第八話 見られている
「寝不足だ」
昨夜、あの勲章を見つけてから一睡も出来ていない。
窓から差し込む朝日を眺め、大きくため息をついた。
憂鬱だ。出来ることなら、このままベッドから立ち上がらずに過ごしていたいと思う。
「……部屋に入る際はノックをしなさいと、そう習わなかったのか?」
ドアノブを捻る音が聞こえたと思えば、そのまま勢いよく開かれた。
ノックもなしに、だ。
「ゴメンゴメン、ヘクトル相手だからセーフかと思って」
「誰が相手だろうと、良いわけがないだろ」
寝癖がついたままの黒髪をポリポリとかきながら欠伸をするカイト。
まだ出会ってから三日ほどしか経っていないのに、こんなにも心を許すとは……。
アリステラへの態度からも分かってはいたが、もう少し警戒すべきだ。
「次からは気を付けろよ」
そう注意すると、反省しているのかカイトは悲しそうな表情を浮かべている。
髪の毛のボザボザ具合と相まって、まるで大型犬を見ているような気分になった。
可愛くはないが。
「昨日と同じように、頼んでもいいか」
「勿論!」
気まずい空気が流れた後、切り替えるために声をかける。
昨日と同じように、着替えの手伝いをコイツに頼まなくてはいけない。
屈辱を感じつつも、そうしなければならない自分に腹が立つ。
カイトは服を手に取り、早速手伝いを始めてくれた。
「……今まで、何回死んだ?」
無意識で口に出してしまった言葉。
自分でも何を言ってしまったか理解が追いつかず、思考が止まった。
今、俺は何を言った?
昨日から気になっていたこととはいえ、簡単に聞いて良いような話ではない。
それなのに、こんな礼儀を知らないような聞き方をしてしまった。
最低だ。
触れられたくない話かもしれない。
あの痛みを思い出してしまうかもしれない。
後悔が止まらず、次の言葉が出てこない。
すぐに訂正すべきだ。そんなことは分かっているのに。
今、この男の顔を見るのが怖い。
「どうだろ。百回以上は確実に死んでるわ。一度の戦闘で何回も死ぬとか普通にあったし」
「——っ」
案外普通に答えるんだな、とかそんなこと聞くなとは言わないのか、とか。
そんなことは一切思わなかった。
『百回以上』の死を経験しているという事実だけが、頭の中を反響して消えてくれない。
人は、基本的に一度しか死を経験しない。
それは当たり前のことで、この世の生き物なら理解していることだ。
だが、目の前の男にはその常識が通用しない。
一度死ぬだけでも、相当な苦痛を感じているのは昨日理解した。
それを、百回以上。
「でもさー。まだ、死ぬの怖いんだよな。昨日も、死ぬのにビビったせいで助けるの遅くなったし」
「……怖いのに、助けたのか?」
他人を助けるために死の苦痛を肩代わりするなんて、常人の精神では到底出来ることではない。
カイトは困ったように笑いながら、当たり前かのように言う。
「まぁ、そうだな。助けられるのは俺だけだから」
「ホント、バカだなお前」
相応しくないと思っていた『英雄』という称号。
それなのに、今は少しだけ似合っていると、そう思ってしまった。
◇◇◇
三人共身支度が終わり、村を出た。
村を出る直前、カイトが帝都までの道を村人に聞きに行き、戻ってきたと思えば両手いっぱいにフルーツを抱えていた。
最後まで村人は俺とアリステラを警戒しているようだったが、カイトに対しては普通に接している。
やはり、英雄様だからだろうか。
少し歩いたところで木々が現れ、深い森の奥へと繋がっているようだった。
「自然が美しいわね」
木々が生い茂り、風に揺られ、自然が独自の音色を奏でている。
だが、そんなことを気にする余裕もないほど、今は急いでいた。
