【第6話】枯れた聖樹と、逃げられない絶対宣言
「わぁ……お城のお庭、すごく広いんですね」
午後。気晴らしにと、ルーファス様のエスコートで城の中庭を散策することになった。
手入れの行き届いた美しい庭園。しかし、その中央にだけ、ひどく異質な空間があった。
「あそこにある、真っ黒な大きな木は……?」
私が指差した先には、葉を一枚もつけていない、完全に枯死した巨大な大樹があった。幹は黒ずみ、周囲の土さえもそこだけ色が悪い。
「……あれは『聖樹』だ。かつてはこの辺境の土地を浄化し、豊かな実りをもたらしてくれていた精霊の木だった。だが、俺の体に宿った呪いの瘴気が強まりすぎたせいで……周囲の土地ごと枯らせてしまったんだ」
ルーファス様が、ひどく自嘲気味に目を伏せる。
「俺がもっと早く呪いを制御できていれば、こんなことにはならなかった。領民たちにも、本当に申し訳ないことをしたと思っている……」
「ルーファス様……」
彼のその不器用で誠実な優しさに触れ、私は自然と聖樹へと歩み寄っていた。
かつては美しく咲き誇っていたであろう、その痛ましい姿。
(……昔の私みたい)
実家の暗い部屋で、誰にも見られず、ただひたすらに魔力を吸い取られて枯れ果てていくのを待っていた自分。
もし、彼に会えなければ、私もこの木のように誰にも知られず朽ちていたかもしれない。
「かわいそうに。……もう瘴気はないから、安心していいのよ。昔のように、綺麗に咲いてね」
私は祈るように、黒ずんだ幹にそっと両手を当てた。
――その瞬間。
カッ! と、太陽が地上に降りてきたかのような強烈な純白の光が、中庭全体を包み込んだ。
「な、なんだッ!?」
「アリア様の体から、光が……!」
護衛についていた騎士たちが悲鳴を上げる中、私の手から流れ込んだ光は聖樹の幹を駆け巡り、黒ずんだ木肌をみるみるうちに元の瑞々しい茶色へと変えていく。
そして、枯れた枝の先から次々と新緑の葉が芽吹き――あっという間に、見渡す限りの真っ白な花が、狂い咲くように満開になったのだ。
「……嘘だろう。数百年前に死に絶えたと言われる、伝説の『聖樹の開花』だと……?」
騎士団長が膝から崩れ落ちる。
辺りには、息を呑むほど清浄で甘い香りが満ちていた。
「すごい……! 綺麗に咲きましたね、ルーファス様!」
私が振り返って無邪気に笑いかけた直後。
ガバッ、と強い力で引き寄せられ、私はルーファス様の広い胸の中にすっぽりと閉じ込められていた。
「ル、ルーファス、様……?」
「……ダメだ。お前たちは今すぐ後ろを向け。誰にも見せたくない」
ルーファス様は私をきつく抱きしめたまま、周囲の騎士たちに向かって低く唸るように命じた。
「アリア。君はやはり、俺の想像を遥かに超える奇跡だ。……だが、同時に恐ろしくもある。君のこの力と優しさに惹かれて、世界中の男たちが君を奪いに来るかもしれないと思うと、気が狂いそうだ」
「えっ、そ、そんな大げさな……」
「大げさなものか! いいか、よく聞け」
ルーファス様は私を抱きしめる腕の力をさらに強め、周囲に集まってきた家臣たちの前で、高らかに、そして絶対に覆らない覇気を込めて宣言した。
「見よ! 彼女こそが、長きにわたる俺の呪いを解き、この辺境の土地を救った奇跡の光だ! そして――俺の、ただ一人の『妻』となる女性だ!!」
「…………は、はいぃっ!?」
妻。つま。ツマ。
つい昨日、婚約破棄されて家を追い出されたばかりの私に、まさかの急展開。
「誰にも渡さない。俺の命に代えても、君を一生この腕の中で幸せにしてみせる」
「あ、あの、ルーファス様、まだ出会って二日目で、しかも私、捨てられたばかりの身で……!」
「問題ない。婚姻届の準備はすでに済ませてある」
「仕事が早すぎませんか!?」
辺境の皆さんが歓喜の涙を流して万歳三唱を始める中、私だけが真っ赤な顔で、冷酷公爵様の甘すぎる腕の中から逃げ出せずにジタバタと暴れていたのだった。




