廊下まで聞こえております」
「何が?」
「『なんでよ』が」
「そこだけ!?」
「その前も聞こえております」
ミレイユが補足した。
「……あなたたち、最近息ぴったりね」
「仕事上の連携は円滑でございます」
「銀器の点検頻度を除けば」
エレノアが言った。
「二週間に一度で十分かと」
「毎週です」
「今その話やめて!」
二人とも黙った。
アルベルトは何事もなかったように話を戻した。
「今回の晩餐会には、王族のほか、公爵家や伯爵家の当主夫妻も多く出席する。ローゼンベルク家が困窮しているという話が出ている以上、君がまた極端に安いドレスを着ればどう見えると思う?」
「……侯爵夫人のドレスを仕立てるお金もない?」
「そうだ」
「でも本当はあるのに」
「世間は君の預金通帳を見ない」
「帳簿ね」
「どちらでもいい」
ヴァレンティナは腕を組んだ。
「つまり、今回は高いドレスを買うこと自体に意味があるってこと?」
「正確には、高いものを買うことではない」
「違うの?」
「ローゼンベルク侯爵夫人として、その場にふさわしい装いをすることに意味がある」
「でも、それって結局高いでしょう?」
「結果としてはな」
「いくら?」
アルベルトが黙った。
「いくら?」
「まず仕立屋へ行く」
「予算は?」
「ヴァレンティナ」
「予算を決めずに買い物する気!?」
今度はヴァレンティナが本気で驚いた。
「そんな恐ろしいことできないわよ!」
「買うものを見てから決めればいい」
「駄目! それやると高いもの見せられて、そのまま買うことになるでしょう!」
「侯爵家御用達の仕立屋だぞ」
「だからよ! 絶対高いじゃない!」
セドリックが静かに横を向いた。
笑っている。
絶対に笑っている。
「予算を決めて」
ヴァレンティナは譲らなかった。
「上限」
「百二十リル」
「高っ!」
「声」
エレノアに注意された。
ヴァレンティナは口元を押さえ、それから小声で続けた。
「百二十リルって、ベル・モードの六リルのドレス二十着買えるじゃない」
「なぜ二十着に換算する」
「分かりやすいからよ」
「俺には分からん」
「六リルが二十着よ?」
「計算の話ではない」
アルベルトは額を押さえた。
「百二十リル全部を使えと言っているわけではない。上限だ」
「……なら、できるだけ余らせる」
「好きにしろ。ただし、安く見せるな」
三日前にも聞いた言葉だった。
ヴァレンティナは『信用』の帳面へ書き加えた。
《安く買ってもいい。ただし安く見せない》
「それ、私得意よ」
「だからこそ、今回は仕立屋に任せろ」
「信用されてない!」
「君を信用すると六リルになる」
「七リル八十セルよ。手直し込みで」
「細かい」
午前十一時。
ヴァレンティナとアルベルトは馬車で王都の中心部へ向かった。
同行したのはエレノアで、ミレイユは屋敷に残って午後の使用人配置を確認することになっている。
馬車が進むにつれ、通りに並ぶ建物は次第に大きくなり、商店の看板にも金箔や彫刻が増えていった。
ベル・モードのような通信販売とは正反対の世界だった。
目的の仕立屋は、王宮へ続く大通りから一本入った場所にあった。
店構えだけなら派手ではない。
淡い灰色の石造りの建物に、黒い扉と小さな金文字の看板があるだけだった。
「……思ったより地味ね」
「そうか?」
「もっと入口から金色でピカピカしてると思ってた」
「そういう店ではない」
アルベルトが扉を開ける。
中へ入った瞬間、ヴァレンティナは少しだけ考えを改めた。
派手ではない。
しかし、明らかに金がかかっている。
厚い絨毯は足音をほとんど吸い込み、壁際の棚には色ごとに整えられた生地見本が並んでいる。大きな鏡には歪み一つなく、応接用の椅子には細かな刺繍が施されていた。
香水のような強い匂いもなく、店内には新しい布と木材、それから微かな蜜蝋の香りが漂っている。
「……高そう」
「入って最初の感想がそれか」
「だって高そうなんだもの」
奥から五十代ほどの女性が現れた。
銀の混じり始めた黒髪を低い位置でまとめ、深い紫色のドレスを着ている。装飾はほとんどないが、肩から腰へ流れる線が驚くほど美しく、ヴァレンティナは一目で仕立ての良さを理解した。
「ローゼンベルク侯爵様、お久しゅうございます」
女性は優雅に一礼した。
「マダム・ラヴィエ。急に悪かったな」
「とんでもございません」
それから彼女の視線がヴァレンティナへ移った。
「侯爵夫人には初めてお目にかかります」
「ヴァレンティナです」
「存じ上げております」
柔らかい笑みだった。
「ベル・モードの葡萄色のドレス、とても素敵でした」
ヴァレンティナの顔が明るくなった。
