第九話 交渉とケジメ
「それで、ワタクシになにか頼み事ですか?」
金髪の青年、ルシアンに連れられ、カリスタの居る部屋へと案内された。
広々とした部屋に、四人掛けのソファーが向かいあって置かれている。
俺達三人はカリスタの向かい側に腰掛けた。
部屋を見渡せば、視界に入るのは芸術品の数々。どれも、一目で高価なものだと分かる。
「久しぶりに来たが……やはり名家、グレイシア一家は流石としか言いようがない。数ある中の一室だけでも、とんでもない金額の芸術品が並んでいる」
敵を作らないコツは、圧倒的な力を見せるのが効果的だと聞いたことがある。この世で言う力とは武力だけではない。
財力だ。
「相変わらず面倒くさい男ですね。はやく本題に入ってくれませんか? ワタクシにとって、時間は金銭と同等の価値を持ちます。一秒無駄な時間が発生するだけで、数億の金が塵になったも同然。この話をするだけでも三十秒ほど無駄になっています」
やはり、この女とは根本的なところで性格が合わない。
かつてバディとして共に任務をこなしていたなんて、昔の自分を尊敬してしまう。
「それじゃあ。俺から言うわ! 早速本題なんだけど、数日……いや、あるいは一週間かもしれない。この屋敷で三人共匿ってくれないか?」
「えぇ、いいですよ」
まるで、そう言われると分かっていたかのように素早い承認だった。
「三人共別々の部屋を用意しています。案内はルシアンがするので、後を着いていってください。ヘクトルは不自由なことがあればすぐにルシアンを呼んでください。着替えの手伝いなどもやらせますから」
それだけ言い切ると、カリスタは早々と部屋を出ていった。
昔と違い、偵察部隊の隊長となった彼女はやはり忙しいのだろう。
……少しだけ、遠い存在になってしまったような気がした。
◇◇◇
ルシアンが二人をそれぞれの部屋へと案内し、最後に俺の部屋を案内してくれた。
「ここがヘクトル様のお部屋です。何か不便があればいつでもおっしゃってください」
目の前の扉を、俺は何度も見たことがある。
昔はよくこの部屋を訪れていた。
家に帰らず、ヴェルナスと二人で押しかけては、数日間居座った。
この屋敷は広すぎるせいで、使われていない部屋がいくつも存在している。
だから俺達は三人だけの『秘密基地』としてこの部屋を使っていた。
俺の闇魔法で部屋自体に認識阻害をかけ、誰も入れないようにして、遊んでいた。
本当に、懐かしいな。
「……ルシアン、カリスタと二人で話したいことがある。案内してくれないか」
静かに頷いた後、ルシアンは先程とは違う方向へと歩き始めた。
◇◇◇
「アリステラ様について、ですか?」
扉をルシアンが開くと、カリスタが紅茶を口に運びながら問いかけてきた。
やはり、仕事の面だけで言えば彼女以上にやりやすい人間は居ない。
「話が早くて助かるな。やはり、長年連れ添った相棒だからか?」
茶化すように言葉を口にすると、カリスタはカップを静かに机に置いた。
何か言うかと思ったが、その口からは何も発せられず、鋭い目線だけが向けられる。
少しふざけただけでこれだ。
仕事以外では、とことん性格が合わない女だ。
「……貴方の考えも分かります。『神子アリステラ』と同じ特徴、同じ名前。疑うなと言われても、それは無理な話でしょう」
やはりそうだ。
カリスタなら、俺と同じ意見を持ってくれると信じていた。
それに、『カリスタ』の言葉だからこそ信じるに値する。
「ワタクシなら近付こうとも思いませんね。本当なら、屋敷にいれることすら憚られる」
「理由は?」
「勿論、『怪しいから』ですよ。彼女にはあの子達も近付こうとしません。それに、神子でなくても赤目ですからね」
カリスタには人の本質を見抜く才能があった。
どんな人間であっても、彼女の前では偽ることなど不可能に近いだろう。
俺は一番近くでその才能を見てきたんだ。信用は充分すぎるほどにある。
そんな彼女の口から、怪しいという言葉が出た。
カイトがおかしいだけで、ほとんどの人間が怪しいというだろう。
それでも、彼女の言葉は重みが違う。
「つい昨日、アリステラが襲われた。そして、その死をカイトが肩代わりした」
「えぇ、知っています。後で説教をしに行くつもりですから」
「なら、その襲ってきた連中が『黎明の神子』ということも、知ってるのか?」
カリスタの動きが止まった。
監視していたとはいえ、全てを聞いていたわけでは無いはずだ。
「連中は昨夜、信徒の証である勲章だけを落としていった」
「……わざと、でしょうね。遠距離から胸を貫き、一撃で仕留めたと聞いています。それだけの実力の持ち主が、そんな間抜けなミスをしでかすとは到底思えません」
ルシアンに出された紅茶を口まで運び、カリスタに視線を移す。
俺と全く同じ考えをしている彼女。
性格としては合わないことをお互いに分かってはいるが、もしあの時『バディが変わっていなければ』……。
そんなことを考えても仕方のないことだとは分かっている。分かっているのに、思考が勝手に回ってしまう。
「カリスタ、黎明の神子について、調べてくれないか? このままだと、カイトの命も危ない」
死んでも生き返りはする。
だが、カリスタはその能力を使うこと自体に反対している様子だ。
それなら、きっと乗ってくる。
「貴方は、本当に癪に触るやり方をしてきますね。昔から変わらない」
「今の俺にとっては有難い言葉だな」
数秒の沈黙が流れたが、俺はそれを了承だと受け取った。
用が済んだなら、さっさと出ていかないとまた何か言われるかも知れない。
面倒なことになる前に、席を立つことにした。
「……出来る限りのことはします。ですが、あまり期待しすぎないでください。奴らは、ただでさえ情報を残さないと有名なんですから。あと、最後に一つだけ言いたいことがあります」
ルシアンがドアノブに手をかけた後、動きが止まった。
主であるカリスタの言葉を遮るわけにはいかないのだろう。
それでも俺は、扉を今すぐにでも開いてほしいと、そう思った。
これからカリスタが続ける言葉を、聞きたくはなかったから。
「——『ケジメ』をつけるなら、早いほうがいい。縮こまっている時間がながければ長いほど、恐怖は強まるものですよ。それに、周りに迷惑をかけたくないという気持ちがあるなら、変わりたいと思っているなら、時には乗り越えなくてはいけない苦しくて辛い試練もある。変わるべきだと、貴方はずっと考えているのでしょう」
「……」
この女は、いつもこうだ。
俺が何かから逃げようとしている時、必ずと言っていいほどに厳しい言葉をかけてくる。
俺だって分かってる。
それでも、できないものはできないんだよ。
お前は、知らないだろ。
この苦痛を、周りからの視線を、何も分かってない。
俺の様子を心配したのか、ルシアンは扉を開いた。
逃げ道が目の前に用意されてしまった。
いつも、こうだ。
カリスタに厳しい言葉をかけられた時、俺は向き合えずに、誰かに作られる逃げ道を進む。
「余計なお世話だ」
変わるべきだと、そんなことは何度も考えた。
それでも、この右腕に残る恐怖は消えない。
開かれた扉を潜り、光の指す廊下へと逃げ出した。
仕方ない。これは仕方ないことなんだよ。
「クソ……」
また、右腕が痛む。




