姫騎士は効率的なダンジョン周回が苦手でした。専門家を探していると別銀河の最新鋭艦が飛来するも、『極彩色の宇宙の化け物』に齧られて残骸へと変わる
「なあ姫さん。ダンジョン外にモンスターを出現させるのは駄目か? 外ならランス級の射程を活かして効率良く倒せるんじゃないか?」
魔王の剣からリゼの『ネックレス(はるか昔にリゼが使っていた剣の一部)』が切り離される前に、リゼはモンスターを召喚していた。
『剣』と『ネックレス』がある今なら、召喚もできるはずなんだ。
「艦長。あれは戦時だからできたことだ。あのやり方では、召喚したモンスターが共和国の惑星に向かいかねぬぞ」
「あのとき、リゼさん結構テンション上がってたのです!」
「……簡単には問題解決しないか」
俺はため息をついて、帝国内から集まった願書のリストを眺める。
『辺境基準で』著名人や素晴らしい経歴ばかりだが、それがどこまで本当か、そもそも名乗っている名前が本物なのかも分からない。
「ポーターさん! 身元確認は一人あたりこれで請け負うのです!」
ギョーショーが示した金額は、帝国の情報部門を動かすときにかかる費用よりは安かった。
「ギョーショー、頼んだ」
「はいなのです!」
ギョーショーが展開した超光速通信網が使用され、俺の手元にあるリストの名前に『×』や『△』や『?』が付け加えられていく。
「ネットワーク上に証拠を残さず経歴や人間を偽っていたら、僕には判断できないのです!」
「それでも助かる。しかし、五割以上がスパイか? いや五割も本物がいると思うべきか」
「艦長。私なら、直接会えば真偽の確認は可能だぞ?」
「姫さんの時間は貴重な資源だ。無駄遣いはできない。志願者を重要プロジェクトに加えるかどうか判断するときは、姫さんに面通しを頼むしかないがな」
「うむ。休みが多いと体調は万全になるが……」
リゼが戸惑っている。
ちょっと背中に出ている光の翼が『いいのかなー?』という戸惑いと疑問の感情に従ってゆっくり上下している。
「ところで、ダンジョンの中の映像、僕も見せてもらっていいですか?」
「初回のダンジョン攻略はほぼギョーショーからの出資だからな。断れないだろう」
「契約国連合には伝えないから安心して欲しいのです! 僕の市場も情報も渡さないのです!」
ギョーショーは真顔で言い切る。
欲望に正直なのはこいつの美点、だと思うことにした。
「……何が起きてるのか分からないのです」
「ギョーショーもか。俺も見たけど、姫さんは超光速だしランス級以外は極彩色で塗りつぶされているしで、俺もさっぱり分からなかった」
「ううむ。いきなり深層ではなく、浅層から攻略していった方がいいのか? 艦ではなく人間の位階を上げれば……」
リゼは悩むが、良い案は浮かばないようだ。
武力や敵の探知では異次元の能力を誇る姫騎士リゼは、優れた騎士ではあるが軍人や冒険者としては並未満なのかもしれない。
「まぶしっ」
俺の視界が白一色に染まる。
慌てて目をつぶって手探りで移動し、数秒たってから目を開ける。
ギョーショーの目が異様に光り、ギョーショー本人も『あわあわ』と慌てていた。
「遠くに配置した対超光速の無人警戒機が反応してるです!」
「ギョーショー。落ち着け。この図ならどの位置だ」
リゼは『慣れた』とはいえないが『知っている』手つきで、ギョーショーの近くに『第一星系周辺の地図』を表示させる。
ギョーショーは、深呼吸の動作を繰り返して目の光を弱くする。
「ここなのです!」
ギョーショーが小さな指で示したのは、第一星系から第二星系までの距離を数十倍にした、立体映像の遠く離れた場所だった。
「おいギョーショー。ピンポイントで無人警戒機を配置してたのか?」
「そんなわけないのです! 超光速の流れ弾とか、ステルスしてやってくる敵艦のためのそなえるためにいっぱい用意したのです!」
「ふむ。向こうの銀河の技術で高性能とはいえ膨大な数だな。これをギョーショーの個人の財布で?」
「必要なコストなのです! 軽汚染水が普通に採掘可能で、たまに無汚染水まで手に入るこの銀河は、守る価値がある銀河なのです!」
「……ギョーショー、姫さんもだ。話がずれてるぞ」
俺は軍部への連絡を終えた。
リゼと一緒に戻ってきて乗組員が疲れ切っているランス級十隻や、星系間航路の護衛をしているランス級は動かせない。
しかし、訓練途中のランス級まで動員すれば数十隻が動員可能だ。
まあ、数十隻を艦隊として運用できるかどうかは別問題だが。
「えーっと、無人警戒機から詳しい情報が届いたのです」
ギョーショーはいきなり冷静になって、画面の一つに映像を表示させた。
ランス級とも、帝国や共和国の艦とも、ギョーショーの流線形をした大型輸送艦とも、デザインの傾向が違い過ぎる『もの』が、極彩色の宇宙を光速の数桁上の速度で移動している。
「んぶっ」
吐き気が俺を襲う。
まだ消化し切れていないメシが逆流しかける。
「艦長、吐くならこの袋を使え。……冒涜的であるのに洗練された力を感じる。魚卵、いや、連なった眼球から生えた無数の翼? 人間とかけ離れた異星人の艦か?」
俺の耳に届いたリゼの声は『落ち着いて』はいるが、強い警戒と嫌悪が含まれていた。
