【第11話】スーパー銭湯計画と、甘すぎるお忍びデート
王都のドロドロとした崩壊劇など露知らず。
辺境の地では、私が提案した前代未聞のプロジェクトが、凄まじい熱量で動き出していた。
「――つまり。あの浄化された温泉を引いて、領民たちも自由に使える巨大な公衆浴場を作る、と。しかもただのお風呂ではなく、娯楽施設としての機能を備えたものを?」
執務室のデスクで、ルーファス様が私の描いた(ちょっと不格好な)設計図を見ながら目を丸くしていた。
「はい! 大きなお風呂場に、色々な種類の湯船を作りたいんです。広い大浴場はもちろん、露天風呂も。そして、熱い蒸気で汗を流す『サウナ』の横には、絶対に冷たい『水風呂』を隣接して配置します! ここ、すごく重要なんです!」
「さ、さうな? 水風呂? わざわざ体を冷やすのか?」
「そうです! 熱い、冷たい、を繰り返すことで血流が良くなって、最高の気分になれるんです! それだけじゃありません。お風呂上がりには、薄く切ったお肉を熱いお出汁でしゃぶしゃぶして食べる食べ放題の食堂や、濃厚なスープの麺料理を出すお店も併設します。一日中そこで遊んで食べて休める、『スーパー銭湯』という総合娯楽施設にするんです!」
私は身振り手振りを交えて熱弁した。
実家にいた頃は、本で読んだだけの憧れだったのだ。大きなお風呂に入って、美味しいものをたくさん食べて、ふかふかの休憩所でゴロゴロする。そんな幸せな場所を、今まで苦労してきた辺境の領民の皆さんにプレゼントしたかった。
「……なるほど。君のその輝くような笑顔を見ていると、絶対に実現させなければならないという使命感が湧いてくるな」
ルーファス様はふっと優しく微笑むと、設計図にポン、と判を押した。
「よし。予算はいくらでも積もう。すぐに領地中の腕利きの職人を集める。……だがその前に、少し休憩しないか? ずっと図面と睨めっこで、疲れただろう」
「えっ、でもまだ細かい配置が……わっ!?」
不意に体が宙に浮いた。
ルーファス様が、私の腰に腕を回してヒョイと抱き上げたのだ。そのまま彼自身の膝の上に私を座らせ、背中からすっぽりと抱きしめられる。
「ル、ルーファス様、困ります! 誰か入ってきたら……っ」
「構わない。俺が妻を甘やかして何が悪い。……それに、君は少し働きすぎだ。実家にいた頃の癖が抜けていないんじゃないか? 午後からは、俺と一緒に街の視察という名目の『お忍びデート』に行こう。変装用の服も用意してある」
耳元で低く囁かれ、背中に当たる彼の広い胸の温もりに、私の顔は一気に沸騰した。
……この人、本当に息をするように私を口説いてくる。
そうして午後。
私たちは地味な平民の服に着替え(ルーファス様は目立つ銀髪をフードで隠していた)、建設予定地を見つつ、街の市場を歩いていた。
「アリア、あれを見るんだ。あの串焼き、君が好きそうな甘辛い匂いがするぞ。買ってこよう」
「あ、ルーファス様、走らないで……もう、お小遣いは私が持ってるんですからね!」
普段の冷酷無比な公爵の姿はどこへやら。私に美味しいものを食べさせようと、目を輝かせて屋台へ向かう彼の背中を見つめながら、私は自分の胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(……不思議。出会ってまだ数日なのに、ずっと昔から一緒にいたみたいに安心する)
「ほら、アリア。あーん、だ」
「えっ、ちょ、外でそれは恥ずかしいです……っ、んむっ」
強引に口にねじ込まれたお肉は、びっくりするほど美味しかった。
「美味しいか?」と嬉しそうに笑う彼を見て、ああ、私はこの人のことが好きなんだな、と。
不器用で、重たくて、でも誰よりも私を大切にしてくれるこの公爵様のことが、もう手放せなくなっている自分に気づいてしまったのだ。




