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【第7話】ただのお掃除のつもりだったのですが、どうやら女神様と勘違いされています

「……アリア。本当に君が行くのか? 辺境の村は、王都の人間からすれば想像を絶するほど不衛生で、環境も悪い。君のような可憐な女性がその足で歩くような場所ではないんだ。視察なら俺と騎士団だけで十分だから、君は城の温室で休んでいてくれないか」


馬車から降りる私の手を引きながら、ルーファス様がひどく心配そうな、そして少しだけ拗ねたような声を出した。

公爵邸を出発する前からずっとこの調子だ。彼は私が少しでも外の空気に触れることすら「危険だ」「怪我をする」と過剰に恐れているらしい。


「ふふ、過保護すぎますよ、ルーファス様。私、これでも実家ではドレスの裾を泥だらけにして、毎日一人で領地を走り回っていたんですから。それに、これから私が暮らしていく領地のことを、自分の目でちゃんと見ておきたいんです」


私がそう微笑むと、ルーファス様は「うっ……」と言葉を詰まらせ、その端正な顔をほんのりと赤く染めた。


「……ずるいな。そんなふうに笑いかけられたら、俺はもう何も言えないじゃないか。……だが、絶対に俺から離れないと約束してくれ。少しでも気分が悪くなったら、すぐに俺が抱き抱えて城へ戻るからな」


「もう、子どもじゃあるまいし」と苦笑しながら、私たちは護衛の騎士たちと共に、枯れ果てた農村部へと足を踏み入れた。


案内してくれた村長の顔には、深い疲労と絶望が刻まれていた。

「公爵閣下……わざわざ足をお運びいただき、申し訳ごぜぇません。ですが、ご覧の通りで……。数日前の魔物の襲撃で、水源だった湖に毒の瘴気を撒かれてしまっただ。作物も枯れちまって、今年の冬を越せるかどうか……」


村長が指差した先にある湖は、本来の透明度を完全に失い、ドロドロとした赤黒いヘドロのようなものを浮かべて異臭を放っていた。

護衛の騎士たちが思わず鼻を覆うほどの惨状。ルーファス様も険しい顔で剣の柄に手をかけている。


「……ひどいな。ここまで汚染されていては、魔術師団を総動員して浄化の儀式を行わねばなるまい。だが、王都から人員を呼ぶとなれば数ヶ月はかかるぞ……」


「あの」


深刻な顔で話し合う男たちの間に、私はそっと手を挙げた。


「あの程度の汚れなら、私、お掃除できますよ?」

「……は?」

「えっ?」


ルーファス様と村長が、間の抜けた声を揃える。

私は湖の畔までツカツカと歩いていくと、大きく深呼吸をした。


(これくらいなら、実家のお屋敷の大掃除でこびりついたカビを落とすのと同じ要領でいけるわね)


「えいっ」


私が湖の水面に向けて、両手でパァン!と柏手を打つように魔力を弾いた瞬間だった。


ドォォォォンッ!!


という爆発音のような轟音と共に、私の手から放たれた極太の光の柱が湖全体を飲み込んだ。

赤黒いヘドロは一瞬にして蒸発し、嫌な臭いも完全に消滅。それどころか、光が引いた後の湖底からは、ポコポコと心地よい音を立てて、透き通った温かい水が湧き出してきたのだ。


「あら、ただの湖だと思ったら……水が温かいですね。これ、温泉の源泉が湧き出たみたいです。ルーファス様、これでみんなでお風呂に入れますね!」


私が振り返って無邪気に笑いかけると、そこには。


「め、女神様……っ! 女神様が、おらが村に奇跡を起こしてくだすっただぁぁっ!!」

「アリア様! 万歳! アリア様万歳!!」


地面に額を擦り付けて号泣しながら拝み倒す村長と領民たち。

そして、顔を覆って天を仰ぐ騎士団長と、なぜか「ああ……俺の妻がまた神の領域を侵してしまった……どうしてこんなに愛おしいんだ」と恍惚とした表情で呟いているルーファス様の姿があった。


「え、あの……ただのお掃除なんですけど……皆さん、大げさすぎませんか?」


私の疑問が拾われることはなく、その日のうちに『辺境の女神アリア様』の伝説が、領地中に爆発的な勢いで広まってしまうのだった。

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