【第5話】私の『普通』は、皆様の『異常』らしいです
豪華すぎる朝食(なぜかルーファス様が隣に座り、つきっきりでスープを冷まして飲ませようとしてくるのを必死に阻止した)を終えた後。
私は応接室で、辺境伯領の重鎮である騎士団長と、筆頭魔術師の二人と面会していた。
「――つまり。アリア様は昨晩、実家でかけられていた『魔物避けの簡易結界』の要領で、我らが閣下の呪いを浄化された、と……?」
胃の辺りを押さえながら、青白い顔をした中年の筆頭魔術師が、震える声で確認してくる。
「は、はい。あの……実家の領地全体を覆う結界の維持を、私が毎晩一人でやっていたものですから。魔力を流すこと自体は慣れていて……」
「領地、全体……? 一人で……毎晩……?」
騎士団長が、信じられないものを見るような目で私を見つめた。
「アリア様、失礼ですが、ご実家の領地はどれほどの広さが?」
「ええと……馬で端から端まで走って、三日はかかる広さだったかと」
「っっっっっ!?」
筆頭魔術師が、ついに白目を剥いてソファーに倒れ込んだ。
「ど、どうされましたか!? お医者様を!」
「だ、大丈夫です、アリア様。彼はただ、己の魔術師としての常識が根底から叩き壊されて、知恵熱を出しているだけですので……」
騎士団長が引きつった笑顔でフォローを入れる。
私には何がそんなに衝撃的なのか、さっぱりわからなかった。
「あの……私、何かおかしなことを言いましたか? 妹のエリーゼは『こんな簡単なこともすぐに終わらせられないなんて、お姉様は本当に無能ね』って、いつも笑っていましたし……お父様も、それが当主一族の義務だと言って……」
私がそう言うと、部屋の空気が一瞬にして氷点下まで凍りついた。
見れば、隣に座っているルーファス様が、ギリッ……と歯が砕けそうなほどの音を立てて拳を握りしめている。
「……殺そう。やはり、今すぐ俺直属の暗殺部隊を王都に放つ。あの腐りきった実家の連中を、一人残らず――」
「だーっ! 閣下、落ち着いてください! アリア様が怯えておられます!」
慌てて騎士団長がルーファス様を羽交い締めにして止める。
「アリア様。よく聞いてください。広大な領地を覆う結界の維持など、王都の宮廷魔術師が三十人がかりで、交代制でようやく維持できるレベルの『国家規模の大魔術』です! それを毎晩一人で、しかも無自覚にやっていたなど……おこがましいにも程がありますが、あなたは神の愛し子か何かですか!?」
「え……ええっ?」
「つまり、ご実家の連中は、アリア様の規格外の能力をタダ働きで搾取し、あまつさえ『無能』と洗脳して逃げられないようにしていたということです。……なんという悪辣な連中だ」
騎士団長が吐き捨てるように言ったその言葉に、私は呆然とした。
私がずっと信じ込まされていた『私は無能で、誰かの役に立たなければ生きていけない』という常識は、全部、家族が私を都合よく使うための嘘だったというの……?
「アリア」
不意に、ルーファス様が私の両手を優しく包み込んだ。
先ほどの怒りに満ちた声とは違う、ひどく甘く、庇護欲に満ちた声。
「もう、君は誰のために無理をする必要もない。君がどれほど素晴らしい力を持っていようと、俺は君をそんなふうに扱ったりはしない。……これからは、俺が君を、一生甘やかして生きていくと誓おう」
その瞳があまりにも真剣で、重たくて。
私は顔が真っ赤に沸騰していくのを止められなかった。