「……異星人といえば異星人なのです。銀河間連絡船の、一番重武装な種類です。とっても高い奴なのです。特に翼は、最上級グレードの位相跳躍機関なのです」
ギョーショーが映像に『モザイク』をかける。
それで見ても問題なくなったはずなのに、俺の記憶に焼き付いた異形の艦が再び吐き気を刺激する。
「センパイ氏か?」
吐き気をこらえて俺が聞くと、ギョーショーは心底嫌そうな顔で首を左右に振った。
「センパイが、貴重な水が残っている銀河に無用の刺激を与えようとするわけがないです。それは肉人間も、謎生物も、真っ当な機械人間も同じなのです」
ギョーショーが嘘をついているかどうかに関係なく、これは俺が安心できる情報ではない。
ギョーショーの言葉が正しいのだとしても、隣の銀河を支配する超大国が心配しているのは『汚染』されていない水であって、俺たちの命ではない。
「通信は繋がるか」
俺は、祈るような気持ちでギョーショーに聞いた。
「僕からの通信も、銀河帝国の宇宙港からの通信も無視されてるのです」
「……そうか」
「ギョーショー。私もあの艦の位置を特定した。このまま進めば第一星系の宇宙港の側を通過するはずだ。……まさか減速しないつもりか? 万一衝突すれば恒星も無事に済むかどうか分からぬぞ!」
最初は落ち着いていて話していたリゼが、徐々に余裕をなくして最後には叫ぶように言う。
「名声目当てで乱暴なことをする馬鹿は、どこにでもいるです」
「今、減速が始まったが……これでは『戦艦』サイズの超光速質量弾だ」
「星系が吹き飛ぶのは御免だな。迎撃に出せるランス級は全て迎撃に出す。『フリーキャッスル』もだ」
「艦長。現時点で使える力のすべてを使うぞ。確実に面倒なことになるが、第一星系を破壊されるよりはマシだ」
「姫さんの判断に任せる。責任は俺がとるから好きにやれ」
大型輸送艦の修理が終わっていないギョーショーも乗せて、俺たちは『フリーキャッスル』で迎撃に向かった。
☆
「救難信号なのです!」
「ギョーショー、現地の映像は!?」
「目標周辺の空間がおかしくなってるのです! 無人警戒機からの通信途絶!」
「いかん。艦長!」
俺はリゼの言葉ではなく、リゼの目と気配で意図を察した。
「全艦、超光速機関緊急停止! 反論は許さん! 即座に止めろ!」
『フリーキャッスル』が揺れる。
極彩色の宇宙の宇宙が消えて、はるか後方に銀河が見えるだけの暗黒の空間に変わる。
ランス級が次々に『フリーキャッスル』の周辺に現れる。
ただし遠い。
最短で数光秒、最長で一光年ほど距離が離れてしまっている。
「ポーターさん。空間がいつもの状態に戻ったのです。銀河間連絡船の位置は不明なのです」
ギョーショーの目はゆっくりと、しかし強く明滅している。
何が起こったか、俺と同じく、全く分かっていない感じだ。
「艦長。この方向で四光年先だ。おそらく……いや、我々の艦なら近付いても安全のはずだ」
「姫さん。余裕ができたら、詳しく説明してくれるか?」
「うむ。私の懸念が現実になった以上、墓の中まで秘密を持っていくわけにはいかぬ。だがまずは」
「ああ。人命救助は船乗りとして最低限の義務だ。急ごう」
既に『終わっている』と確信していても、放置するわけにはいかない。
俺だけでなく、ランス級の艦長たちも、ここで退く奴は誰もいなかった。
☆
そこには、艦の残骸だけがあった。
新装甲と同等以上の『固い』はずの巨艦が、まるで『巡洋艦』や『戦艦』のサイズの生き物に『齧られ』たような姿で、最初に見たときの半分程度の体積になっている。
「艦長。生き物の気配はない。機械人間ではなくAIが『生きて』いるかどうかは、断言はできぬ」
「ポーターさん。回線が繋がりました。船籍は契約国連合。所有者は機械人間です。著名な研究者で、ハカセ……えっと、契約国連合のトップ研究者の称号を目指して、一度も届かなかったひとみたいなのです」
「……そうか。まず、生存者がいないかの確認だ。ギョーショー、俺たちが調査しても問題ないか? 契約国連合にとっての『知られたら困る技術』には触れたくないんだが」
現時点では『対等』の関係ではあるが、武力も技術も契約国連合の方が上だ。
それが一番マシな選択なら戦うが、敵対したくなどない。
「ポーターさん。あの連絡船の持ち主がいくら頭がおかしな機械人間でも、そこまで馬鹿では……えっと、馬鹿かもしれないので何かあっても気付かないふりをしてくれると嬉しいのです」
「了解」
特命全権大使が平和路線なのに、俺たちからの通信要求を突っぱねていた奴だ。
いかれた価値観を持っている可能性は、極めて大だろう。
「艦長たちに『極彩色の宇宙』に見えているのは、巨大なモンスターの巣だ。私では、相手が一体でも勝てるかどうか分からぬ」
リゼが突然口にした言葉は、俺もギョーショーも、なんとなく予測していて、できれば予測が外れて欲しかった言葉だ。
「位相跳躍中にそんなのと遭遇したって話、聞いたことないのです!」
「そっちの銀河では秘密にされているか、こっちの銀河にしかその『巨大なモンスター』がいないってことだろ。……姫さん、位相跳躍機関が駄目で、超光速機関なら大丈夫と思って良いのか?」
俺の問いに対し、リゼは首を左右に振った。
「……大丈夫だと思いたいな」
「僕もそう思うのです」
俺たちが念入りに調査しても、生存者は見つからなかった。




