第七話 死の恐怖
「カイト、お前はアリステラを守りたいんだよな?」
一度宿に戻った俺達は、先程の出来事について話し合っていた。
古びた椅子にカイトと横並びで座り、ベッドにアリステラが腰掛けている。
「当たり前だろ!」
「なら、この村に留まるのは危険だ。アリステラを仕留められていないと分かれば、またすぐにでも襲ってくる可能性が高い」
奴らが何者かが分からない以上、ここに留まるという選択肢は無かった。
次に襲われれば、死ぬのはアリステラだけで済むとは思えない。
「次も生き返らせれば良いなんてバカなこと、考えるなよ」
「……っ」
カイトは目を見開いた後、罰が悪そうに視線をそらした。
図星か。自分が何度死んでも生き返らせればいいと、そう思っているんだろうな。
本当に、バカな奴だ。
「俺達にとっての最善策は、帝都に戻ることだ」
「せっかく帝都から出てきたのに、また戻るってことかよ!」
「そうだ」
明らかに不満そうな態度を見せるカイトと、静かに話を聞くアリステラ。
不満がる気持ちも分からなくはないが、他に良い案があるわけでもない。
元々、何も宛てがなく飛び出してきたんだ。やはり、予め情報を手に入れ、目的地を作るべきだ。
「勿論、帝都に戻るのは一時的にだ。俺の知り合い……いや、今は『英雄のお供』だったか? カイトは知っていると思うが、カリスタ・グレイシアという騎士がいる。屋敷が広く、優秀な護衛も複数人雇っている。信用に値する人間だ」
正直なところ、あまり頼りたい相手とは言えない。
腐れ縁、とでも言うのだろうか。
彼女とは昔から交流があり、騎士団に入団した頃は『バディ』として共に任務をこなしていた。
だが、根本的な性格が全く合わない。
「それなら賛成! カリスタのとこの飯はマジで美味いんだよな!」
手を上げながら、嬉しそうに応えるカイト。
それを横目に、申し訳なさそうな顔でアリステラが口を開いた。
「でも、ご迷惑なんじゃ……?」
「迷惑だろうな」
当たり前だろう。
俺達二人ならまだしも、神子と同じ見た目の女を匿ってくれる人間などまず居ない。
「……だが、死なれる方が迷惑だ」
もしカリスタに断られたら、また別の案を考えるしか無い。
このまま放置して死なれる方が、圧倒的に迷惑なのだから。
アリステラは目を見開いた後、柔らかい笑みをこぼした。
「ヘクトルって、優しいのね」
「勘違いするなよ」
断られたとしても、何かしらの情報を手に入れられる可能性が高い。
それに、俺の勘違いだと証明をしてくれるかもしれない。
◇◇◇
日は既に落ち始め、宿で一日休んでから帝都へ戻ることにした。
アリステラが寝ている間に襲われる可能性を考慮し、宿の入口、部屋の出入り口、窓の三箇所に闇魔法で生成した糸を張り巡らせる。
もし侵入してくる生き物がいれば、すぐに気付けるはずだ。
部屋のベッドで横になり、暗闇の世界で今日の一日を振り返る。
突如現れた謎の女、アリステラ。彼女が本当に神子では無かったとして、『赤目』はどう説明するつもりなのだろうか。
今はカイトが異様に懐いているせいで上手く聞き出せない。近いうちに二人になる時間を作らなくては。
そして、そのアリステラのみを襲う謎の敵襲。
あれは絶対に素人の仕業ではない。
ここ一年間はろくに魔法を使っていなかったからか、魔力精度が落ちたのは体感で分かっている。
だが、それでも殺意をもった人間を見つけるのは息を吸うように簡単なことだ。
それに、一撃で仕留めるあの技量。
殺傷力の低い光魔法であれほどの大きさの穴を空けられる魔力量。
もし素人だというのなら、今すぐにでも騎士団の入団を勧めたいものだ。
だが、これ以上俺達に危害を加えるようであれば、必ずこの手で仕留める。
……カイトの能力。
