第17話 侯爵家、ジャムを売ります
第17話 侯爵家、ジャムを売ります
翌朝、ローゼンベルク領の館にある厨房では、朝食の片づけが終わるよりも早く、いつもとは違う種類の仕事が始まっていた。
大きな作業台の上には、昨日の果樹園から運んでもらった林檎と洋梨が籠いっぱいに並べられている。
どれも生の果物として王都へ出荷する基準から外れたものだった。
表面に小さな傷があるもの、形が歪んでいるもの、熟しすぎて柔らかくなったものが中心で、腐敗しているものや食用に適さないものは最初から除外してある。
その横には砂糖、蜂蜜、香辛料、大小の瓶、それにヴァレンティナが昨夜作った試作表が置かれていた。
「では、始めましょう」
ヴァレンティナが袖をまくると、領地の館で厨房を任されている料理人が、少し困ったような顔をした。
四十代半ばほどの男で、名をダニエルという。がっしりした体格に短い黒髪、日に焼けた腕には古い火傷の跡があり、王都のマルセルよりいくらか無骨な印象を受ける。
「奥様、本当にご自分でなさるので?」
「やるわよ」
「私どもにお申し付けくだされば」
「商品にできるか調べたいんだから、私も見ないと分からないでしょう?」
「しかし」
「料理はできるから大丈夫」
「奥様」
厨房の入口から声が飛んできた。
振り返らなくても誰か分かる。
「何よ、ミレイユ」
「昨日、エレノア様からお預かりした注意事項を再確認いたします」
「そんなものあったの?」
「ございます」
ミレイユは一枚の紙を開いた。
「『奥様が厨房へ入られる場合、火のそばで袖を広げさせないこと。重い鍋を一人で持たせないこと。作業へ夢中になって昼食を忘れさせないこと』」
「何その子供みたいな注意書き!」
「続きがございます」
「まだあるの!?」
「『料理人の仕事を奪わないこと』」
ダニエルが吹き出しかけて咳払いをした。
「エレノア!」
「こちらにはおりません」
「分かってるわよ!」
王都から二日離れた領地へ来ても、メイド長の影響力からは逃れられないらしい。
「とにかく始めるわよ。ダニエル、あなたのやり方も教えて」
「かしこまりました」
◇
最初に作ることにしたのは林檎のジャムだった。
昨日マーサから食べさせてもらった保存食は蜂蜜を多く使っていたが、それをそのまま商品化するつもりはない。
領内で蜂蜜は採れるものの、生産量には限りがあり、すべてを果物加工に回せるほど安価でもないからである。
「砂糖だけのものと、蜂蜜を混ぜるものを作りましょう」
ヴァレンティナは試作表を指した。
「それぞれ甘さも三段階くらい変える」
「六種類ですか?」
「林檎だけでね」
「洋梨も?」
「もちろん」
ダニエルが試作表を見た。
「かなりの数になりますな」
「一度に決めるよりいいでしょう」
「奥様」
ミレイユが口を挟む。
「何?」
「昨日は『まず少量』と仰っておられました」
「少量よ」
「種類が多いのですが」
「一種類ずつが少量なの!」
「左様ですか」
「納得してない顔ね」
「元からこの顔です」
どこかで聞いた台詞だった。
ヴァレンティナは無視することにした。
まず林檎の皮を剥き、傷んでいる部分だけを取り除く。
果肉を刻み、重さを量る。
そこへ砂糖を加えて鍋へ入れ、弱い火でゆっくり煮ていく。
しばらくすると果肉から水分が出て、厨房の中に甘酸っぱい香りが広がり始めた。
「いい匂い」
「まだ食べないでください」
ミレイユが言う。
「食べないわよ」
「先ほどから三回、匙を持とうとなさっております」
「味見よ!」
「まだ煮えておりません」
「分かってるわよ!」
ダニエルの肩がわずかに震えている。
「笑った?」
「いいえ」
「絶対笑ったでしょう」
「火を見ておりました」
「火にお笑い要素はないわよ!」
◇
最初の試作品が完成したのは、それから一時間ほど後だった。
三つの小さな器に、砂糖の量を変えた林檎の煮物が並ぶ。
ヴァレンティナは順番に味を確かめた。
「一番少ないのが美味しい」
「私もそう思います」
