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神滅の魔剣士は英雄になれない  作者: 意思疎通
第二章 ローデル動乱

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第二十四話 学んだモノ

 ローデルの街は妙に静かだった。

 二日連続で黎明の神子の騒ぎが起きたにも関わらず、住民達はいつもと変わらない日常を過ごしている。

 人通りがあり、店も通常通り営業している。

 それなのに、


 どこか落ち着かない。


「なぁ……」


 周囲を警戒しながら隣を歩くエルミナに、声を掛けた。


「どうしたの?」

「なんか、嫌な予感しねぇ?」


 エルミナは少し考えるように首を傾げ、こちらを向きながら問いかけてきた。


「それは、ヘクトルくん達のこと?」


 左右に首を振る。


 そうじゃない。ヘクトルならきっと大丈夫だろうという安心感がある。

 確かに昨日の戦闘は少し押され気味のようにも見えたけど、きっと何とかしてくれる。

 そう簡単に負けるような男じゃないと、俺は信じてる。


 問題は、別だ。

 胸の奥がザワつく。

 何か大事な事を見落としているような、そんな不安感が身体に纏わりついて離れない。


「……考えすぎじゃない?」

「だと、いいんだけど」


 周囲に視線を走らせる。

 俺の視界から得られる情報になんら異常は見られない。

 だが、それが逆に不自然だと感じた。

 魔力感知が扱えない俺には、これ以上何も出来ない。

 本当に勘違いならいいんだけど。


「エルミナ、魔力感知で違和感はないか?」


 そう口にすると同時に、遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 やはり、信徒は街も襲いに来ていたんだ。


「今のって……」

「エルミナ、急ごう」


 声の方向へと全力で地面を蹴る。

 微量の風魔法を纏うことで多少は速度が出るようにはなったが、それでも自らの脚力のみで走っているエルミナの方が速かった。


 頼む、間に合え。

 間に合ってくれ。



 視線の先に映るのは、赤。

 何処を見ても、赤、赤、赤。


 壁にへばりつく掠れた赤。

 地面に水溜りを作る赤。

 口元から溢れ出し、生命の終わりを感じさせる、赤。


「これは酷いわね」


 信徒達は既に移動したらしく、眼の前には数え切れない人数の怪我人のみが存在していた。


「……俺がやる」


 これだけの人数を生き返らせるなんて、どれほど苦しくて辛いことなんだろうか。

 どれほどの痛みを、味わうのだろうか。

 俺はこの苦痛に、耐えられるだろうか。


 それでも、やらなくちゃいけない。

 俺は何も出来てない。

 ローデルに来てからずっと、ヘクトル達に何もかも頼ってばかりだ。

 そんなの良いはずがない。


 力は使うなと言われたが、この状況なら仕方ないと分かってくれるはずだ。

 これが俺の役割であると、理解してくれるはずだ。

 だって、俺にしか助けられないのだから。


「ダメよ」


 近くに居た怪我人の手を取りながら、エルミナは首を横に振った。


「殆どの人が急所を外れてるの。アタシは、少しでも息がある人間は必ず助けることが出来るわ。全員助けると約束する。だから、カイトくんは奴らを追って」

「でも俺は……」

「いいから早く! このままでは怪我人が増えるだけよ。カイトくん、英雄になってからの一年間で少しは戦えるようになったんでしょう? 一人でも被害を減らすために急いで」


 つい最近までは剣の扱い方も知らず、力いっぱい振りかざすだけだった。

 だが、今の俺はどうだ?

 ヘクトルに剣術を教わり、魔法の使い方、戦術を身に着けた。


 勿論、素人に毛が生えた程度で六信徒ほどの実力者には勝てないかもしれない。

 それでも、無抵抗な一般市民よりかは戦える。

 誰かを守ることが出来るはずだ。


「頼んだぞ!」


 エルミナが信徒の方向を魔力感知で確認してくれたらしく、その指先が示す方向へと全速力で走り始めた。


◇◇◇


 噎せ返るほどの赤が全て見えなくなった所で、剣を抜く。

 魔力感知が使えない俺にとっては、この両目しか相手を見つける方法を持っていない。

 周りを警戒しながら足を進め、いつどこから襲ってくるか分からない信徒に対して精神をすり減らす。

 一瞬でも気を抜いてしまえば、次の瞬間には命が無いかもしれない。


 ——空気が冷えた。

 

