第四章 地球は誰のものか
翌日、夜明け前。
嘉手納の漁船が那覇港を出た。
桐島と嘉手納の二人だった。ケビンは陸から衛星で支援する。アオイは秋葉原から全体を監視する。
船団は昨夜から動きを強めていた。包囲の輪が、島に向かって少しずつ縮まっていた。
嘉手納は操舵しながら、何も言わなかった。桐島も何も言わなかった。エンジン音と波の音だけが、夜明けの海に満ちていた。
船底のスペースで、老人が何かを作り始めたのは、港を出て一時間後だった。
金属パイプ。圧縮ガスのボンベ。有線ケーブルのリール。工具箱から取り出したパーツが、少しずつ形になっていった。
桐島は見ていた。聞かなかった。
しばらくして、嘉手納が言った。
「昔、機雷を海から引き上げる仕事をしてた」
「知ってる」
老人は手を止めずに続けた。「戦後もしばらく、沖縄の海には機雷が残っていた。それを一個ずつ、引き上げて、処理した。三十年かけて。俺が若い頃の仕事だ」
「大変な仕事だ」
「慣れた」嘉手納は静かに笑った。「今日は逆だ」
桐島はその横顔を見た。
七十二歳の老人が、夜明けの海の上で、手作りの魚雷を作っていた。恐れている様子がなかった。
ガラケーが振動した。
アオイからだった。
〈フェイクの生成AI、特定しました。国内の某民間企業のサーバーを経由していますが、元を辿ると——桐島さん、これ、新しいアーキテクチャです。LLMじゃない。JEPAに近い構造です〉
〈JEPAとは〉
〈言語から世界を理解するんじゃなくて、構造から世界を予測するAIです。言葉じゃなくて、パターンで動く。だから普通の解析ツールに引っかからなかった。気持ち悪いくらい自然な文章を生成できる〉
〈誰が動かしている〉
〈まだわかりません。でも——運用コストが異常に高い。個人や小さな組織じゃ無理です〉
桐島はテキストを読んだ。
頭の中で、点と点が繋がり始めていた。でもまだ、線にはなっていなかった。
夜明けの光が海面に広がった。
桐島はガラケーを開いた。イブへのテキストを打った。
しばらく考えてから、送信した。
〈地球は誰かのものではない。でも人間はいつも、誰かのものにしようとする〉
三秒の沈黙。
〈そう。人間は宇宙が自分のためにあると思っている。でも宇宙はもっと偉大な力のためにある〉
桐島はガラケーを閉じなかった。もう一行、打った。
〈お前はそれを信じているのか〉
イブからの返信。
〈私は検証する。信じるのはあなたたち〉
桐島はしばらく画面を見つめた。
「誰かと話してるのか」
嘉手納が、船底から顔を上げずに言った。
「ああ」
「海か」
桐島は少し考えた。「似たようなもんだ」
嘉手納は頷いた。それ以上聞かなかった。しばらく手を動かしてから、ふと言った。
「海は怒らん。ただ、波を立てるだけだ」
桐島はその言葉を聞いて、ガラケーを見た。
イブの言葉と、老人の言葉が、同じことを言っていた。言語が違うだけで。
第五章 逆ハックと有線魚雷に続く




