第二十三話 人は見かけによらぬモノ
「なっ……!?」
転移した先は俺の死角となるはずの場所だった。
それなのに、何故こんな状況になっているのか。理解が追いついていない様子のミリエルだったが、今の俺はそんなことよりも心躍るものが目の前にある。
少女の胸を貫く刀身を眺め、自分の才能に感激した。
形は歪ではあるものの、一度見ただけの氷魔法を再現することが出来るなんて。
まだ俺は、あの頃の才能を無くしはいなかったんだ。
胸元から剣を引き抜き、血を吐き出すミリエルの右腕を切り落とす。
切れ味も充分だ。
「同じ痛みを味わった感想は?」
「ぃ、いや……いたい、やめて……」
膝から崩れ落ち、地面に座り込む少女。
赤い瞳がこちらに向けられ、そこからは大粒の涙がいくつも零れ落ちている。
アリステラのものとは違う、『重罪人』の瞳だ。
右目に氷の刃を突き刺し、その瞳を潰す。
「あぁぁ!!! いたい、いたいいたいいたい……!!」
泣き叫ぶ少女。
彼女の見た目はあまりにも幼く、十二歳前後のように見える。
今の第六信徒に変わったのは五年前だったはずだ。
わずか六歳程の頃から人を殺していたのだろうか。
「お前の敗因は、自分の力を過信しすぎたことだ」
基本、転移魔法はどれだけ魔力量の多い人間でも戦闘時に連続で使うようなことはしない。一度の魔力消費量が非常に多く、使う度に精度が極端に落ちていく。
魔力量の多い人間でも連続二回程度しか完璧に扱うことが出来ない。
三回目以降、精度が落ちたらどうなるのか。
転移先に多量の魔力が溢れ、魔力感知で簡単に場所がバレてしまう。
戦闘慣れしている、魔力感知の精度が高い相手に対して最もしてはいけない行動とも言えるだろう。
コイツにはそこまでの脳が無く、ただ相手を舐め腐ることしかしていなかった。
幼さ故の行動なのだろうが、あまりにもバカだ。
「ゴホッ……くるしい、いたい……!!」
「そういえば、視界に入っている間は治らないんだよな? 俺の傷」
今も尚痛み続けている身体。
少しは慣れてきたものの、意識した途端に俺を地獄の苦しみへと連れ去っていきそうになる。
残っている右目も潰してしまったほうが良いのかも知れない。
左腕に力を込め、もう一度突き刺そうとしたが、身体の痛みはいつの間にか消えていた。
「ごめんなさぃ、なおした、ので……」
涙と血液のせいでぐちゃぐちゃになっている顔。
こんなにも幼い少女に対しての仕打ちとしては、少しやりすぎたかも知れない。
いや、相手は第六信徒だ。
何度も人を殺している、重罪人だ。
左手を伸ばし、ミリエルの右目に触れた。
光魔法で潰れた瞳を修復すると、その赤い瞳がまっすぐとこちらを捉える。
「今から情報を聞き出さないといけないからな。死なれると困る」
とはいえ、右腕までも治してやるほどお人好しではない。
血液が溢れて止まらない様子のその腕を見つめる。
できるだけ早く聞き出さなくては、このまま出血多量で死んでしまうかも知れない。
「ヘクトル! もう大丈夫なの?」
貴族達を隅に避難させていたアリステラが、心配そうに駆け寄ってくる。
その顔を見ると、何故か瞳がいつも以上に輝いているように見えた。
……あぁ、泣きそうになっていたのか。
俺が死んでしまうのではないかと、心配してくれていたのだろう。
やはり、アリステラは心優しい人間だ。
「傷はもう塞がった。あとは、この女から情報を聞き出すだけだ」
袖を捲り、右腕を見せる。
傷が塞がっていることを確認すると、アリステラは安心したような笑顔を浮かべた。
「それで、お前達は何故この街に来た?」
下手な動きをしたら殺す。
氷剣をミリエルの首元に当て、圧をかける。
