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神滅の魔剣士は英雄になれない  作者: 意思疎通
第一章 旅の再開

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第六話 覚悟の差

 悲鳴すら上がらず、白い服がジワジワと赤く染まっていく。

 俺は、それをただ眺めるだけだった。

 何が起こったのかも分からないどころか、自分が狙われなくてよかったと、それだけを考えている。


「なんで……! アリステラ!!」


 悲鳴にも近いその叫び声を聞き、硬直していた体が動いた。

 途切れていた意識が戻ったかのように、すぐさま周囲に視線を走らせる。


 光の放たれた場所に目を向けるが、そこに人影はない。

 即座に魔力を練り上げながら怪しい場所を確認していく。屋根、路地裏、物陰。

 魔力感知で見たところ、家の中から監視している村人達でもなさそうだ。

 相当離れた場所から狙ったか、身を隠すのがうまいのか、魔法ではないか……。

 ただ一つ分かることは、素人の仕業ではないということ。


 カイトに視線を向けると、倒れている死体の隣でしゃがみ込んでいた。


「どうして、どうして……」

「おい、カイト。その女から離れるんだ。また攻撃が来た時、自分の身を守れる自信があるのか?」


 あの女がもし自分の死体になにか仕掛けをしていたら。

 死んだからといって、警戒を怠る訳にはいかない。

 俺はアリステラから少し距離を取りつつ、周りからの攻撃を警戒する。

 だが、離れた場所にいるカイトまでも守れるほど、今の俺は器用ではない。


 確かに、カイトの『能力』については理解している。

 噂で聞いた程度だが、攻撃にあたったところで気にする程のことではないのかもしれない。

 だが、その力を使いこなすカイトのことを、俺はまともに見れる自信がない。

 今から使うであろうその姿でさえも、目を背けてしまいたいと思うほどだ。


 カイトは俺の声に聞く耳を持たず、ただまっすぐと死体を見つめている。

 ゆっくりと右手を伸ばし、その頬に触れようとした。


 何か様子がおかしい。

 伸ばした右手は小刻みに震え、短い呼吸を繰り返している。


 それ程までにこの女の存在が、カイトの中で大きかったのか。

 だが、そうだとしてもこの反応はおかしい。

 今まで英雄として、同じような場面には何度も遭遇しているはずだ。

 もうとっくに慣れているはずだ。

 

 ……だって、そうじゃないとおかしいだろ?


◇◇◇

 

 犯人の狙いはアリステラただ一人だったらしく、数分経っても次の攻撃が来ることはなかった。

 周囲の警戒はしつつ、二人の元へと駆け寄る。

 カイトは変わらず不規則な呼吸を繰り返し、額からは冷や汗が止まらない様子だった。

 顔色も悪く、その表情は何かに怯えているようにも感じる。

 だが、目線は変わらずアリステラだけに向いていた。


 何を躊躇っているのか。

 助けられるんだろ。


 ——その『英雄』の力は、死んだ人間を生き返らせることが出来るはずだ。


 そうにも関わらず、何故こんなにも恐怖を感じているのか。

 まるで、能力を使うこと自体を恐れているかのように。


「ごめん……」


 カイトの手がアリステラの頬に触れ、胸に空いていたはずの風穴がキレイに修復されていく。

 止まっていたはずの心臓が、脈を打ち始める。

 まるで、初めからただ眠っていただけかのように、終わったはずの全てがまた活動を始めていた。


 気味の悪い光景だった。

 神秘的なものを想像しすぎていたのかもしれない。

 光魔法で体を治すのとはまた違う、言い表せない不快感。

 これこそ禁忌の術であるべきではないのか。『魔術』と呼ぶべきは、この力ではないだろうか。

 何故こんな力が、『英雄』として称えられ、許されているのか。


「ガハッ……おぇ、痛い、いたい、いたぃ」


 血を吐くような声。

 隣から聞こえてきたその声の方へと視線を向けると、血まみれの男が一人倒れていた。

 先程までは無傷で、ただ何かに怯えて震えていただけの男。

 それなのに、これはどういうことなんだ。


 カイトの胸元には今、大きな風穴が空いている。


 つい先程まで、アリステラに空いていたものと全く同じ傷。

 理解が追いつかない。一体、何が起きているんだ?