ダニエルも頷いた。
果物そのものの酸味と香りが残り、パンにつけても食べやすい。
二番目は甘さが強くなるが、菓子に使うなら悪くない。
三番目はかなり甘い。
「これは甘すぎるわね」
「保存を考えれば、砂糖が多い方が有利ではございます」
ダニエルが言った。
「そうなの?」
「砂糖を多く使った保存食の方が長く持ちます。ただし、どれほど持つかは実際に置いて確かめる必要がございます」
ヴァレンティナの手が止まった。
「……美味しい方が一番いいとは限らないのね」
「売るのであれば、そうなりますな」
家庭で作り、その日のうちに食べるなら、好きな甘さでいい。
だが王都へ運んで店頭へ並べるなら、作ってから客の口へ入るまで何日もかかる。
途中で傷めば、どれだけ美味しくても商品にはならない。
「じゃあ、全部瓶に詰めて置いておきましょう。三日後、一週間後、そのあとも確認する」
「蓋を開けたものと、開けていないものも分けた方がよろしいかと」
ダニエルが提案する。
「どうして?」
「家庭で一度に食べ切るとは限りませんので」
「なるほど」
ヴァレンティナはすぐ試作表へ書き加えた。
その横でミレイユも何かを書いている。
「何書いてるの?」
「必要な瓶の数です」
「あなた、本当に瓶係になったわね」
「そのような役職ではございません」
◇
午前中いっぱいを使い、林檎だけで六種類、洋梨で四種類の試作品が完成した。
蜂蜜を加えたものは香りがよく、砂糖だけのものは原価を抑えられる。
さらに少量の香辛料を加えたものも作ってみたが、こちらは意見が分かれた。
「私は好き」
ヴァレンティナは林檎と香辛料を合わせたものをもう一口食べた。
「冬っぽくていいじゃない」
ダニエルは少し考えた。
「悪くはございません。ただ、毎朝パンにつけるには香りが強いかもしれません」
「なるほど」
ミレイユにも食べさせてみる。
「どう?」
「美味しいと思います」
「どれが一番?」
「砂糖を控えた林檎です」
「やっぱりそれよね」
「ただし」
「何?」
「私は商品を買う側の代表にはならないかと」
ヴァレンティナは匙を止めた。
「……それもそうね」
三人が美味しいと思った。
だから何なのか。
三人とも同じ屋敷の中にいる人間である。
「もっと色んな人に食べてもらわないと駄目ね」
「館の使用人にも試してもらいますか?」
「それもやりましょう。でも、それだけじゃ足りない」
ヴァレンティナは試作品を眺めた。
「売りたい相手にも食べてもらわないと」
◇
昼食後、アルベルトが厨房へ呼ばれた。
「なぜ俺がここにいる?」
「試食」
「俺である必要があるのか?」
「あるわよ」
「なぜだ」
「貴族だから」
「雑な分類だな」
ヴァレンティナは彼の前へ四つの小皿を並べた。
林檎の砂糖控えめ、林檎の甘め、蜂蜜入り、香辛料入りである。
「値段は言わないから、好きな順番に並べて」
「ワインのときと同じことをするのか」
「そう」
「俺は果物の専門家ではないぞ」
「分かってる。今日は専門家じゃなくて客として食べて」
アルベルトは諦めたように匙を取った。
一つずつ口へ運び、途中で水を飲みながら味を確かめていく。
「これだな」
最後に選んだのは、蜂蜜を少量使った林檎だった。
「理由は?」
「甘すぎない。香りもいい」
「毎日食べるなら?」
「毎日?」
「朝食でパンにつけるとか」
アルベルトはもう一度四種類を見た。
「それなら、こちらだ」
今度は砂糖控えめの林檎を選んだ。
「ほら!」
「何がだ」
「ダニエルと同じ!」
「だから?」
「普段用と贈答用で味を分けてもいいかもしれない」
「待て」
「何?」
「まだ売れるかどうかも分かっていないだろう」
ヴァレンティナの口が止まった。
「……そうね」
「もう贈答用まで作る気だったのか」
「ちょっとだけ」
「早い」
「分かってるわよ!」
アルベルトは蜂蜜入りをもう一口食べた。
「だが、これは悪くない」
「美味しい?」
「悪くない」
「美味しいのね」
「勝手に翻訳するな」
◇