「知ってるの!?」
「もちろんでございます」
「六リルだったのよ!」
「ヴァレンティナ」
アルベルトの低い声が飛んできた。
「何よ」
「値段を言うな」
「なんで?」
「今からそれを学ぶんだ」
マダム・ラヴィエは笑わなかった。
しかし、目元だけが少し楽しそうだった。
「本日は春の王宮晩餐会用と伺っております」
「ああ」
「侯爵夫人のお好みは?」
「赤とか桃色とか、はっきりした色が好きです。あと、地味なのは嫌」
「存じております」
「なんでみんな知ってるの?」
「君が毎回そういう格好をしているからだ」
「なるほど」
ヴァレンティナは納得した。
マダム・ラヴィエは数種類の生地を持ってこさせた。
深い赤、葡萄色、青みを帯びた薔薇色、濃紺、淡い金。
ヴァレンティナはすぐに赤へ手を伸ばしたが、その前にアルベルトが別の生地を取った。
「こっちだな」
「え?」
彼が選んだのは、深い薔薇色だった。
赤ほど強くはないが、光が当たると僅かに金色の艶が浮かぶ。
「地味じゃない?」
「君が着れば十分派手になる」
「褒めてる?」
「事実だ」
マダム・ラヴィエが生地をヴァレンティナの肩へ当てた。
鏡を見る。
思っていたより悪くない。
むしろ金髪と白い肌が目立ち、赤より顔立ちが柔らかく見えた。
「……似合う」
ヴァレンティナが呟いた。
「そうだな」
アルベルトの返事は早かった。
ヴァレンティナが鏡越しに彼を見る。
「珍しくすぐ褒めた」
「似合っているから言っただけだ」
「いつもそれくらい素直ならいいのに」
「君も少し静かなら助かる」
「関係ないでしょう」
マダム・ラヴィエが今度こそ小さく笑った。
デザインを決める段階になると、ヴァレンティナは途端に真剣になった。
袖の形、襟元、裾の広がり、刺繍の量。
彼女自身、服を直すことには慣れているため、どこに手間がかかるのかはある程度分かる。
「この刺繍、全部手で?」
「はい」
「ここまで必要?」
「減らすこともできます」
「減らしたらいくら?」
「ヴァレンティナ」
「聞くだけよ!」
アルベルトが何か言う前に、マダム・ラヴィエが答えた。
「十二リルほど変わります」
「十二!」
ヴァレンティナの目が光った。
「じゃあ――」
「残す」
アルベルトが言った。
「なんでよ!」
「そこは必要だ」
「十二リルよ?」
「分かっている」
「ワイン一本よ?」
「その換算をやめろ」
アルベルトは刺繍部分を指した。
「王宮の大広間では、近くで見る人間より遠くから見る人間の方が多い。この程度の装飾がなければ、照明の下では全体が平坦に見える」
「……そうなの?」
「そうだ」
マダム・ラヴィエも頷いた。
「侯爵様のおっしゃる通りでございます。晩餐会のお席だけであれば不要ですが、その前後の大広間では、少し光を拾う装飾があった方がよろしいでしょう」
ヴァレンティナはもう一度鏡を見た。
自分なら十二リルを削っていただろう。
しかし、それでは今回の目的から外れる。
「……残します」
「賢明かと」
「十二リル……」
「まだ言っているのか」
「だって十二リル……」
最終的な見積もりは八十六リルだった。
百二十リルの上限よりは安い。
しかしヴァレンティナがこれまで買ってきた服とは桁が違う。
店を出たあとも、彼女は見積書を何度も眺めていた。
「八十六リル」
「聞こえている」
「ベル・モードなら十四着買って余る」
「買ってどうする」
「毎日着替える」
「必要ない」
「二週間違う服着られるのよ?」
「王宮晩餐会に十四着重ねて行くつもりか?」
「重ねないわよ!」
馬車へ乗り込む。
向かいに座ったアルベルトは、まだ見積書を見つめているヴァレンティナを見た。
「納得していないか」
「してるわよ」
「その顔で?」
「高いと思ってるのと、必要だと思ってるのは両立するの」
アルベルトが少しだけ目を細めた。
「それならいい」
「でも、まだ完全には分かってない」
「何がだ」
「どうして服一着で信用が変わるの?」
アルベルトは少し考えた。
「一着だけなら変わらない」
「じゃあ意味ないじゃない」
「そうではない」
馬車がゆっくり動き始める。
窓の外では、冬の王都の街並みが後ろへ流れていった。
「人は、他人の帳簿を見られない」
アルベルトが言った。
「だから、見えるもので判断する。屋敷、使用人、馬車、服、食事、付き合う相手、金の使い方。その一つ一つから、家が今どういう状態なのかを推測する」
「……私たちが畑を見に行ったのと同じ?」
「少し違うが、考え方としては近い」
「帳簿だけじゃ分からなかったから、実際に見た」
「ああ」
ヴァレンティナは窓の外を見た。