「確かに、ここってなんか神秘的な光もたくさん浮いてるし、有名な画家とかが描いてそう」
「ここは精霊の森らしいからな。神秘的にも見えるだろ」
カイトは『精霊の森』という単語に興味が湧いたらしく、瞳を輝かせながら質問を飛ばしてくる。
答えるのも面倒になり、全て無視することにした。
「そういえば、昨日の人達って結局なんだったのかしら」
「それ! 俺もずっと考えてた!」
「あぁ、アイツらは黎明の神子の信徒だった。これが証拠だ」
勲章を取り出し、二人に見せるように差し出した。
「え! そんな重要なこと、なんですぐ言わねぇんだよ!」
「屋敷についてから言おうと思ってたんだ。誰に聞かれるかも分からない場所でこれを出すのは危険だからな」
実際、この勲章を持っていることが村人にバレていたら。
神子アリステラだと判断し、襲ってきていたかもしれない。
もしくはあの村から全員避難し、大事になった可能性もある。
「その勲章、ちょっと見せてくれない?」
アリステラは手をこちらに伸ばし、早く寄越せと言わんばかりの視線が送られる。
仕方なくその手に勲章を渡し、満足するのを待とうとした。
だが、その行動をすぐに後悔した。
アリステラが手に取ると同時に、木々の間から一羽の鳥が飛び出してきた。
二本の細い足で勲章を華麗に掴み、颯爽と何処かへ消えていってしまう。
油断した。
魔力感知で辺りを見回すが、精霊の森には魔力が溢れている。
特定の魔力を探し出すのは、今の俺には難しかった。
きっと奴らの仕業だろう。
昨夜、わざと勲章を落とし、犯人を特定させる。そして、仲間に共有したタイミングで証拠を回収。
一体何が目的なのか。
挑発か、それとも誘導か。
心底怪しい。
それでも、今の俺達はコイツらを追うしかない。
「ご、ごめんなさい! 私が油断してたから……」
「そうだな、油断のしすぎだ。だが、少し考え事をしていた俺のせいでもある」
正直、コイツも怪しさは充分ある。今のも、わざと鳥に持って行かせたのかもしれない。
そうだとしても、今ここで言い争うほど無駄なことは無いだろう。
一刻も早く帝都に戻ることが最優先だ。
「とにかく、急ぐぞ」
◇◇◇
村人に教えてもらった道筋で進むと、一時間もかからず帝都に到着した。
たった数日離れていただけだが、この景色に安心感を覚えた。
「カイト、俺よりもお前が伝えた方が受け入れてもらえるはずだ。頼んでもいいか?」
数日泊めてくれ、なんて口が裂けても言えなかった。
言いたくない。
それに、カリスタはカイトに対して甘いと聞いている。
俺がカイトを誘った時の表情を思い出し、そのことに納得した。
カリスタの弱点が知れ、それが今は俺の手中に収まっている。
少しだけでも優位に立てる可能性があるのは好都合だ。
今だけは、カイトの存在に感謝した。
気がつけば、カリスタの屋敷が目の前に迫っていた。
大きなため息をつく。
重たい足を一歩、また一歩と持ち上げ、扉の前まで進んだ。
ドアノブに手をかけようとした時、屋敷の内側から扉が開く。
帝都の中でも稀に見るレベルの立派な屋敷。
その扉は勿論豪華で、成人男性が縦に三人並んでも入れそうな程だ。
全く、こんな大きさである意味が理解できないが。
開いた扉に視線を移すと、見慣れた金髪の青年が立っていた。
「お久しぶりですね、ヘクトル様。そして、カイト様と……アリステラ様、ですね」
屋敷に来るというのは伝えていなかったはずだが、出迎えと、この女の名前を知っているとは。
ここまで束縛の激しい女だとは知らなかったな。
カイトに監視でも付けていたんだろう。
あの女がやりそうな事だ。
「カリスタ様がお待ちです。ご案内致しますね」