午後からは味ではなく、金の話になった。
ヴァレンティナが最も気になっていたのは、商品一瓶あたりの原価である。
「果物は捨ててたものだから、ほとんど無料でしょう?」
そう言ったところで、ヘンリーが首を横に振った。
「完全に無料とは申せません」
「どうして?」
「選別する者が必要になります。加工用として分けるのであれば、これまでより作業が増えますので」
「……そうね」
「果樹園から加工場所まで運ぶにも人手が必要です」
「それもいる」
「さらに、腐る前に処理しなければなりません」
「うん」
ヴァレンティナは紙へ書き込んだ。
果物そのものの仕入れ値は低い。
しかし、集めるための人件費がある。
そこへ砂糖、蜂蜜、薪、瓶、蓋、運送費が加わる。
さらに実際に煮る人間の賃金も必要になる。
「瓶、高くない?」
見積もりを見たヴァレンティナが眉を寄せた。
「少量注文ですので」
「大量に買えば?」
「単価は下がるでしょう」
「でも、まだ売れるか分からないのに大量に買うのは嫌」
「でしたら、最初は高くなります」
「そうなるわよね」
商売とは実に面倒だった。
たくさん作れば安くなる。
しかし、売れなければ大量の在庫を抱える。
少しだけ作れば失敗しても傷は浅い。
その代わり、一個あたりの費用は高くなる。
「最初は高くても少量でいいわ」
ヴァレンティナは結論を出した。
「利益を最大にするより、売れるか確認する方が先」
ヘンリーが頷いた。
「では、試験販売用として数量を決めますか?」
「その前に保存期間」
「はい」
「一週間くらいで駄目になるなら、王都で売るのは難しいでしょう?」
「仰る通りかと」
ヴァレンティナは試作表へ新しい欄を増やした。
味。
原価。
保存期間。
作業時間。
一度に作れる量。
項目が増えるたびに、単なる料理から少しずつ商品へ近づいていく。
◇
ところが翌日、別の問題が見つかった。
「味が違う」
ヴァレンティナは二つの器を交互に食べ、眉を寄せた。
どちらも同じ分量の林檎と砂糖を使い、同じ手順で作ったはずだった。
それなのに、昨日作ったものより今日の方が甘い。
「林檎そのものの甘さが違いますので」
ダニエルが説明する。
「同じ林檎でしょう?」
「同じ品種でも、熟し方によって味は変わります」
「……そうなのね」
考えてみれば当たり前である。
傷物や熟しすぎた果物を使うということは、材料の状態が毎回同じではない。
家庭で食べるなら「今日は少し甘い」で済む。
商品として同じ名前で売るなら、それでは困る。
「どうしたらいい?」
「果物の状態を見て、砂糖を調整する必要がございます」
「それ、作る人によって味が変わらない?」
「変わる可能性はございます」
「駄目じゃない」
ヴァレンティナは腕を組んだ。
「同じものを買ったのに、前回と味が全然違ったら嫌でしょう」
「多少の違いは避けられないかと」
「多少ならいい。でも、誰が作っても大体同じ味にはしたい」
ダニエルも考え込んだ。
「でしたら、果物を状態ごとに分けた方がよろしいかもしれません」
「状態?」
「熟しすぎたものと、形が悪いだけで熟し方は普通のものを分けるのです」
「なるほど」
「そのうえで、基本の分量を何種類か決めておけば、差は小さくできるでしょう」
ヴァレンティナはすぐ書き始めた。
「傷があるだけ」
「はい」
「よく熟してる」
「はい」
「かなり熟してる」
「その程度でよろしいかと」
「腐ってる」
「それは使いません」
「分かってるわよ!」
ダニエルが初めて声を出して笑った。
◇
試作を始めて三日目には、厨房の棚に小さな瓶がずらりと並んでいた。
瓶には番号が振られ、それぞれ材料、砂糖の量、蜂蜜の有無、製造日が記録されている。
同時に館の使用人やヘンリーたちにも試食してもらい、好みを記録した。
結果は意外なほどばらけた。
若い使用人には甘めが人気で、年齢の高い者には果物の酸味が残るものが好まれた。
蜂蜜入りは評価が高かったが、毎日食べるには少し贅沢だという意見も多い。
