四日目 最後の前日。
二月十一日。
月曜日の朝。土曜日曜の二連休は気が付いてみれば終わっているというおなじみのパターンである。
「学校行きたくないな……」
『駄目ですよ、如月さん。学生は勉強するから学生なんですから』
理由はわからないが、気持ちは解る事を言うちび助。
まぁ、金を払って学校行ってるわけだから、サボるのは勿体無いからな。
『それに、今日が……』
言葉を言いよどむちび助。
「あぁ、解ってる。ってか、お前はいつ俺が死ぬって解ってるわけだから…その言い方だと明日、朝通学中に……か」
ずっと開き直っていた訳だが、明日死ぬって決まってる俺としては怖くなってきた。
実際、その現実を受け入れていなかったんだ。答えを先延ばしにしていただけなんだよな。
『如月さん……』
泣きそうな顔になるちび助。そんな顔すんなって。
俺より背の小さいちび助の頭に手を置いて制服の上着を着る。
「さ、そろそろ家を出なきゃ遅刻しちまうぞ」
そう言い残し、家を出るとお馴染みとなったステルスモードで俺に付いて来るちび助。
空は晴天といかず、所々に厚い雲を浮かべている。この分だと、明日は雨かな。
明日の天気が気になったので携帯で明日の天気を調べてみると、降水確率五十パーセント。確立は半分。何を基準とした五十パーセントかわからないが、明日はきっと雨だろう。
降水確率三十パーセントを超えたら大体雨だと考えておいたほうがいいだろう。今までで経験してきた事から学んだ。
教師が黒板に少し読みにくい字で板書し、眠気を誘う声でお経を唱えていても、全く頭に入らず、かと言っていつものように睡眠を誘われる事もなかった。
考えるのは明日の事。明日、どうなるのか。不安ばかりが頭をよぎる。今の状態は高校入試の結果を待っているような感じである。
そんな事を考え、気が付けば終了のチャイムを聞いて、教科書を入れ替える。
上の空とはこの事を言うのか、本日何度目かになるチャイムを聞いていると、周囲が慌しく動き始める。
何事かと時計を見れば時計の針は十二時二分を指していた。
さて、腹は減ってないが、昼飯でも買いに行くか。俺は良くても、ちび助は腹減ってるだろうし。
いつもなら遅刻しそうな時のように全力で売店まで走るのだが、今日はゆっくりと売店に向かう。
「おばちゃん、パンを…あれとそれとこれ…あと…」
何だかんだで飲み物あわせ、千円分も買ってしまった。
おばちゃんは大きなビニール袋に入れたパンを俺に手渡す。別に変な顔はしていない。
一人でそんなに食べれば不思議な表情の一つでも見せるのだろうが、きっとおばちゃんは俺一人でこれを食べるとは思っていない。クラスメイトの分も入ってると思っているだろう。
流石にクラスで空中にパンが消え行く様をクラスメイトに見せるわけもいかず、この前と同じように屋上で食べる事にした。
『ふー、流石にずっと黙りっぱなしってのは落ち着きませんねー』
移動中や授業中、ちび助は何処で何をしているのか時々不安になるほど静かで、教室の後ろの空いた机の上に座っている姿を横目で何度か見た。
「別に無理して黙っている事もないのに。暇だったら俺に話しかけてもいいんだぞ? もとより勉強する気なんてサラサラないんだからな」
『それは現役学生の言葉とは思えない台詞ですね』
自分でもそう思うよ。
空は明日雨が降るかもしれないと思えないほど晴れてきている。
「さ、時間もないし、早くパン食っちまおうぜ」
ちび助にいくつかパンを手渡して、俺もパンを齧る。
比較的好きな味のパンを買ったのだが、味がしないように思えた。
『あふぇ、きふぁらぎふぁん、もうたふぇないんでふか?』
とりあえずちび助、飲み込んで物を言え。
今の台詞を訳すると『あれ、如月さん、もう食べないんですか?』だな。
「まぁ、食欲もないしな。余ってるの全部食べていいぞ……ん?」
足音がこちらに近づいてくる。誰か来た!