 攻撃を受けたのはアリステラだけだ。死んだのも、アリステラだった。

 なのに何故……。


 何故カイトも同じ傷を負っている?


 猛烈な痛みに悶え苦しみながらも、カイトは傷が修復されていくアリステラを見つめていた。その表情は、安心したように柔らかなものだった。

 

 ——そして、カイトは静かに息を引き取った。


 カイトには、死んでも生き返る能力がある。

 その力は他人にも使用することが出来、何度も何度も仲間を生き返らせてきたのだと。

 時には不慮の事故で亡くなった子供を。時には魔獣に襲われた村人を。

 誰もがその能力を知っていた。

 今まで救ってきた人数を考えれば、それには痛みを伴わないのだろうと思っていた。

 だが、実際は違った。


 目の前の男は、痛みに苦しみながらも人を助ける選択をした。

 きっとその痛みは、死ぬときと全く同じものなのだろう。

 躊躇いながら、怯えながら、死ぬと分かっていて手を伸ばした。


 やはりこの力は禁忌とすべきだ。

 自分が死を肩代わりすることで死者をこの世に呼び戻すなど、道徳心に欠けている。

 使用者であるカイトのためにも、死者のためにも、使うべきではない。


 いや、違うな。


 ……羨ましいんだ。


 プライドが邪魔をして、その事実から目を背けるために言い訳を連ねていただけだ。

 俺がカイトの立場なら、手を伸ばせていなかった。

 その相手がヴェルナスやカリスタであっても、ただ涙を流すことしか出来なかったはずだ。 


 禁忌や道徳心、そんなことはどうでも良い。

 

 ——俺にはない『覚悟』が、羨ましくて仕方ないんだ。



 カイトは数秒で目を覚まし、何事もなかったかのように彼女の瞼が開くのを待っている。 

 アリステラを見つめるカイトに対し、何か声をかけようか、そんなことすら思わなかった。

 思えなかった。

 今の俺には、この男に何かを言える資格はあるのだろうか。

 自分の命を捧げ続けているコイツに対し、かけてやれる言葉を俺は知らない。

 知っているはずも無かった。


「カイト……?」

「アリステラ! 目を覚ましてよかった! 痛いところはない?」


 数分間の沈黙が続いた後、白銀の少女の瞳がゆっくりと開いた。 


「私、槍に刺されて死んだはずじゃ……? なんで生きてるの? あれ、痛くて苦しかったはずなのに、痛みが全く思い出せないわ。元々何も感じていなかったような、不思議な感覚……」

「あぁ、俺が生き返らせたんだよ。痛みなんか思い出せないほうが良いじゃん? あんま気にすんなって!」


 目を覚ましたアリステラは、死んだはずの自分の身に何が起きたのか、それを理解できていないようだった。

 無論、その反応に無理はない。

 生き返った経験のある人間のほうが数少ないのだから。


「どうして……?」


 震える声で問いかける赤い瞳は、心の底から困惑しているように見える。


「生き返らせた? そんなこと、人間が出来るの? いや、それよりも……どうしてそこまでしてくれるの?」


 そこまでの能力なら、必ず代償があるはず。

 そんなこと誰にでも理解が出来る。そこまでするのは何故なのか。

 困惑とともに、その声には恐怖も感じられた。


「さっきも言ったけど、俺は君に救われた。それこそ、あの時の俺は死にかけてた。それを救ってくれたんだから、恩返しくらいさせてくれよ」


 爽やかな笑顔で言葉を紡ぐカイト。

 見返りを求めることなど一切ない、ただの『善意』での行動なのだと、嫌でも理解できてしまう。

 それほど、この男は『英雄』として輝きすぎているのだ。

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