【第4話】極上のベッドと、冷酷公爵様の重すぎる愛情
目が覚めると、そこは雲の上だった。
……いや、正確には『雲のようにふかふかな、最高級の羽毛布団の中』だった。
「…………え? ここ、どこ?」
跳ね起きようとしたものの、体が沈み込むような柔らかさに阻まれ、私はもぞもぞと芋虫のように蠢くことしかできない。
視界に広がるのは、繊細な意匠が施された高い天井と、見上げるほど巨大な天蓋。部屋の隅には、実家の私の部屋が三つは入りそうな見事なアンティーク家具が並んでいる。
「お目覚めになられましたか、アリア様」
不意に声がしてビクッと肩を震わせると、完璧な所作で頭を下げる初老のメイド長と、温かい湯気が立ち上るワゴンを押した若いメイドたちが立っていた。
「あ、あのっ、私……!」
「どうぞそのまま、おくつろぎくださいませ。お召し物の準備と、朝食をお持ちいたしました。昨晩はひどい雨でしたから、お疲れでしょう。まずは温かいスープを胃に入れてから……」
「ま、待って、待ってください! 私、どうしてこんな豪奢なお部屋に!? それに朝食って……私、こんな素晴らしい食事をいただけるような身分じゃ……!」
実家では、硬い木板のようなベッドで数時間だけ仮眠を取り、冷え切った硬いパンを水で流し込むのが私の『普通』だったのだ。
混乱のあまり布団を抱きしめて震えていると、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
「アリア嬢。俺だ。……入ってもいいだろうか」
低く、どこか緊張を孕んだ声。
メイド長が静かに扉を開けると、そこに立っていたのは、昨晩の洞窟で気を失っていたあの美しい青年だった。
漆黒の軍服に身を包んだその姿は、息を呑むほどに隙がなく、そして恐ろしいほどの威圧感を放っている。彼が廊下を歩いてきただけで、周囲の空気がピリッと張り詰めたのがわかった。
(……この人が、北の辺境を治めるルーファス公爵様……)
王都でも悪名高い『冷酷無比な呪われ公爵』。
その冷たいアメジストの瞳と視線がぶつかり、私は思わずヒッと喉を鳴らして布団を被り直そうとした。殺される、と思ったのだ。
しかし。
「――っ、すまない! 俺の顔が怖いのだろう? 無理もない、昨晩あんな気味の悪い姿を見せた挙句、得体の知れない男が朝から押しかけてくるなど、非常識にも程がある。だが……どうしても、君が無事かどうか、この目で確かめたかったんだ」
ずんっ、と。
威風堂々たる辺境公爵が、私のベッドの傍らで、まるで捨てられた子犬のような顔をして、勢いよく床に片膝をついた。
「えっ……?」
「昨晩、君は俺を救ってくれた。俺の体を内側から焼き尽くそうとしていたあの悍ましい呪いを、君のその小さな手が、たった一瞬で消し去ってくれたんだ。……どれほど痛かったか。どれほど、孤独だったか。誰も近づけない暗闇の中で死を待つだけだった俺に、君は温かい光をくれた」
ルーファス様は、恐る恐る手を伸ばし、布団を握りしめている私の指先に、壊れ物に触れるかのようにそっと自分の指を重ねた。
「アリア。君は俺の命の恩人であり……俺の、たったひとつの『光』だ。君が実家から不当な扱いを受けて追い出されたことは、すでに影の者たちに調べさせた。……許せない。君のような優しく尊い女性を虐げたあの愚か者たちを、今すぐこの手で八つ裂きにしてやりたいほどだ」
彼の瞳の奥に、本気の殺意と、それ以上にドロドロとした重たい感情が渦巻いているのが見えた。
「で、ですがっ、私は本当に大したことはしていなくて……! それに、そんな、八つ裂きだなんて……」
「ああ、すまない。君の前で血生臭い話はよそう。アリア、どうか俺のそばにいてくれないか。君が望むものなら、ドレスでも、宝石でも、この辺境の土地でも、なんだって与えよう。俺の命すら、すでに君のものだ。……だからどうか、俺から離れないでほしい」
縋り付くような、甘く熱い声。
『冷酷無比』という前評判は一体どこへ行ってしまったのか。私は目の前で額をすり寄せてくるこの見目麗しい公爵様に、ただただ困惑するしかなかったのだ。