香辛料入りは好き嫌いがはっきり分かれた。
「全員が好きな味なんてないのね」
ヴァレンティナは集計表を見ながら呟いた。
「服と同じではございませんか?」
横にいたミレイユが言った。
「服?」
「奥様も、すべての方に同じ色のドレスを勧めることはなさらないでしょう」
「……確かに」
「でしたら、味も一種類である必要はないのでは」
ヴァレンティナはミレイユを見た。
「あなた、いいこと言うわね」
「ありがとうございます」
「銀器二週間に一回って言ってる人とは思えない」
「それとこれは別件です」
「まだ戦ってるのね」
「譲る理由がございませんので」
どうやら王都へ戻っても銀器戦争は続くらしい。
◇
一週間の滞在を終えるころには、試作品の方向性がかなり絞られていた。
最も基本になるのは、林檎を砂糖で煮たもの。
次に洋梨。
蜂蜜入りは原価が高いため、少量だけ別の商品として検討する。
香辛料入りは今回は見送ることになった。
保存試験については一週間程度では結論を出せないため、一部を領地へ残し、ヘンリーに状態を記録してもらうことにした。
王都へ持ち帰る分についても、移動中にどう変化するか確認する。
「これで売れると思う?」
帰り支度の最中、ヴァレンティナがアルベルトに尋ねた。
「分からない」
「即答ね」
「味は悪くない」
「そこは美味しいって言って」
「悪くない」
「頑固!」
「だが、味が良ければ売れるなら、商人は苦労しないだろう」
ヴァレンティナは少し黙った。
「……そうなのよね」
「値段もある。見た目もある。店に置いてもらえるかどうかもある」
「分かってる」
「なら、王都へ戻ってからだな」
「ええ」
ヴァレンティナは荷造りされた箱を見た。
中には試作品の瓶が十数本入っている。
領地では食べられるのに捨てられていた果物。
それが煮られ、瓶へ詰められ、今は王都へ向かおうとしている。
まだ商品ではない。
値段も決まっていない。
買う人がいるかも分からない。
それでも、捨てるしかなかった昨日よりは一歩進んでいる。
◇
二日後、ローゼンベルク侯爵邸へ戻ると、エレノアが玄関で一行を迎えた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま!」
「お疲れではございませんか?」
「大丈夫よ」
「本当ですか?」
「本当!」
エレノアはヴァレンティナの顔を確認し、次にミレイユを見た。
ミレイユが小さく頷く。
「大きな問題はございません」
「なんであなたに確認するの!?」
「奥様ご本人より正確ですので」
「ひどい!」
その横を、使用人たちが荷物を運び込んでいく。
エレノアの目が一つの木箱で止まった。
「こちらは?」
「商品候補」
「商品?」
「領地の果物を煮てみたの」
「……また何か始められたのですか?」
「またって何よ!」
エレノアは小さく息を吐いた。
「屋敷を一週間留守になさったので、少し静かでした」
「寂しかった?」
「静かでした」
「寂しかったのね」
「静かだったと申し上げております」
セドリックが後ろで笑っていた。
◇
翌日の午後、ヴァレンティナは王都のベルモンド商会本店を訪れていた。
ただし、父親に商品を買ってもらうためではない。
「これ、いくらなら売れると思う?」
応接室のテーブルに瓶を置かれたオスカー・ベルモンドは、娘と瓶を交互に見た。
「何だ、これは」
「林檎のジャム」
「見れば分かる」
「ローゼンベルク領で余ってる果物を煮たの」
オスカーの顔が変わった。
娘の顔ではなく、瓶を見る。
ヴァレンティナには見慣れた変化だった。
商人の顔である。
「原価は?」
「まだ試作だから高い。瓶まで入れると、このくらい」
紙を渡す。
「保存期間は?」
「確認中」
「一度にどれだけ作れる?」
「まだ少量」
「誰が作る?」
「それもこれから」
「売り先は?」
「だから聞きに来たのよ」
オスカーは紙を見たあと、瓶を開けて少し味見した。
「悪くない」
「アルベルトと同じこと言わないで!」