 丁度いい気温だと思っていたのに、急に肌寒くなってきてしまったらしい。

 そんな事を呑気に考えていると、眼の前に赤いローブを纏った人間が立っていた。


 ……いや、元は白だったのか。

 身体の中心だけが赤く染まり、その他は純白の綺麗なローブ。

 光り輝く勲章と羽の目隠しを身に着けているその人間。


「アンタ、エルミナの仲間?」


 信徒が膝から崩れ落ち、その後ろに立っている人物と目が合った。

 水色の粒を纏う、紺髪の少女。

 右手に握る水色の刀身をした珍しい見た目のその剣は、先程の攻撃で先端が赤く染まっている。


「エルミナの事知ってんの?」

「質問に答えて」


 剣を一振。

 血を振り払ったその刀身は、異様な輝きを放っている。

 見とれてしまうほどの美しさが、まっすぐとこちらに向けられた。

 殺意も何も感じないが、答えなければ殺されるのだろうと本能的に理解した。


「うん。俺はエルミナの仲間だ。今は怪我人の治療をしてくれてるから、別行動なんだよ」

「そう」


 剣が崩れ、地面へと落ちる。

 少しの間小さな粒として残ったが、次第に地面へと吸い込まれ、小さなシミを作った。

 彼女は信じてくれたということだろうか。


「アンタ、可哀想にね」

「それはどういう……」


 言葉の意味が理解できず、首をかしげた。

 だが、彼女は何も答えなかった。

 答えられる時間が無かった。


 左右の建物から人影が伸びる。

 石畳が砕ける音が聞こえると同時に、左を向いて剣を構えた。

 白いローブ……コイツも信徒か。


「そっちは任せる」


 背後から聞こえてきた声に応える余裕なんて俺にはない。

 ただ、眼の前の敵から視線を逸らさないことだけに集中しなければいけなかった。

 剣を握る両手からは汗が吹き出し、滑らないようにといつも以上の力でしっかりと掌に固定する。


 ——視界が青白く染まった。


 耳元で雷鳴が弾け、反射的に首を左へと傾ける。


「マジか……!」


 頬に熱を感じた時、雷撃が微かに掠めたのだと気付いた。

 焼けた皮膚の匂いが鼻を刺し、痛みが遅れて現れる。


 少し当たっただけでこの威力。

 もしこの魔法を真正面から食らってしまったならば、どうなるか。


 そんなもの、『死』以外にないだろう。


「ヒリついてきたなぁ……!」


 信徒の顔はフードと目隠しで隠れており、感情を読み取る事が難しい。

 唯一見える口元は、何の感情もないかのように全く動きを見せなかった。


 気持ちの悪いやつだと思う。

 だが、人間味のない相手のほうが俺はやりやすい。


 剣を真っ直ぐと構え直し、信徒を睨みつける。

 俺は屋敷で過ごした一週間で、ヘクトルに鍛えてもらったんだ。

 六信徒でもないような相手に苦戦しているわけには行かない。


 ヘクトルも、アリステラも、エルミナも。

 皆、自分の役割を理解し、それをしっかりとこなしている。

 俺は、何かしたか?

 何も出来ずに昨日の事を引きずって、アリステラに心配された。

 ヘクトルには呆れられただろう。


 そんなやつで良いのかよ。

 ガキみたいな性格で人に迷惑をかけて、何も出来ずにただ死に続けるのか?


 ——良いわけないだろ!


 俺は今、コイツを倒さないといけない。

 それが役割であり、ヘクトルに認めてもらう為の小さい一歩だ。


「俺の名前はキリュウ・カイト! 『英雄』と呼ばれる……弱い人間だ!」


 理想の英雄像に近付くためには、その弱さを認められる程の心の強さが必要だ。

 弱さを認めるなんて、簡単に出来ることじゃない。

 だから俺は少しずつ、小さな一歩を繰り返し続ける。


 ——俺はそうして、完璧な『英雄』にならなきゃいけないんだ。

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