「ちび助、パンを……」
リスやハムスターを彷彿させる口の動きでパンを口の中に詰め込むちび助。膨れた頬が余計にそれを彷彿させる。
そしてパンを抱え、屋上入り口近くまで移動する。
一人で屋上の真ん中で昼食を取っている姿はあまり人には見せたくない。
此処で手にスティックの一つでも持っていれば、一人で屋上で昼食を取る理由も解るだろうが、屋上に登ってきた人が教師なら目も当てられない。
ガチャリとドアノブが回る。
冷静を装いながら、屋上の扉から顔を除かせる人物を確認して、ちび助の尻を叩く。
「あきゃう!」
予期せぬ物理的衝撃でちび助のステルスモードが解ける。
「あ、如月君…と、昨日の……ちび助ちゃん」
屋上に姿を現したのは相澤由紀だった。
彼女が此処に来る理由が見当たらないが、俺は今此処で昼食を食う正当性を作っておいた。
ちび助は意味もなく尻を叩かれた事か、ステルスモードを俺が解いた事で恨みのこもった視線で俺を見つめる。
「あれ、ちび助ちゃんはこの学校だったの? 他のクラスに居たかなぁ?」
頭を悩ませる相澤さん。居る筈もない。ちび助は此処の生徒じゃないから。というか、学生ですらない。
「いや、ちび助は……あー中学生で、今日たまたま学校が早く終わって、あーその…そうそう、日曜の事が気になって聞きに来たんだ!」 自分でも驚くような言い訳をスラスラと言えるもんだと感心しつつ、相澤さんに説明をする。ちび助も俺に合わせるように相槌を打つ。
相澤さんはそんなちび助が面白かったのか、軽く笑うと『楽しみだね』と傍に腰掛けた。
「そんな訳で俺は屋上で飯を食べてた訳だけど、相澤さんは何で此処へ?」
そう、相澤さんがわざわざクラスメイトと昼休み談笑をせず、此処に来る理由がわからない。
本日二度目であるが、理由が解らないのは解らないのでしょうがない。
「あ、やー…そう、日曜の事で如月君を探してたの!」
そんな筈はないな。それなら答えに詰まる訳がない。別の理由があったのは一目瞭然だ。
ちび助はそんな意図を汲み取れる筈もなく、表情を輝かせる。
「ちび助ちゃんも居たから丁度良かったなーって、如月君。そんな顔しないでよ」
俺の疑いを込めた視線に気が付いた相澤さんは焦って俺の肩を叩く。
「もう解ったよ、言うよ、言う」
俺の視線に負けた相澤さんは恥ずかしそうにコメカミを人差し指で掻きながら口を開く。
「今日如月君元気ないって言うか、ずっと上の空だったから、もしかして昨日の迷惑だったかなーって思って……」
やはり他人から見ても俺はそんなに上の空だったか。
まぁ、授業中何があったか全く覚えてないから、それもそうか。
「別に迷惑じゃないよ。楽しみだしさ」
そう、本来はかなり嬉しい誘いなのだ。いい子だなって思ってる相澤さんと、おまけ付きではあるが、一日一緒に居られる事はかなりラッキーな事である。今にでも踊りだしてしまいそうなほど、その日の事を考えると胸が躍るだろう。
だが、その約束は守れない。
安易に約束をして良かったものかと今になって思う。今此処で断っても、どちらにせよ彼女を傷つける結果にしかならない。
「じゃぁ、集合時間はねー」
ちび助とノリノリで日曜の話を進める相澤さん。
「約束、守れないかもしれない……」
不意に俺の口からそんな言葉が飛び出す。それを聞いて相澤さんは目を丸くする。
「あはは、そうなったらちび助ちゃんに引きずってでも来てもらわなきゃね」
「お任せください、例え地の中水の中、地獄からでも連れて来ますよ!」
二人で笑う。
ちび助はスイーツの魔力で俺が明日死ぬって事を忘れてる……。
昼休み終了のチャイムが鳴り、俺と相澤さんは揃って屋上を後にする。
ちび助は学校に忍び込んだという事になっており、もう少ししたら帰ると言って屋上に残った。きっとステルスシステムをつけて戻ってくるだろうが。
三十分ほどしてちび助は戻ってきた。そんなに時間が掛かるとは思ってなかった俺は、なんとなく悪い事をしたと思った。
人生最後となる学園生活が終わった。
まぁ、何にもない最後だった。
「なぁ、ちび助……最初にお前は預言書の調整をしているって言ったよな」
最初にちび助がそう言っていたのを思い出した。
「それでさ、昨日の約束をなかった事に出来ないか?」
そうすれば……彼女は傷つかずにすむ。
『それは無理ですよ、もう時間は進んでしまってるんですから。予言とは先の事で、過去の事ではありません。こうしている間にも、預言書の内容は常に新しくなって、古い過去の出来事は消えてゆきます。過去の出来事は、その本人が体験し、今頃後悔感に苛まれたり、やっやって良かったと満足感を抱いている筈です』
それもそうか。彼女には悪い事をするな。これから先、この事を少なからずとも頭の隅に置いて生活しなきゃいけないんだから。
帰り道の途中、ちび助は報告があると、この世の何処かに存在するであろう、預言書を取り扱う神様の居場所に飛んで行った。
夕飯時になっても、寝る時間になってもちび助は帰ってこない。
「明日、明日死ぬんだな」
真っ暗な部屋で、嫌なぐらい目は冴えている。一番古い記憶から思い出して、あの頃は良かった、馬鹿だったな、なんて一人で思い出しては笑い、悶えている。
そういえば、ちび助とも明日でお別れか。今更だが、まぁアイツが居て良かったと思える。一人なら今のように夜はずっと昔の事を思い出して頭がおかしくなってしまいそうだったな。
少し食費が高くついたが、一人で居る事を考えたら安いもんだ。
時計が三時を指しても眠くならず、四時を指しても眠くならなかった。
それからの記憶は覚えていない。
あと一話で完結になります。
もう少し、お付き合いいただきたいです。