すると、観念してくれたらしく、少女は話し始めた。
「……神は、この街に居るとある貴族に祝福をもたらした。そう聞いたから、来た」
「祝福?」
アリステラが首を傾げながら聞いた。
「詳しくは分からない。『神子アリステラ』様がそう仰ってた」
「それで? 貴族から情報は得られたのか?」
ミリエルは静かに首を左右に振った。
「何も、得られなかった。だから仕方なく、人質として使うことにした。キミを誘き出すために」
「何故アリステラと俺の二人だけなんだ?」
「そうよ、私はあの神子なんかとは関係が無いのに……」
少女は目を逸らし、弱々しく言葉を続ける。
「元英雄を呼び出したのは、弱くなったと聞いたから。ボクは第一信徒様を尊敬してる。あの方達はキミを認めてたから、殺すことが出来たらボクの事を認めてくれるんじゃないかって」
「昨日言っていた『合格』というのは何だ?」
「弱すぎたら意味がないと思った。殺すに値する人間かどうか、見定めたんだよ」
呆れて声も出ない。
アイツは俺を殺すに値しない人間だと評価していた。
どうせ、もう興味もなくしたことだろう。
今の俺を殺した所で、コイツらの関係が何か変化するようには思えない。
「白銀の少女を呼び出した理由は……言えない」
「どうして? 私は、本当に貴方達とは何の関係もないのよ? 『神子アリステラ』に確認したら、私の言っていることが事実だとすぐに分かるはずだわ」
「……っ」
ミリエルは苦虫を噛み潰したように、口を閉ざした。
「話せないのなら、もう用はない。ここで死んでもらおうか」
細く白い首筋に、赤い液体が線を引きながら零れ落ちた。
「今頃、信徒達が街を火の海にしてるはずだよ」
「それは無いな。心強い仲間達が守ってくれている」
セレナとエルミナの二人が居るなら怖いものなどないだろう。
どんな相手だとしても、必ず街を守ってくれるだろうと安心感がある。
「……第三信徒が来ているとしても?」
「そんな、第三信徒が……!?」
「急がないと、キミの大切なお仲間たちが死んじゃうかもね」
ニヤリと気味悪く笑うと、ミリエルはそのまま地面へと倒れ込んだ。
右腕と胸元からは耐えす血液が溢れ出している。
出血死したのかと思ったが、まだ脈はあるようだった。
だが、この量だとすぐに事切れるだろう。
……第三信徒。
よりにもよって、何故こんな時に。
「俺は街に急ぐ。アリステラ、貴族達を頼んでもいいか?」
「えぇ、勿論よ!」
アリステラがもし、万が一にでも本物の神子だった場合、この場に一人残していくのは危険だろう。
「絶対に、死なないでね」
「……あぁ、勿論だ」
だが、もう疑う余地なんてないほどに、アリステラは俺にとって
——大切な仲間になっていた。
◇◇◇
ヘクトルが街へと向かう様子を、アリステラは背中が見えなくなるまで見送った。
旧礼拝堂に残されたのは、意識のない貴族達とアリステラ、そして
意識の戻った第六信徒ミリエル。
「あ、アリステラ様! なんで……」
気絶したふりで命拾いをしたミリエルは、眼の前に立つ白銀の少女へと声を掛けた。
瞳を揺らし、助けを求めるように震える手を伸ばしている。
必死に、何かを訴えるかのように。
「……」
——だが、その言葉が最期まで発せられることは無かった。
鈍い音が響く。
アリステラの靴底には肉片がへばりつき、赤く綺麗な液体が周囲に飛び散った。
ただ静かに、冷徹に、アリステラは肉片を見下ろしている。
数秒の沈黙の後、少女は靴底についた血や肉片を軽く払い、踵を返す。
振り向いた時には、いつもの笑顔が浮かんでいた。
先程までとは全く違う、『ただの少女』と思わせるような、元気な笑顔。
「——私も、みんなを助けてあげなくちゃ!」