「侯爵殿と意見が合うなら結構なことじゃないか」
「美味しい?」
「商品としてなら、味より先に考えることがある」
「何?」
オスカーは瓶を持ち上げた。
「これを誰が買う?」
ヴァレンティナは答えなかった。
「庶民の朝飯か?」
「それも考えてる」
「貴族向けか?」
「蜂蜜入りなら」
「菓子屋へ卸すのか?」
「それもあり」
「全部やるな」
「え?」
「最初から客を全部取りに行くな。誰に売る商品なのか決めろ」
ヴァレンティナは眉を寄せた。
オスカーは続ける。
「安くして毎朝食うものにするなら、瓶代をもっと下げろ。貴族向けなら、見た目がこれじゃ弱い。菓子屋へ卸すなら、こんな小瓶に詰める必要はない。相手によって作り方から変わる」
「……なるほど」
「それから」
「まだある?」
「当たり前だ。商売を何だと思ってる」
「面倒くさいもの」
「よく分かってるじゃないか」
オスカーは豪快に笑った。
「買ってあげようか?」
その言葉に、ヴァレンティナはすぐ首を横に振った。
「いらない」
「即答か」
「お父様の商会が買ってくれたら、一番簡単よ。でも、お父様が買わなくなった瞬間に終わるでしょう」
「ほう」
「自分で売れる商品にしないと意味がないの」
オスカーは少し黙った。
それから、口元を上げた。
「じゃあ市場の情報だけ欲しいのか」
「そう」
「高いぞ」
「娘からお金取るの!?」
「商人に無料で情報を求めるな」
「お父様!」
「冗談だ」
「顔が本気だった!」
オスカーは笑いながら、机の引き出しから紙を取り出した。
「王都で保存果物を扱っている店を三つ教えてやる。それから、菓子屋を二つ」
「五つ?」
「全部回れ」
「試食してもらえる?」
「俺の名前は出すな」
「分かってる」
「ローゼンベルクの名前も最初は出すな」
ヴァレンティナの手が止まった。
「どうして?」
「名前で買われたら、商品が売れたのか侯爵家の名前が売れたのか分からんだろう」
ヴァレンティナは父親を見た。
「……お父様、たまにすごくいいこと言うわね」
「たまにとは何だ!」
◇
翌日から、ヴァレンティナは教えられた店を順番に回った。
保存果物を扱う店では、味そのものは悪くないと言われた。
ただし瓶が高い。
別の店では、林檎より洋梨の方が珍しいため興味があると言われた。
菓子屋では、小瓶ではなく大きな容器で安く卸せるなら、焼き菓子の中身として使えるかもしれないという話が出た。
反応はそれぞれ違った。
そして五軒目。
王都西側の商業地区にある菓子店で、店主が林檎の試作品を食べたあと、もう一度匙を入れた。
「これなら、試しに使ってみてもいいですね」
ヴァレンティナの目が輝いた。
「本当?」
「ただし、今の値段では厳しい」
「どれくらいなら?」
店主が数字を示す。
ヴァレンティナはその場で原価を思い出した。
利益は出る。
大きくはない。
だが赤字にはならない。
「数量は?」
「まず二十瓶分ほど。菓子に使って、客の反応を見たい」
二十。
大量ではない。
しかしゼロでもない。
「分かりました」
ヴァレンティナは答えた。
「では――」
「待て」
後ろから声がした。
振り返ると、同行していたアルベルトが店主を見ていた。
「アルベルト?」
「その条件では契約しない」
ヴァレンティナは目を瞬いた。
「なんで?」
数字上では利益が出る。
商品も使ってもらえる。
ようやく最初の売り先が見つかった。
それなのにアルベルトの表情は、冗談を言っているものではなかった。
「理由は外で話す」
ヴァレンティナは店主とアルベルトを交互に見た。
そして、ふと気づいた。
アルベルトは店へ入ったときから、一度もその店主へ笑いかけていなかった。
ローゼンベルク侯爵家。
捨てていた果物から作った商品には、ようやく最初の買い手が現れた。
ところが今度は、夫がその商談を止めた。
ヴァレンティナには数字しか見えていなかった。
そしてアルベルトには、どうやら数字とは別のものが見えているらしかった。