話に聞いていただけでは、痛みが感じないものだと、そう思っていた。そう、勝手に思い込んでいた。
実際、あれ程の人間を救ってきて、痛みを感じているなど誰も思わない。
死の痛みなど、一度感じるだけでも精神を病む。
どんな人間であろうと、そうであるはずだ。
だが、カイトはそれでも人を助けている。
痛みに慣れた訳ではないはずなのに、それでも手を伸ばしていた。
それでも恐怖していた。
やはり、『死』とはどれだけ体験しても慣れないものなのか。
「……良かった」
◇◇◇
「——っ!」
村全体の明かりが消え去り、全てが暗闇に包まれた頃。
糸に、反応があった。
窓だ。
一番反応してほしくない場所だったが、これで分かった。
敵は、アリステラが生きていることを把握している。
想像していたよりもバレるのが早すぎる。二、三日は隠せると思っていたが……やはり、さっさと帝都に戻るべきだったか。
アリステラの泊まる部屋へと向かい、扉を開く。
だが、誰も侵入はしていないようだった。
「どこに隠れた?」
魔力感知で見たところ、アリステラ以外の人間はこの部屋に居ないことが分かった。
ベッドまで近付き、視線を落とす。
彼女は泥のように眠りについている。
今日の出来事が、相当身体に負担を強いたのだろう。
とにかく、今は犯人を追うべきだ。
ここに来たということは、何か目的があったはず。
まだ近くに居るであろうその敵を追いかけるため、窓から身を乗り出した。
周囲を見渡し、人影が無いことを確認する。
魔力感知でも誰か居るようには感じられなかった。
こんなに短時間ですぐにどこかへと消えた?
転移魔法を使ったのだとすれば、二人以上で行動しているということになる。
「……っ」
月の明かりが足元で反射し、僅かな光を放っていた。
それを手に取り、自分の部屋へと戻ることにした。
これは、『黎明の神子の勲章』だ。やはり、奴らが関係していたのか。
信徒は彼女に攻撃をするのではなく、わざと糸に反応させてこれを置いていった。
心底気味の悪いことをする連中だ。
何故彼女は奴らに狙われているのか。
攻撃のチャンスだったはずなのに、何故何もしなかったのか。
疑問に思う点はいくつも存在しているが、今の俺にとってはどれもどうでも良かった。
——これでまた、奴らを壊滅させるための目的が出来た。
信徒が彼女を狙っているのだと分かれば、カイトはまた奴らを追うはずだ。
それならば、また交渉通りに物事を進めることが出来る。
正直、アリステラが奴らに狙われているという事実に関してはあまり良いこととは言い難い。だが、マイナスがゼロに戻ったことに安堵した。
このまま信徒を追っていけば、また『アイツ』と戦うことになるだろう。
今の俺がアイツに勝てる未来が見えない。
利き手で剣を握れていた時でさえ勝てなかった。
不意を突かれたとはいえ、勝てなかったことには違いない。
もしかしたら、今の俺では何も出来ずに終わってしまうんじゃないか?
死ぬのが、怖い。
怖くて仕方ない。痛くて、暗くて、熱い。
地獄のような体験を、もう二度としたくなんて無かった。
右腕を抱えるように毛布の中で蹲る。
痛いからじゃない。寒いからでもない。
恐怖が身体を支配した。不安が、身体を重くした。
それでも、やらなくてはいけない。
また『英雄』と呼ばれるためには、奴らを倒す他無い。
瞳を閉じ、世界から自分を遮断する。
瞼の裏に見えたのは、ヴェルナスと幸せに暮らしている日常。
共に任務へと向かい、食事を取り、たわいのない話をして、夜は同じ家で眠りにつく。
そんな生活をするために、堂々と彼の隣に立つために、これは必要なことだ。
必ず黎明の神子を壊滅させ、カイトを故郷へ送り返す。
——そして俺は『ホンモノの英雄』となり、自信を持ってヴェルナスの隣に立つんだ。




