【第18話】旦那様の独占欲は海を越え、宣戦布告を突きつける
「アリア殿……いや、アリア」
食後。すっかり満腹になり、完全にこの辺境(というか私)の虜になってしまったユリウス殿下は、熱っぽい瞳で私の手を取った。
「こんな素晴らしい風呂と、奇跡のような美食。そして何より、それを生み出す君のその輝くような美しさと才能……。こんな薄暗い男の領地に置いておくには、あまりにも惜しすぎる。どうだろう、今の夫と離縁して、私の国へ来ないか? 君を帝国の正妃として迎え入れ、毎日好きなだけ風呂とカニを楽しめる生活を約束しよう!」
堂々たる略奪愛の宣言。
その言葉が最後まで言い終わるか終わらないかの、まさにその瞬間だった。
ゴオォォォォォォォォッ……!!
応接室の空気が、物理的にひび割れるような音を立てた。
ユリウスの背後。それまで静かに茶を飲んでいたルーファス様から、致死量と言っても過言ではない漆黒の殺気が噴出していたのだ。
「……ほう? 今、なんと?」
「ひぃっ!?」
ルーファス様はゆっくりと立ち上がると、ユリウスの手から私の手を乱暴に奪い返し、そのまま私を自分の背中へと庇い隠した。
見下ろすアメジストの瞳には、一切の光がない。完全なる『冷酷無比な呪われ公爵』の顔だった。
「俺の妻の淹れた茶を飲み、俺の妻が作った風呂でくつろぎ、俺の妻が調理した飯を腹一杯食っておきながら……その妻を奪おうなどと、寝言を抜かすにも程がある。……サンクディア帝国は、この辺境と全面戦争をご所望か?」
「ま、待て! 私はただ、アリアの才能を高く評価してだな……っ」
「黙れ。彼女の才能などどうでもいい。彼女が何一つ魔法が使えなくても、ただ息をして笑ってくれているだけで、俺にとっては命を懸けて守るべき唯一の宝だ。それを軽々しく口説くなど、万死に値する!」
ルーファス様は剣の柄に手をかけ、ギリッと歯を鳴らした。
そのあまりにも苛烈で、痛いほどの独占欲。普通なら怯えるところだろうけれど、私は彼がどれだけ私のことを好きでいてくれているかが伝わってきて、不覚にも胸がキュンとしてしまった。
「ルーファス様、落ち着いてください。私はどこにも行きませんから」
「アリア……。ああ、すまない、君に怖い顔を見せるつもりはなかったんだ。だが、他の男が君を見るだけで、俺は自分の理性が保てなくなる……」
私にだけ見せる、縋り付くような甘い声。
そのとんでもない温度差と、見せつけられる圧倒的な夫婦の絆を前に、ユリウス殿下は完全に戦意を喪失した。
「……わかった、私の負けだ。その恐ろしい男に斬られる前に、大人しく帝国へ帰るとしよう。だが、カニの処理方法とサウナの作り方だけは、どうか教えてくれ……!」
こうして、高慢だった隣国の皇太子は、すっかり辺境の文化と私の旦那様の圧に屈し、逃げるように国へと帰っていった。
私の過保護な旦那様の愛は、海を越えて他国にまでその名を轟かせることになったのである。




