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【第8話】王都にて。崩壊は足元から忍び寄る

「おい、どうなっているんだこれは!? 報告書の内容が昨日の倍以上に跳ね上がっているじゃないか!」


王都にある実家の執務室。

レオンハルトは、デスクの上に山積みになった書類を乱暴に払い落とし、ヒステリックに叫んだ。

彼の目の前には、青ざめた顔で震える家令が立っている。


「も、申し訳ございません、レオンハルト様……。ですが、領地の各村から『結界が突然消失した』との急報が相次いでおりまして……。すでに西の森からは低級の魔物が溢れ出し、家畜や農地に甚大な被害が出ております。このままでは、領民の暴動が起きかねません」

「だから、それがどうして俺の責任になるんだ! 俺は次期当主として、王都での重要な人脈作りに忙しいんだぞ!? 結界の管理など、下働きの魔術師どもにやらせておけと言っただろう!」

「そ、それが……当家のお抱え魔術師たちは皆、『これほど巨大な結界を維持する魔力など、我々には逆立ちしても出せない』と、次々に辞表を出して逃げ出してしまいまして……」

「馬鹿なことを言うな! つい先日まで、あの無能で薄気味悪いアリアですらやれていた仕事だぞ!? 専門の魔術師ができないわけがないだろうが!」


レオンハルトは血走った目で怒鳴り散らした。

自分がいかに優秀で、アリアがいかに底辺の存在であったか。その前提が崩れることなど、彼のプライドが絶対に許さなかったのだ。


「お父様! レオン様! もういやっ、なんなのこの屋敷の澱んだ空気は!」


そこへ、苛立ちも露わに足音を荒らげて入ってきたのは、妹のエリーゼだった。

彼女は自分のこめかみを強く押さえながら、不機嫌の極みのような顔でソファにドスンと腰を下ろす。


「朝から急に気圧が下がったみたいで、頭が割れそうに痛いのよ! お肌の調子だって最悪だわ。お姉様を追い出して、やっとせいせいすると思ったのに、どうして私がこんな不快な思いをしなきゃならないの!? ねえレオン様、あの無能なお姉様がいなくなったんだから、もっと快適で華やかな生活になるって言ったじゃない!」

「エ、エリーゼ……君は少し休んでいた方がいい。これはただの一時的なトラブルで、俺がすぐに……」

「お前たち、黙らんかッ!!」


部屋の空気を震わせるような怒声と共に、当主である父親が血相を変えて飛び込んできた。

その手には、完全に魔力を失い、無数のヒビが入った黒い石――領地の結界を司る『中枢魔石』が握られていた。


「お、お父様……? どうしてご自身で地下室になど……」

「見ろ、この有様を! 結界石が完全に干からびておる! ……あのアリアの奴め、家を出る際に、自分が注ぎ込んだ魔力を全て引き抜いていきおったのだ!」


父親の言葉に、レオンハルトとエリーゼは息を呑んだ。


「で、ですがお父様。あんな石の一つや二つ、また魔力を注げばいいだけでは……」

「莫迦者がッ! 先ほど鑑定士を呼んで調べさせたわ! この石を満たし、領地全体を覆うほどの魔力は、宮廷魔術師団三十人がかりでも一ヶ月はかかる! ……あのアリアは、それを一人で……毎晩、片手間でやっていたというのだぞ……!」


執務室に、死のような沈黙が落ちた。


自分たちが『無能』と蔑み、こき使い、無一文で追い出した娘が、実は領地の存続をたった一人で支えていた規格外の化け物だった。

その事実を直視させられた三人の顔から、スゥッ……と血の気が引いていく。


「な、なんだって……? じゃあ、俺が領地を豊かに治めているという実績は……全部、アリアの……?」

「嘘よ、嘘よ嘘よ嘘よ! あんな地味で可愛げのないお姉様が、私より優れているなんて絶対にありえないわ! きっと何かの陰謀よ! そうよ、お姉様が何か汚い手を使って私たちを陥れようとしているんだわ!」


エリーゼが金切り声を上げ、レオンハルトは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「ど、どうするんですかお父様! このままでは、領地崩壊の責任を問われて、当家は王家から取り潰されてしまいます!」

「……隠蔽だ。なんとしても隠し通せ。アリアの仕業だと言ったところで、証拠がなければ誰も信じまい。……それよりも早く、代わりとなる魔術師を金でかき集めるのだ! どんな手を使ってでもな!」


己の愚かさを認めることができない人間は、どこまでも見苦しく責任から目を逸らす。

だが彼らはまだ気づいていなかった。その見え透いた隠蔽工作が、さらなる破滅を呼び込む致命的な悪手であるということに――。

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