「じゃあ、みんなもローゼンベルク家を見て判断してるのね」
「そうだ」
「でも、間違ってる」
「情報が足りなければ間違える」
「だから、正しく見えるようにする?」
「そういうことだ」
そこでようやく、少し腑に落ちた。
見栄を張るためだけに八十六リルを使うのなら、ヴァレンティナは納得できない。
しかし、それが相手に渡す情報なのだと考えれば、意味が変わる。
ローゼンベルク侯爵家は、必要な場面で侯爵家にふさわしい支出ができる。
困窮して、妻の衣装さえ用意できない家ではない。
それを言葉ではなく、見せる。
「……広告みたいなもの?」
ヴァレンティナが言った。
「広告?」
「ベル・モードだって、服を売るときに綺麗な絵を載せるでしょう。商品が良くても、見せ方が悪かったら売れないもの」
「まあ、近いな」
「なんだ。最初からそう言ってよ」
「君が貴族の社交を通信販売と同じだと思い始めるから嫌だった」
「似てるじゃない」
「似ていない」
「似てるわよ」
「違う」
「同じ」
馬車の隅で、エレノアが静かに目を閉じた。
どちらにも同意したくないらしい。
屋敷へ戻ると、ミレイユが一通の封筒を持って待っていた。
「旦那様、奥様。先ほど届きました」
「どこから?」
ヴァレンティナが尋ねる。
「ウェストン伯爵家でございます」
聞き覚えがあった。
昨年のお茶会へ来た伯爵夫人の家であり、西部に広い小麦畑を持っている。
アルベルトが封を開き、中を確認した。
「何?」
「来週の夜会への招待だ」
「また?」
「また、とは何だ」
「最近、外に出る用事多くない?」
「それが社交だ」
「お金かかる?」
「最初に聞くのがそれか」
「大事でしょう」
アルベルトは招待状をヴァレンティナへ渡した。
「今回は金より重要なものがある」
「何?」
「ウェストン伯爵はグラント商会とも取引がある」
ヴァレンティナの表情が変わった。
「……本当に?」
「ああ。それだけではない。王都の商人組合の理事の一人とも親しい」
ヴァレンティナは招待状を見た。
昨日までなら、単なる夜会の案内だった。
今は違って見える。
「行く」
「急に乗り気だな」
「だって大事なんでしょう?」
「大事だ」
「じゃあ行く。何を聞けばいい?」
「何も聞くな」
「え?」
「少なくとも、いきなり木材の支払い条件を聞くな」
「じゃあ何しに行くのよ」
「話をする」
「何の?」
「天気でも、音楽でも、服でもいい」
「それで信用が戻るの?」
「一晩で戻るわけではない」
「効率悪い!」
ヴァレンティナは思わず叫んだ。
エレノアが咳払いをした。
「……効率が悪いわ」
声だけ小さくした。
「だから信用には時間がかかる」
アルベルトは淡々と言った。
「商売でも同じだろう。初めて会った相手に、いきなり大口の取引を任せるのか?」
「任せない」
「何度か取引して、支払いを確認して、相手の評判を聞く」
「……するわね」
「それと同じだ」
ヴァレンティナはしばらく黙っていた。
それから『信用』の帳面を開き、新しいページに書いた。
《信用は、一回で作れない》
さらに少し考えて、
《高い服にも、必要なときは意味がある》
と付け加えた。
その横に小さく、
《ただし八十六リルは高い》
とも書いた。
「何を書いた」
「秘密」
「見せろ」
「嫌」
「俺の家の信用について書いているんだろう」
「私の家でもあるでしょう?」
ヴァレンティナが顔を上げる。
アルベルトは一瞬黙り、それから小さく息を吐いた。
「……そうだったな」
「だから秘密」
「理屈がおかしい」
「いいの」
帳面を閉じる。
三日前、ヴァレンティナは信用というものが何なのか、ほとんど分かっていなかった。
今日分かったのは、ほんの少しだけだった。
信用には値札がついていない。
しかし、なくなれば前金を要求される。
服一着で作れるものではない。
しかし、服一着から疑われることはある。
安く買うことと、安く見られることは違う。
そして、ローゼンベルク家ほど古い家では、長い年月をかけて積み上げた「見えない財産」が、ヴァレンティナが思っていた以上に大きいらしい。
翌週、ウェストン伯爵家の夜会へ出席することが決まった。
ただし、八十六リルの新しいドレスはまだ完成していない。
その事実に気づいたヴァレンティナは、自室へ戻る途中で足を止めた。
「ねえ、エレノア」
「はい」
「来週、何着ていけばいい?」
「昨年お仕立てになった赤紫のドレスがございます」
「あれ、いくらだったっけ」
「奥様」
「聞いただけよ!」
屋敷の奥まで声が響いた。
ローゼンベルク侯爵家の信用回復は、まだ始まったばかりだった。




